第六章:殺すという事-1

 

「……ふむ。こんなものか……どうだ?」


 ロセッティ達四人を打ちのめしてから三日後。


 私は姿見の前で晴れ着に身を包み具合を確かめていた。


「はい。とても様になっていると思います」


「素晴らしいですっ! カッコいいですっ!!」


「うん。良いと思うぞ。派手過ぎず地味過ぎず目立ち過ぎず……。丁度良い感じだ」


「わ、私よく分かんないけど……。良いんじゃないかな? うん……」


 私見だけでは若干の不安もある為、ロリーナ、アーリシア、ティール、ユウナの四人にも見て貰っている。四人からは概ね好評で、これならば何処へ出て行っても恥をかく事はないだろう。


「しっかし、珠玉御前会議に呼ばれるとか……。お前の悪行が遂にバレたか?」


 と、ティールが一切深刻そうに見えないニヤついた表情でそんな戯言をほざく。


「悪行とは失敬な。少なくとも私は〝まだ〟この国に恩恵をもたらしこそすれ何かやましい事などしていないぞ」


 人を殺しはしたが基本的には正当防衛。


 他人の家に侵入しスキルやら有用そうな物を拝借はしたが許容範囲内。


 御前会議などという大層なものに呼び出される事など覚えがない。


「〝まだ〟って……。いずれするつもりなのか? 予定あんのか?」


「だ、駄目ですよクラウン様っ! 悪い事したらっ!」


 ティールにそうツッコまれ、アーリシアからは何やら小さく叱責されているが、まあ、状況次第だろうな。


 私には別に他人様の為に何かしてやる様な甲斐性はないし、するつもりもない。


 私と私の身内さえ無事ならばそれで構わないし、将来的に私に有益な存在として在るならばついでに救ってやるのもやぶさかではない、といった程度。


 天秤に掛け、傾いた方に肩入れする。それが当面の指標だ。


 が、まあ取り敢えず今は──


「安心しろ。今すぐ必要も無いのにそんな事はしない」


「なら安心ですっ!」


「納得するの早いなぁ、君は……」


 アーリシアからの全幅の信頼を見たティールが苦笑いを浮かべていると、ロリーナが一歩私に歩み寄り、少しだけ心配そうに顔を見上げてくる。


「本当に、大丈夫ですか?」


 この大丈夫ですか? は私に対する心配というより状況に対するものだろう。


 色々と私的に動き回り、戦争に深く関わり始めたこのタイミングで呼び出されたのだ。


 しかも相手はモンドベルク公やルービウネル公、そして父上を始めとした珠玉七貴族に加え栄えある我が国の主であらせられるカイゼン・セルブ・キャロル・ティリーザラ国王陛下。


