第六章:殺すという事-2

 

「……ふぅ」


 私の目の前にあるのは二枚の扉。


 黒檀製で細かな装飾が施されたその扉は、見た目以上に重い。


 物理的な重量の話ではなく、もっと精神的な──重圧感という重みがその扉にはある。


 扉の先にある部屋はここティリーザラ王国王城の中でも特別な意味を持ち、また滅多に使われる事のない一室。


 緊急時や上級貴族のみの極秘裏の話し合いにのみ用いられるのが主な利用目的だが、今回の場合は後者にあたるだろう。そう師匠から聞いた。


 議題を知らされていない以上、推測にしかならないが、私の様な身分の人間がこの様な場に呼び出される事など本来ならば有り得ない。


 現に王城までの迎えの馬車を操る御者や王城からこの部屋まで案内をした人間は皆が皆変装こそしていたものの珠玉七貴族の誰かの部下だという。


 まあ、私がいくら質問をしても「お答えしかねます」の一点張りだった為に《解析鑑定》で無理矢理素性を暴いたのだが……。


 問題なのはそこまで秘中にしなければならない会議の議題内容である。


 生半な事で国ね中枢である国王陛下と珠玉七貴族は集めるなど出来ない。ならばそれ相応の理由が存在するという事である。


 そしてその理由に私という存在が絡んでいる……。


 ……ふふっ。想像に難くないな。


 もしこれが私の杞憂ではなく想像通りならば、本当に気合いを入れなければならない。


 ロリーナから元気付けて貰って、本当に良かった。


「皆様既にお揃いになられています。どうか礼節を弁え、相応しき態度でもってご入室下さい」


「分かりました」


 案内人が頭を下げ、扉の横に立ち「お客様が到着されましたっ」と一言発した後、ゆっくりと扉が開けられる。


 目の前に広がるのは長机を中央に置いた巨大な一室。


 内装はシンプルであり調度品もそれなりにしか飾られていないが内装そのもの全てが最高級最高品質で固められたものであり、寧ろそのシンプルさが気品の高さを窺わせた。


 しかし、そんな内装など一瞬でどうでも良くなる存在が、この部屋には複数存在している。


 部屋の隅には師匠が立ち、長机の左右には個性豊かな七人の男女が座っている。


 一人は青髪の男。一人は見覚えのある朱髪の女性。一人は緑髪の若者。一人は複雑な髪色の老婆。一人は琥珀色の髪の高身長な壮年。


 そしてよく見知るモンドベルク公と、我が父ジェイドの計七人。


 誰がどう見てもこの七人が珠玉七貴族、その総員だろう。


 そして上座に座り、私の姿を見て口元を僅かに吊り上げる一人の男。


 豪奢な椅子に深々と座り、細身の王衣を少しだけ着崩しながら王冠を斜めに被るカイゼル髭の壮年。堀の深い顔立ちは他の者に威圧感を与えるものの、笑えば人懐っこさが滲み出そうは綺麗な目をしている。


 王衣の上からでも分かるほどの肉体は為政だけではなく戦闘行動に関しても他の追随を許さないと言わんばかりに逞しく、彼の存在感を更に後押ししている。


 私が入室してから一切目を離そうとしないその人物こそ、我が国ティリーザラ王国十三代国王、カイゼン・セルブ・キャロル・ティリーザラ国王陛下。その人である。


「お初にお目に掛かります、カイゼン・セルブ・キャロル・ティリーザラ国王陛下、並びに珠玉七貴族の皆々様。クラウン・チェーシャル・キャッツ、お招きに預かり参上致しました。本日は皆様方のご尊顔を拝謁──」


「よいよい。頭を上げなさい」


 私が頭を垂れ挨拶を口にしていると、上座に鎮座する国王陛下が随分と軽い調子で私の言葉を遮る。


「珠玉御前会議は極論を言えば公的なものから少し外れた会議。特に今回の件は更に秘中にしている。故にそのような仰々しい挨拶は要らんよ」


「いえ、しかし──」


「それに君の事は君の父、ジェイドやキャピタレウス。それにルービウネルからも聞いている。なんならこの場では先の二人と同程度には君の事を知っているつもりだよ。ハッハッハッハッ!」


