第一章:満たされる予感-5

 戻せない。そうか、戻せない、か。


『貴様の魂は一時的ではあるが此方の世界に含まれてしまった。なまじ貴様の魂の波紋が似ていた事もあり、あの空間──魂の道に居る間に貴様の魂の波紋が歪んでしまったのだ。此の状態では、もう元の世界には馴染まないだろう……』


『我等でも微調整は出来るが……、恐らく無駄に苦しむ事になる上に完全には馴染んではくれまい。転生出来たとてろくに生きられないだろう。故に元の世界には戻せないのだ』


 ……私は基本、希望的観測は抱かない主義である。


 寧ろその逆。常に最悪を想定し、その最悪に備えて可能な限り全ての対策を用意する。必要な知識を持って最悪に対処し、最善の結果に持って行く。臆病者だとそしられようともそれが私流だ。


 故に、私は色々と説明され、徐々に……だが確かに確信へと変わっていったもう戻れないという可能性にも、私は平静さを保つよう自身に言い聞かせた。


 希望など抱いてはならないと。


 もう元の世界には戻れないのだと確定した今でも、私に、動揺は……。


 ──私はあの世界が大好きだった。愛していると言っても過言ではない。


 あの世界には私の心を、魂を震わせて愉悦させてくれる物が山の様にあり、生まれ続けていた。


 それは私の生涯を費やしたコレクション達。


 そしてこれから収集しようと胸躍らせていた未だ見ぬ財宝の数々。


 私の唯一の心残り。


 そんな愛すべき物に二度と触れられない。


 例え輪廻転生し、記憶も自我も無くなろうとも、私は同じく、その蒐集欲──強欲の赴くままに人生を生きただろう。


 それが、潰えた。潰えたのだ。他でも無い輪廻転生を司る神から、直接、告げられた。


 もうあの世界に戻れないと。あの愛おしい世界に……。


 ……


 …………


 ふざけるな。


『ふざけるなッ!! 私はッ!! あの世界を愛していたんだッ!! それを貴様等神がッ!! 〝神如き〟がッ!! 私の道を……捻じ曲げてッ!! よくも……よくも、貴様等ッ!! どう責任を取ってくれるッ!?』


『……漸く〝声〟を上げたな。新道集一。我等神を〝如き〟とのたまうか……』


 今まで説明を分神に任せていた中央に座す転生神が私に静かに声を掛けた。災害を思わせる威容を含むその声音に身震いしながらも、私は言う。言わなければならない。


『知った事か馬鹿馬鹿しい。これは私の尺度だがな。神っていうのは〝間違ったら駄目なんだ〟。神を名乗るなら失敗なんて許されない。絶対だ。あの新人分神はお前の分神なんだろう? つまりはお前の元一部というわけだよな? という事はだ。あの分神の失敗はお前の責任だ。お前が責任を取れ』


 分神達から一斉に視線をぶつけられる。主神である転生神に暴言を放った私に怒気と殺意を孕ませ、今にも私に処罰を科さんとする激しさだ。


 だがそれを、転生神自身が片手で鷹揚に制止させる。それを受け分神達は慌てたように頭を下げた。


『まあ、そうよな。此の失態は我等──いや、我の失態。故に我は貴様に対し、転生神の名にいて全身全霊、全力を持って報いよう』


 そう言って転生神は勢いよく両手を広げる。すると転生神の周りに何やら近未来的な半透明のスクリーンが数え切れない程に出現し、私の目の前に広がる。そのスクリーンには判読出来ない文字の羅列が無数に並んでいるのだが……。コレは一体なんだ?


『貴様には未だに説明していなかった事がある。貴様が居る此の世界。此の世界は貴様が元居た世界で言う所の〝ファンタジー世界〟だ』


 ……何? ファンタジー? 冗談……、ではないな。なんでそんな都合の良い世界が実在しているんだ?


『人間の考えた娯楽の殆どは我等神々が〝閃き〟の形で与えた物だ。魔法も、魔物やドラゴンといった存在も、少し前から貴様の世界で流行った〝スキル〟のある世界も。全ては神がアイデアという形で定期的に貴様等に与えているに過ぎん』


 ふむ。なんとも親切な話だな。所謂いわゆる〝何かが降りてきた〟というのアレなのだろう。アイデアが神様からのプレゼントなど、夢があるのやら無いのやら分かったものではないな。


『此の世界は先程述べた様に魔法や魔物、スキルが存在している。文化レベルは貴様の元いた世界で言えば中世程度。言語も貴様の元居た世界と違って余り多様化はしていない』


 ……本当に最近のライトノベルの世界観だな。私も生前の時分、興味本位で幾つか読み漁り、年甲斐も無くそんな世界があれば、などと夢想したものだ。で、ここまで丁寧にこの世界の説明をすると言う事はだ。


『そう。貴様を此の世界に転生させる。貴様の魂は今、元の世界の波長から歪み、元々似ていたのもあって寧ろ此の世界の波長に非常に近くなっている。此の状態であれば我等神々が全力を持って調整すれば此の世界に問題無く適応出来るだろう』


 異世界転生を行う。この転生神はそう言っているのか?私に、異世界で生きろと?


『そうだ。だが我としては此れだけでは貴様に対し報いが足りないと感じている。其れ故転生する際に幾つか貴様の要望を叶えよう。我等神々、転生神が可能な限り応える。今し方貴様の前に展開した文字列は此の世界に存在する〝全スキル〟だ。要望が有るのであれば、此の中から好きな物を幾つか選んで構わん』


 全スキル……。この目の前に広がる文字列全てが、その世界に存在するスキルだと言うのか……。そしてこの膨大な量のスキルから、幾つも選んで良いと。


 私は、魂が震えるのを感じた。この膨大なスキルの羅列を前にして、私の中の強欲が悲鳴にも似た叫声を上げ、刺激する。そしてそんな強欲は、最終的にとある一つの発想に辿り着いた。


 もしも、もしもそれが可能ならば……。そしてそれを可能とする、そんな都合の良いスキルが、この中に存在するあるのであれば……。


 もしかしたらこの世界は私にとって、元の世界以上に私の強欲を満たしてくれるやも知れない。


 そうと決まれば探さねば。この膨大な量のスキルの中から、私の理想を叶えるスキルがあるのかを。可能性は低くない。この量のスキルならばきっとある。さあ見つけよう。私の中の強欲が、泣いて喜ぶ、そんな可能性のスキルを……。

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