第七章:暗中飛躍-28
「改めてこんな事を君に聞くのは何なんだがぁ……。君は、一体何者なんだい?」
コランダーム公が一層鋭い眼差しで私を見据え、
そんな詰問に対し私は彼女の目を見返し、暫く口を閉ざしていると、「ならば質問を変えよう」と彼女の方から口火を切る。
「君。ローレル家を自分の手足にしようとしているだろう?」
……ほう。
「何故、そうだと?」
「ローレル家は今、絶対的な当主であるシルヴィを失った。それはつまり上位の権力者
ここで言う上位の権力者とはコランダーム家の事であり、つまりはコランダーム家当主であるルービウネル・コウ・コランダームが好きに次期ローレル家当主を指名する事が出来るという事。
それ即ち彼女の采配一つで自分に忠誠の篤いローレル家血族を当主に据え、以下血族達に命令を下せるという事になる。
「そうですね。ですがそれを行えるのは公に爵位を名乗れない私ではなく、直属の上位貴族である貴女です。それなのにどうして私がローレル家を手足に出来るのですか?」
「ふん。そんな事は些細な問題でしかない。重要なのは〝私が選ぶ次期当主の私への忠誠心〟だ」
「忠誠心、ですか」
「ああ。当然の話だがな、ローレル家の次期当主になれるのは彼女の配偶者か血族のみ。そこは公爵である私の采配でも動かしようのない法だ」
いくら権力のある公爵とはいえ、何でもかんでも好きにイジれるわけではない。
「ではローレル家から貴女に忠誠の篤い者を選ばれたら良い話ではないですか?」
私がそう口にすると、コランダーム公は眉を
「その選ぶべきローレル家の人間が
コランダーム公の眼光が鋭くなり、私を
「女系貴族であったローレル家の血族は皆全て当主であったシルヴィの命の元、他貴族へと嫁ぎ散らばっている。既に別の爵位と家名を名乗る者をローレル家の当主には出来ない事も解っているな?」
女系貴族であるローレル家には男の後継は居ない。
当主であったシルヴィには夫は居らず、また自明として娘も息子も居なかった。
そして自身以外のローレルの血族は皆彼女が各上位貴族達の元へと嫁がせており、その時点では正統なるローレル家を名乗れるのはシルヴィ以外に存在していなかったわけだ。
だが今回の事で当主である彼女は爵位を失い、後継が居ないローレル家は本来ならばそのまま没落する道筋を辿る事になっていた。
「ええ勿論」
「ならばこれも解っているな? ここ最近になって嫁ぎ先である男爵家が没落し、汚名を背負いながらローレル家に戻った元貴族夫人の事。してシルヴィ以外では、最早その元貴族夫人しかローレル家が居ないという事をっ!!」
嫁ぎ先が没落し、シルヴィの手によって匿われていたローレル家の人間……そんな人物は彼女しかもう居ない。
「フランシスカ・ローレル……。ローレル家の使用人として匿われていた彼女しか、最早ローレル家を名乗れる者は居ませんね」
私が笑顔でそう言うと、コランダーム公は少しだけ忌々し気に目尻を痙攣させ、少し間を置いてから深い溜め息を吐く。
「やはり、解っているじゃないか……」
「ですがそれでも解せませんね。フランシスカしかローレル家を名乗れず、コランダーム公が彼女を新たな当主として指名するしかないとして、何故そこで私がローレル家を操れるなどと?」
「……君、フランシスカと契約したろう?」
……何?