 ……なんだろうか。完全に調子が崩れたな。


 前世で小国を訪れた際に幾度か国王やそれを僭称した為政者に拝謁した事もあるが、ここまでフランクというか……言ってしまえば適当な事は無かったぞ。


「……では、お言葉に甘えさせて頂きます」


「そうしなさい。私も今日は身内だけの会話のつもりで口調を崩させてもらう。皆の者も良いな?」


 国王陛下が室内を見回しながらそう訊ねると、その場の全員が「異議なし」とだけ呟く。


「うむ。して、今回の議事進行役は誰だ?」


「はっ、私めに御座います、陛下」


 そう声を上げ立ち上がったのは何を隠そう珠玉七貴族の一員にして我が尊敬する父、ジェイドである。


 父上は私の方をチラッとだけ見た後、そのまま国王陛下の横まで移動し、国王陛下に軽く会釈してから小さく咳払いをした。


「本日の珠玉御前会議の議題は二つ。一つは本日招いたクラウン・チェーシャル・キャッツの戦争時に於ける前線配属の是非。そして……もう一つは……」


 父上はそこで言い淀むと再び私の方に目線を泳がせ、そして目を瞑って深呼吸をすると、意を決したように続きを口にする。


「クラウン・チェーシャル・キャッツへの「強欲の魔王」疑いの真偽について……で御座います」


 …………やはり、か。


 父上の議題発表に、師匠は何やら俯き溜め息を吐き、上座に一番近いモンドベルク公が私を「恨むでないぞ」と言いたげな目で見やる。


 そして発表した父上は私を心配や疑問なんかの複雑な感情の篭った眼差しで見つめていた。


 私が唐突にこのような場所に呼び出されたのだ。理由などそれくらいしかないだろう。


 恐らくモンドベルク公が国王陛下や他の珠玉七貴族達に私への魔王疑いを進言したのだろうな。


 以前対面して話した時は私に「魔王で無い証明をしろ」的な事を話していた。にも関わらずこの状況になったという事はこれはモンドベルク公からの一種の挑戦状だ。


 国王陛下と残る珠玉七貴族を納得させてみろ。ならば私も納得してやる。


 そんな所だろう。


 まったく、流石は貴族。虚を突くのに長けてらっしゃる。


 だがまあ正直、想定の範囲内だ。


「戦争での前線配属云々はひとまず置いておこう。差し当たり──」


 椅子に座る一人の男──眩いばかりに輝く鮮烈な青髪のまだ若さが窺える顔立ちのシュッとした男が開口一番に発言する。


「彼が本当に「強欲の魔王」であるのか……その真偽についてだ」


 彼の名は「サイファー・コウ・エメリーネル」。珠玉七貴族〝蒼玉〟であり、国の医療機関や研究機関を司る公爵家の現当主。


 同じ珠玉七貴族〝紅玉〟のコランダーム家とは血筋を辿れば元は兄弟関係であり、珠玉七貴族の中でも近縁にあたる家系だ。


「否定するだろうが念の為訊ねる。お前は「強欲の魔王」なのか?」


 至極真面目に、真っ直ぐ私を見ながらそう訊ねるエメリーネル公。


 その橙色の瞳や声音にはそのまま為政者の一人としての重みが備わっており、事と次第によっては相応の対応をするだろうという意思が感じられる。


 ふむ。そうだな。


 期待には応えてやりたいが、そういうわけにもいかない。


「勿論、私は「強欲の魔王」などではありませんよエメリーネル公」

「証明出来るか? 自身が魔王で無いと」


 まんま悪魔の証明──いや、魔王の証明、と言った方がいいか?


