第二章:歩み出す転生児-2

 まあ、今は私は赤ん坊なわけで、言葉なんて通じなくても問題はない。そう今はだ。


 言葉を発せる年齢になっても話せないなど、いくら裕福な家庭に産まれてたからといって追い出されないとも限らない。故に今から必死になって言葉を覚えなければならないが……。


 幸い大人達は赤ん坊である私に言葉を教えようと躍起になる筈。赤ん坊の様にスポンジ並の吸収力は発揮出来ないが、大丈夫。私はこう見えて生前四ヶ国語程習得していた。後一つ位、なんとかしてみせよう。


 と、いい加減何かリアクションをしなければ。メイドがこちらを怪訝そうに覗き込んでいる。取り敢えず……笑っておこう。


 …………。


 うん。なんとか誤魔化せた。さて、美人メイドは良いのだが、ところで私の両親は?メイドを雇える様な家庭なら両親共に忙しい身である可能性はあるが、姿が見えないと妙に不安になる。


 これも私が今現在赤ん坊であるという事に起因しているのか?


 取り敢えず父親は兎も角、母親には会っときたいな。さて、どうするか……。大泣きしてみるか?それならばメイドも慌てて親に私を渡す筈だが……。


 う、うん。赤ん坊らしく、最初はグズり、少しずつ嗚咽混じりに、大泣きする。成熟している精神でこれは、キツいな……。


 …………。


 割と自然に出来るものだな。


 正直もっと赤ん坊としての演技をせねばならないと覚悟を持っていたのだが、どうやら記憶や自我が残っていたとしても赤ん坊としての〝生存本能〟的なものはちゃんと発揮出来るらしい。嬉しい誤算だ。


 ……まあ、精神は削れるが。


 そんな事を考えながらもガンガン泣き続ける。


 が、ここで思いもよらぬ事態に見舞われる。


 唐突に凄い疲れて来た。


 な……赤ん坊は、こんな体力ないものなのか?…いや、違うな。今の私の身体は散々言っている通り赤ん坊なんだ。


 そんな赤ん坊の身体でこれだけ物事をゴチャゴチャ考えていたらそりゃあ脳にエネルギー持ってかれて疲労も溜まる。


 マズイな。予想よりやり辛いぞ、この小さい身体。


 そんな焦りを感じていると、部屋の扉がゆっくり開くのが見えた。


 姿を現したのは、美しく長い黒髪を後ろ手に結った、垂れ目で黄金の瞳をしたカーディガンの良く似合う女性だ。少し不健康そうな肌の白さと線の細さだが、どこか包み込んでくれる様な暖かさを感じる美人の女性。


 初めて目の当たりにするが、直感に近い本能で分かる。


 今現れた人物こそ、私の母親なのだろう。彼女が現れた途端、私の中の得体の知れない不安が一瞬にして霧散した。意識していないのに泣く事すらいつの間にか止め、縋りたくなるような欲求が疲れ切った身体を動かそうとする。


 私は本能の赴くままに、母親に両手を目一杯伸ばした。


 すると母親は少しだけ驚きながらも私に向かってニコやかに微笑み、今まで抱き抱えていたメイドからゆっくりと、優しく私を受け取る。


 ああ……。なんだ、これは……。


 強烈な安堵感。底知れない安心感。そして、どこか懐かしい様な暖かさ。それらが私を包み込み、心の底から落ち着く。


 成る程、母親は凄い。前世の記憶と自我が有るにも関わらず、この一連の流れだけで私の中で彼女が間違えようのない母親であると認識させられる。


 そう、前世の記憶と自我が有ろうが関係無いのだ。私と彼女──母親とは間違いなく血で繋がっており、まごうことなき母なのだ。


 ああ……なんだか強烈に眠たくなって来た……。まだ父親にも、会っていないのに……。まだ自分の……スキルとか……確認する事はまだまだあるのに……。やるべき事は……山の様にあるのに……時間だって……限られているのに……。


 だが、もう……。流石に無理だ…。


 一旦……初めましての我が母よ、おやすみなさい。

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