「はっはっはっ。何故知っているんだ、とでも言いたげな目だね」
コランダーム公の雰囲気が少しだけ柔和になると、彼女は得意気に自身の耳に指を差し、わざとらしくウインクして見せる。
「コランダーム家に受け継がれる唯一無二のスキルがあってね。これを使えば日に一度だけ好きな場所の〝音〟を何処からでも何にも遮られず鮮明に聞き取る事が出来るんだよ」
……成る程。父上にも聞いた珠玉七貴族それぞれが保有するユニークスキルか。
一応珠玉七貴族全員には《解析鑑定》を使ってスキルや情報を
故に最大限警戒はしていたつもりだったんだがな……。まさかそういった
「確か君が彼女に囁いた甘言はこうだったな──」
『お前の旦那はまだ処罰されていない。やり方次第では私がお前の旦那を解放する事も出来るぞ?』
「ふむ。実に効果的で甘い言葉だ。彼女が一番欲しいものを的確に捉え、提示する……。熟練の業だな」
「……それが、何だと?」
「君はアレだろう? フランシスカの願いである旦那を本当に解放し、彼女の忠誠心を自分の物にするつもりなんじゃないか?」
「……」
「そしてフランシスカがローレル家の次期当主に選ばれた時、君は彼女に「コランダーム公に忠実なフリ」をさせながら自身の手足として動かし、各上位貴族達に潜り込んでいるローレルの血族をも手中にして貴族達を意のままに操る……違うかい?」
ふ、ふふふ。
中々に、面白い。ここまで思惑を見抜かれたのは初めてだな。流石は珠玉七貴族の一員であり、〝経済〟を司るコランダーム家の当主をやっているだけはある。
ふふふふふふ。
「……なんだ、不気味な笑顔を浮かべて」
「ああいやすみません。予想していたよりも大分早く思惑を見破られたので、つい楽しくなってしまって……」
そう素直な気持ちを吐露すると、コランダーム公は呆れたように表情を緩ませ、再び大きな溜め息を吐く。
「はあ……。君ねぇ、普通こういった暗躍を見破られたら落ち込むなり怒るなりすると思うのだけど?」
「敵であれば、そうですね。ですが貴女は私の味方でしょう?」
「本来私が行使できる権利を横取りしようとしておいて味方を名乗ろうなんてね……。君はやはりかなりの大物のようだ」
「ふふふ……。しかしそこまで見破っているという事は、私が最初からフランシスカの事を知って近付いていたのもお見通しだったりしますか?」
「当たり前だ。何せ君、何の迷いもなく何人も居る使用人の中からフランシスカをピンポイントで見つけ出し、声を掛けていたろう?」
「それも例のスキルで聞き耳を?」
「ああ。加えて言うならフランシスカと話し合っていた最中に君が彼女に見せた男爵家で匿っていた潜入エルフが引き起こした裏工作の被害報告書だな」
「それが?」
「あんな物、普通土壇場で用意出来るものでは無いだろう? 彼女がローレル家に居ると知っていて
疑問系で私に投げ掛けているが、これは最早確信した上で意地悪く敢えて聞いている。
私に裏でコソコソされた意趣返しのつもりかは判然としないが、まあここは認めてしまおう。
「ふふふ。素晴らしいですね。大正解です」
「何が、大正解です、だ。まったく……」
コランダーム公は頭を抱えると三度小さく溜め息を吐く。私のせいで精神的に色々と疲れが溜まっているらしい。後で何らかの形で労う事を真剣に考えねばな。
何せ長い長い付き合いになるのだから。ふふふ。
「……いつから」
む?