 ……まあ、どうでもいいな。


「今すぐには無理ですが、そこに居りますモンドベルク公にもお約束した通り、いずれ私が「強欲の魔王」を捕らえてご覧に入れます。それでは不満でしょうか?」


「魔王という存在を鑑みれば証明するのに早い事に越した事はない。戦争直前というこの局面で出来得る限り不安要素は取り除きたいからな」


 まあ言いたい事は理解出来る。私が彼の立場であったら同じ事を考えるし、可能ならば速やかに排除したい。


 しかしこの場でそれを証明となると──


「ならもっとシンプルな証明をしましょうよっ!」


 私達の会話に横入りする形で手を挙げながら声を上げたのは七人の中でも特に若い見た目をした青年。


 輝かんばかりに鮮やかに輝く新緑色の長い髪を

 揺らし、眼鏡を掛けた彼は、この場に居る事からも分かる通り歴とした珠玉七貴族の一人。


 国王陛下が定めた法に則りあらゆる人物を審判、執行する権限を有しており、貴族ですら例外なく処罰する国の要。


 〝翠玉〟を担当し、国の行政を司る謂わば法の番人。名を「ゴーシェ・ヴィリロス・エメラルダス」。齢二十五の現珠玉七貴族最年少侯爵である。


「鑑定書使ってさ、彼が持っているスキル暴いちゃえば分かるじゃん?」


 そんな彼が軽い調子でそう発言すると、部屋の隅に居る師匠が小さく手を挙げ「宜しいですかな?」と許可を求め、国王陛下が頷く。


「ありがとうございます。鑑定書の件ですが、彼は既に魔法魔術学院への入学査定の折にそのスキルを明かしています。結果としては確かにスキルの数は膨大でしたが、肝心の《強欲》は存在しなかった、と報告を受けています」