 何を言われ、そして何を喋らされるか全くの未知数。気合いを入れなければならないだろう。


「……ロリーナ」


「はい、何でしょう」


「少しだけでいい。私に勇気をくれないか?」


 魔王である私は、一歩間違えればこの国の敵になるだろう。


 私にその気が無くとも、昔に魔王の采配で苦渋を舐めされられたこの国にとって今の状況での魔王登場は最悪だ。即処分も無い話ではない。


 油断など許されない場だ。今は少しでも、その可能性を減らす為の助けが欲しい。例え気休めでも、だ。


「勇気、ですか……」


 私からの無茶振りに顎に指を添え思考するロリーナ。


 少しすると何かを閃いた後、少しだけ顔を赤くしながら私の手を取る。


 そしてゆっくり私の手の甲を自分の口元へ持っていくと、そのまま手の甲にキスをしてくれた。


「……本で読んで、意味が違うのは知っています。ですが、その……」


 ロリーナは目を伏せ、私に顔を見られないようにしながら──


「……色々な気持ちを、込めました。頑張って下さい、クラウンさん……」


「ロリーナ……」


 胸の内から、暖かいものが湧いてくる。


 それは知らず知らずの内に緊張で冷え切っていた身体の芯を柔らかくほぐし、本当の意味で気持ちが腰をしっかり据え、落ち着いた様な、そんな感覚を覚えさせた。


 今ならば例え相手がどんな存在でも……。例え国王や皇帝、神様だろうが相手取れる。そんな余裕と勇気が私の心を満たした。


「ありがとう、ロリーナ。これ以上に無い程、勇気を貰ったよ」


 本当に、本当に……。この子が側に居てくれて良かった。


 ロリーナが居てくれる限り、私が臆する未来など来ないだろう。


「あぁーっ! ズルいですっ! 私もクラウンさんを勇気づけ──」


「あぁ、すまんなアーリシア。お前のはまたいずれ貰うよ」


 アーリシアが急いで駆け寄り、ロリーナの真似をする様に私の手を取ろうとしたのを私は躱し、彼女の額に軽くデコピンを食らわす。


「あうっ……そんなぁ……。良いじゃないですか減るものじゃないですしぃ……」


 正直な話、今はロリーナから貰ったこの気持ちだけを胸の内に置いておきたい。


 アーリシアには悪いが、今は遠慮してもらおう。


「これ以上は溢れてしまうよ。だから、またな」


「うぅ……わかりました」


 不承不承と納得したアーリシアが身を引き、それを小さい声で「ドンマイ」と笑い掛けるティール。


 そしてこの空気感に置いていかれ所在無さげなユウナ。


 彼女は……アレだな。私の様な保護者よりちゃんとした友人を持つべきだろうな。そうすればこのような場面でも居場所が出来るはずだ。


 だが彼女はハーフエルフだからな……。決して簡単ではないだろう。


 ……と、そうだ、忘れるところだった。


「そうだ、お前達に渡す物があったんだ」


「──? 俺と」


「わ、私にっ!?」


 眉をひそめるティールと何故か驚き怯えるユウナを尻目に私はポケットディメンションを開きそこから二つの大きさの異なる箱を取り出す。


 一つはホールケーキ程の大きさの物。


 もう一つはペンケース程の大きさの物。


 大きい方をティールに、小さい方をユウナに差し出す。


「言っておくが大きさで価値が変わるわけではないからな? 二つとも同等程度の価値の物だ」


「お、おう。開けていいのか?」


「ああ、開けてくれ」


 ティールとユウナはお互いに顔を見合わせてからそれぞれに箱を開けていく。


 そしてその中身を見た二人は目を見開き側から見ても分かり易い感嘆の息を漏らす。


「これ……帽子、だよな」


「眼鏡のフレームと、髪飾り……」


 二人に渡した贈り物。


 それは以前ノーマンの妻であり服飾屋店主メリーに依頼し作って貰った帽子と眼鏡フレーム、それと髪飾りだ。


 昨日完成したとの連絡をムスカの《分身体》経由で貰ったので早速向かい受け取って来た。


 今日二人をこの場に呼んだのは晴れ着を見てもらう為でもあるが、この贈り物を渡す為でもあったのだ。


「その帽子のベースはヒルシュフェルスホルンの毛皮を使用している。シュピンネギフトファーデンの糸で全体を縫合し、エロズィオンエールバウムの木材で作った盾を模した飾りをシュトロームシュッペカルプェンの鱗で作った顔料で色付けしている」


 形は一般的なハット。その帽子の素材の殆どはあの日精霊のコロニーがあった森で戦った四体の魔物の物だ。


「眼鏡のフレームと髪飾りはヒルシュフェルスホルンの角、シュピンネギフトファーデンの外骨格を軽量の金属であるエアニウムに混ぜ込んだものをベースに、帽子同様にシュトロームシュッペカルプェンの鱗の顔料で色付けしているエロズィオンエールバウムの装飾を施している」