「君は、いつからフランシスカとローレルの繋がりの事を知っていたんだい? まさか最初から、なんて言わないだろう?」
ああそこか。そこは誠に遺憾ながら──
「正直な話、そこは本当に最近です」
「ほう?」
「ローレルが四匹目のコウモリだと判明したあの会議の後、私はローレルについて調べられるだけの事を調べ上げました。徹底的に、です」
アレだけ巧みに隠れ仰せていたのだ。きっと奴は他のどんな国賊貴族やコウモリ貴族よりも重要な役割を担っていたのだと目星を付けた。
そしてその過程でローレル家が各上位貴族に血筋を嫁がせていると判明し、利用出来ないかと考えた。
すると運が良い事に散らばった血筋の一人であるフランシスカが居た男爵家が潜入エルフ一掃の煽りを受けて没落し、彼女はローレル家に戻っていた事を突き止めたのだ。
それを知った私はフランシスカを手中にするべく手札を準備をしつつ、更にローレルの内情を深掘りしていき、潜入エルフやカリナンとの接点に行き着いた。
「会議から今日までの数日で、そんな事を君はこなしていたのか?」
「はい。ですが本来ならもっと早い段階で気が付ける案件でした。私がもっと潜入エルフの潜入経路にまで気を配っていればローレルにももっと早く辿り着けたでしょう」
あの時の私には、ある意味では余裕が無かった。
何せ敵国アールヴに情報が筒抜けな上、国中にエルフが蔓延ったままの状態で戦争に突入しようとしていたからな。
戦争が本格化する前の数ヶ月の間にそれら全ての抱えていた問題を解消し、尚且つアールヴに必勝出来るよう整えてやる必要があった。
言い訳をするならば、私一人で動き回る範疇を逸脱している。一つの見逃しくらい許して欲しいというものだ。
「ですがその問題も、何とかギリギリ今日解決する事が出来ました。オマケにある程度貴族を動かせる手足が手に入る……報酬としては妥当じゃないですかね?」
そう私が笑顔を向けると、コランダーム公は両腕を組んで不思議そうに眉を
「君は自分の思い通りになると疑っていないんだな? 君の思惑を知った以上、私がこのままローレル家の次期当主を指名せず、没落させる可能性だってあるというのに」
「ああ、それは有り得ませんよ。貴女は必ずフランシスカを次期当主に任命します」
「……何故、そう言い切れる?」
「だってそうでしょう? このままローレル家が没落するという事は、国中に散らばったローレルの血族が汚名を被るという事に他ならないじゃないですか」
確かに嫁いだローレルの血族は、既に嫁ぎ先の家名を名乗りローレル家からは除外されている。
しかし嫁いだからといってローレルの血族であったという記録と歴史は残るのだ。全く無関係な人間になるわけではない。
このままローレル家がシルヴィ・バーベナ・ローレルのせいで国賊という汚名を背負ったまま没落してしまえば、そういった元ローレル家の人間にまでその汚名は波及し、嫁ぎ先の貴族の評判に大きく響く事になる。
ある者は汚名を恐れ排斥し、ある者は同じ国賊だと司法へ突き出し、ある者は事実を隠蔽すべく暗殺を企てる……。
そうなれば様々な国の機構を担っている国中の貴族達は大混乱に陥り、最早戦争準備どころではない。
「ローレル家は良くも悪くもこの国に深く根付き過ぎているんです。一気に引き抜けば地盤は緩んで崩壊し、平らに慣らすのにかなりの労力と時間と金銭が掛かるでしょう」
この根付いた根を安全に取り除くには長い時間を掛けて一つ一つ丁寧に地盤を固めながら除去していくしかない。
だがその長い時間を掛けられる程、今のこの戦争状態に突入している我が国に余裕など微塵も無いのだ。
「いくら貴女の力が強大であろうと、この根を引き抜いて補える程ではない……。だから貴女はローレル家を没落させるわけにはいかないんですよ」
「……」
「……」
「……まったく君は……。本当に何者なんだい?」
「そう言えば答えていませんでしたね。……私は珠玉七貴族が〝翡翠〟キャッツ家嫡男、クラウン・チェーシャル・キャッツ、ですよ。それ以上でも以下でもありません」
「……まあ、そう言うだろうね、君は」
「──ところでなんだが」
帰りの馬車の中。疲れて眠ってしまったロセッティと、彼女に枕として肩を貸している事に不満気なロリーナに挟まれていた私に、コランダーム公が問いを投げてくる。