「ふーん……。担当した教師が見逃した、とかは?」


「彼を担当した教師は大変優秀な者です。学院内でも実力、性格共に高く評価され、信頼も篤い……。そのようなミスは犯さぬでしょう」


 そうか。あの時のあの教師。学院で見掛けないから沼地の一件で亡くなったのではないかと勘繰っていたが、どうやら杞憂だったらしい。


 ふふ。何故だろうな。一度の面識でしかなかった筈なのに、少し安心感がある。


「ふーん……。ならウチにある「審判の腕輪」を試すってのは?」


「「審判の腕輪」……《真偽》のスキルが封じられた尋問用の腕輪を……コヤツに使うと?」


 そう口にしながら師匠の語気に少しずつだが怒気のようなものが混じる。


「ワシの知る限り、あの腕輪には使用上の制約があった筈。それを無視し、罪人と同等に扱うと、貴方様はそう言っているのですか?」


 犯罪者の尋問に使うスキルアイテムを私に使う事に、師匠が怒ってくれている。


 人生最期の弟子、という私の為に怒ってくれているのだと思うと、なんだかんだ私を気に入ってくれているのだと実感出来て少々むず痒い。


「ごめんごめんっ! 怒らないでよ爺さん。俺はただ一つの手段として提案しただけで何も本気で試そうって言ってんじゃ無いんだからっ!」


 ふむ。半分嘘だな。


 許可さえ出れば何の躊躇もなく使うのだろうとその目を見ればすぐ分かる。


 アレだけヘラヘラした態度にも関わらず、目が一切笑っていないのだから、流石は国の中枢の一角を担う大貴族である。


「盛りあがってる所悪いのだが」


 険悪な空気が流れ始めたのを察してか、聞き覚えのある凛とした声音の女性が響き、皆の注目が集まる。


 橙色の切れ長な目は何者をも寄せ付けぬ様な気品さが溢れ。朱色の短く切り揃えられた髪には、狼と獅子を象ったと思しき髪留めが飾られている。


 以前王都の冒険者ギルドを訪れた折、ユウナをエルフと勘繰った冒険者を懲らしめたのだが、その際に起きてしまったゴタゴタをその女王然とした覇気でいさめた女傑。


 珠玉七貴族〝紅玉〟にして経済を司る公爵。ルービウネル・コウ・コランダームである。


「私の意見を言わせて貰えば、今その子が魔王か否かは正直重要とは感じないんだがね」


 あの時の口調と違い少し砕けたものになっているのは、この場に部下が居ないからだろう。どちらかと言えばこちらの口調の方が彼女には似合っている。


「それはどういう意味だルビー」


「愚問ねサイファー。要はその子が私達に害を為すか否か……。その二点だと、私は考えるのさ」


「ふん。相も変わらず単純極まる極論だな。魔王だろうが重要ではないと?」


「魔王だって言ってしまえば同じこと人間だ。やり方次第じゃ十分に御せるし、協力だって出来る」


「本気で言っているのか? 六百年続くこのティリーザラの歴史──いや人族全体の歴史に於いて、魔王を御し得たなど聞いた事も見た事もない」


「古い歴史にばかり囚われて臆病になってるじゃないかい?」


「何だと? 近縁とはいえその口の利き方をゆるした覚えは無いぞ」


「そっちこそ何だいその態度。それが幼馴染みに対する態度──」


「止めんか馬鹿馬鹿しい」


 二人の個人的な言い争いに発展しそうになった所、それをピシャリと国王陛下が止めに入り、呆れ顔で溜め息を吐く。


「お前達は顔を突き合わせればいつもその話題になるな」


「申し訳、ございません」


「顔見るとつい、ね……」


「まったく……。オパル、お前の意見も聞きたいのだが?」


 国王陛下に名指しされ、皆の注目が集まったのは一人の老婆。


 白髪が目立つ髪の中に赤、黄、橙の色が混じるなんとも奇抜な髪色をシニョンに纏め上げ、穏やかだが強さを内包した眼光を秘めた油断ならない雰囲気を醸し出す。


 彼女は珠玉七貴族〝瑪瑙めのう〟担当。


 外交を司る侯爵「オパル・アゲトランド」。モンドベルク公の次に高齢な大貴族である。


「……あたしも、嬢ちゃんの意見に賛同するね」


 ほう。これはまた意外な……。


「なんと……。御老公、血迷われたか?」


「魔王放っとくの? ヤバくない?」


「黙らっしゃい若造共。次代を担うアンタ等が古臭い考え一辺倒になってんじゃないよ。その所為せいでエルフ共と事を構える羽目になってるのを理解してるのかい?」


 確かに、私の先祖が「強欲の魔王」として過去にやらかし、それを隠蔽した事がエルフとの関係を深くした要因の一つになってしまっている。


 仮に魔王という事を隠さず、もっと上手く立ち回っていれば関係良好とまではいかなくとも戦争までは発展しなかったかもしれない。


 ……まあ、所詮はタラレバの話。


 それに戦争が起こってくれなければ私が色々と稼げないし、何よりキャッツ家の復権が叶わない。


 今出来る最善策を……。それが何より肝要だ。


「魔王かどうか……。それは重要じゃないさね。要はその子があたし達の味方で居続けるかどうか……物事は結局単純よ」


 貫禄あるその言葉に同じ侯爵であるエメラルダス公は勿論、立場上は上である筈のエメリーネル公までも難しい顔をして黙り込む。


「さて。さっきから黙ってる三人──ジェイドの坊やは兎も角、アバの坊やは何か言う事無いんかい?」


 アゲトランド侯に名指しされたのは一人の壮年。


 琥珀色の派手な髪色で椅子に座っているにも関わらず座高の高さから理解に易い高身長。


 彼が珠玉七貴族〝琥珀〟担当であり、彼等七貴族の中でも〝翡翠〟と同じく世間にその役職が公開されていない大貴族「アバ・コーパル・アンブロイド」辺境伯である。


「……我輩の意見が必要ですかな?」


「ほう、どういう意味だい?」


「我輩は基本、どちらでも構いませぬ。国王陛下の御命令ならば、その子が魔王だろうと協力し、また殺しもしよう」


「相変わらずアンタは……」


「処遇はそちらで決めなされ。我輩は陛下の御心のままに……」


 ……この珠玉七貴族の中で、なんなら私はこの人が一番嫌いかもしれない。


 我を持たずただ言われるがままに生きる存在。


 脳死を極めた人形のようで、正直虫唾が走る。


「そうかいそうかい。じゃあ、黙ってるもう一人、あたし達の大先輩にでも最後に〆て貰おうかね?」


 そして漸く、一人の男に視線が集まる。


 珠玉七貴族の中のリーダー格であり、国王陛下に次ぐ権力を持つ大貴族。


 〝金剛〟を担当し、国防を司るこの国唯一の大公。


 そして私に「強欲の魔王」の可能性を見出している賢人、ディーボルツ・モンドベルク公。その人である。


「元はと言えば貴方が我々に彼が魔王だという事を説いた。この議題は貴方に掛かっていると言っても過言では無いですよ」


「そうだね。一番重要だ」


「聞かせておくれよ、我らが大公様」


「老い先短いあたし等にゃ時間が無いんだ? 爺いがいつまでも黙りじゃあイカンだろうさ。早く聞かせなよ」


 四人からの言葉はモンドベルク公に注がれ、私達全員はその口から何が発せられるのかを待つ。


 果たして魔王を──私をどう扱うのか。


 その発言で決まる。


 彼等の行動……そして私の行動が──


「……ワシは──」


「……」


「ワシは彼を、味方として良いと考えている」

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