 その全てが魔物素材という事もあり、仮にこの帽子と眼鏡フレーム、髪飾りを金で買おうとすれば金貨が十枚は余裕で飛んでいく。そんな高級品である。


 だが今回のはメリーの好意によりタダである。人付き合いはしておくものだな。


「い、いいのかよこんな良い物貰っちまってっ!?」


「ああ。お前は何だかんだと私の無茶に付き合ってくれているし、色々と頑張っているからな。その褒美だ」


「お、おう……。にしても、まさか帽子とはな……」


「お前には前々から帽子が似合うと思っていたんだ。気に入ってくれたなら幸いだ」


 ティールは帽子を被ると私が立っていた姿見の前に立ち具合を確かめ、目配せで「どうだ?」と感想を私達に求めてくる。


「予想通り似合っているな」


「はい。とてもお似合いです」


「おお……ティール君ちょっと大人っぽく見えるね」


 三人からの感想に頬を緩ませるティール。そして最後にその視線がアーリシアに向けられると、アーリシアはパッと花が咲いたような笑顔を向けながら──


「良いですねティールさんっ! とてもカッコいいですっ!!」


 そんな素直で率直な感想を口にし、それを受け取ったティールは心底嬉しそうに顔を弛緩させる。


「へ、へへへへへ……。そ、そっか……ありがとうな、うん……」


 そんな締まりの無い笑いのまま姿見から退き、今度はユウナの背中を押す。


「え、な、何?」


「何って、お前も付けてみろよ眼鏡と髪飾り。へへ……」


「う、うん……」


 ユウナは遠慮気味に姿見の前に立つと、髪飾りを付け、今付けている古めかしい眼鏡を外して新しい眼鏡フレームを付ける。


「あ、あの……。眼鏡にレンズが無いので自分の姿見えないんですが、どう、でしょう?」


 相も変わらず自信無さげなユウナが恥ずかしそうに縮こまってそう訊ねて来る。


「似合っているぞ? フレームの色が赤みが強いからお前のブロンドとの相性が良いし、フレームの吊り上がった形状がお前の垂れている目尻と合わさって引き締まって見える」


「はい。髪飾りも素敵です。タイムの花……ですよね? 確か花言葉は「勇気」「活動力」……でしたっけ?」


「ああ。普段お前は下を向きがちだからな。この髪飾りが少しでもユウナの力になってくれたらと思ってタイムにした」


「私の……為に……」


 ユウナは眼鏡を取り替えてからしっかりと私が贈った眼鏡フレームを眺め、姿見で改めて自身を飾る髪飾りを見る。


 そして少し顔を赤らめた後、何かを振り払う様に顔を左右に振り、短く溜め息を吐く。


「まったくもぉ……。私への好感度上げてどうすんですか」


「私は単に誰かに何かを贈るなら全力を尽くすタイプの人間だというだけだ。自分勝手なプレゼント程、独りよがりなものも無いからな」


「はいはい……。まあ、取り敢えず、ありがとうございます。本当に……」


 ユウナは眼鏡フレームを箱に戻すとそれを大切そうに両手に抱え、なんだか少し泣きそうな顔になりながら笑う。


 どうやら期せずしてユウナの何かしらの琴線に触れたらしい。


 まあ、成功したのなら良しとしよう。ん?


 ふと時間が気になり懐中時計を取り出して見てみれば、もうすぐ迎えの馬車が学院前に到着する時刻になっていた。


 二人への贈り物も済ませたし、身嗜みも整っている。丁度良い時間だろう。


「そろそろ時間だな。では私は御前会議に行ってくる。四人は授業に励んでいてくれ」


 学院の授業も二日前から再開され、私達は漸く学院での一般的な過ごし方を満喫し始めていた。


 まあ、蝶のエンブレム資格者であり王国最高位魔導師の弟子である私はその一般的な、には当て嵌まらなかったりする。今回の件もその一環だろう。


「改めて、頑張って下さい。どうかクラウンさんの望むままに……」


「ああ。君から勇気を貰ったんだ。珠玉七貴族や国王など目では無いよ」


「また大口叩きやがって……。油断して泣いたってしらねぇからな」


「私がそんなヘマをすると思っているのか? 吐くならもっとリアリティのある冗談にするんだな」


「その傲慢さで大貴族や国王様を不機嫌にしなきゃ良いんですけどね……」


「そこは……まあ状況次第だな。私に有利に働くならば大貴族だろうと国王だろうとあおおだおこす。容赦はせんさ」


「大丈夫ですよっ!! クラウン様なら何とかしちゃいますよっ!!」


「ありがとう。その信頼も、私の力だ。では、行ってくる」


 それだけ言い残し、私はテレポーテーションで学院の校門前に転移した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る