「はい、何でしょう?」
「君はどうやってフランシスカの旦那を解放するつもりでいるんだ?」
ああその話か。そう言えばさっきの会話の中では一切話題に上がらなかったな。
「彼は一応エルフに協力したという事で国賊として捕まっている。それを解放するなど容易ではないように思うのだがな?」
確かに彼女の言う通りだ。
一度国賊として捕らわれた者が解放された、など普通は起こり得ない。何せ罪が罪だからな。
だが何にも抜け道というのは存在するもの。まあ、運が良し悪しにもよるが、今回はかなり強引な手でいく。
「強引ですが、顔の同じ犯罪者を用意し、真の実行犯として突き出します」
「……は?」
間の抜けたコランダーム公を他所に、私はそのまま詳細を口にする。
「もう既に男爵家は没落している以上、貴族としての復活は流石に望めません。ですがフランシスカが望むのは男爵家の復興ではなくあくまでも旦那個人の解放です。それさえ為せれば問題無いんですよ」
「……つまり、どうするんだ?」
「筋書きとしてはこうです。潜入エルフを男爵家に引き入れ裏工作を黙認していたのはローレルが用意していた当主の偽者であり、本物の当主はローレルによって長い間監禁されていた……」
「う、うむ……」
「監禁理由は勿論、潜入エルフとの協力を拒んだ事とローレルとエルフの結託を通報されないように、です。まあフランシスカの話では根は悪い人間では無いのは理解出来たので、人間性的に違和感は生まれないでしょう」
「む、むぅ……」
「そして潜入エルフの一件が公になったタイミングで本物を解放し偽者を回収。本物にはフランシスカを使って脅しをかけ嘘の証言を強要し、捕まえさせた……。こんな感じですかね」
一通りの筋書きを喋り終えた後、コランダーム公は腕を組んで唸りながら思案を始め、暫くしてから口を開いた。
「筋は一応通るがぁ……流石に強引過ぎないか?」
「だから最初に言ったでしょう? 強引だと」
戦争終了後にやるつもりだが、戦後処理もあるからな。時間が無い中で国賊認定された奴を解放しようというのだ。最早言い訳と権力のゴリ押ししかやる術は無い。
「そもそも問題がいくつかある。一つ、同じ顔の犯罪者をどう用意し、どう従わせるのか。二つ、どうやってその筋書きを本物と証言するのか。三つ、それらを実行出来る程の権力が君に無い」
ふむ。ざっくりとした問題点を挙げてられたな。まあ、大雑把に目がいく問題はそれらだろうな。
「取り敢えず一つずつお応えしましょう」
「なんだ、解決策があるのか?」
「勿論。……まず一つ目の犯罪者についてですが、まず都合の良く同じ顔の人間など居るわけもないので、作り替えさせます」
「何? つ、作り替えさせる??」
意味が分からないと頭を傾けるコランダーム公。そりゃあこの世界に整形なんて発想自体が無いからな。スキルである程度融通が利いてしまう影響なのだろうが、今回は逆にそれが好都合になる。
「まあ細かい話は戦争後にでも詳しくお話ししますよ。色々と準備をしてからでないと頭が追い付かないかもしれませんので」
「う、うむ……。ん? ちょっと待てクラウン」
何かに気が付いたコランダーム公が、私に怪訝な視線を向けながら前のめりになる。
「その言い方だと、まるで私が君に協力するのが前提のように聞こえるんだが……気のせいか?」
そんなコランダーム公に、私は満面の笑みを作って見せる。
「いえ。気のせいではありませんよ。貴女にも協力して貰うつもりでいます」
「……嫌な予感しかしないのだが一応言うぞ? ……何故私からローレル家の権力を横取りする算段に、私が協力せねばならないんだ? 意味が分からないんだが?」
ふふふ。そりゃあ、そう疑問に思うだろうなぁ。
自分が不利になる策に自分で協力するなど余程の間抜けか裏に逸物を抱えている場合くらいだ。
そして今回の場合は当然、後者。
「さてさてさてコランダーム公……。今から面白い取引き、私としませんか?」
「はっはっはっ。どうせ君一人が面白い取引きなんだろう? 流石にそのくらい判るようにはなったぞ」
「ふふふふふふ。ご理解頂けて光栄ですよ」
「まったく君は……。で? 何だい取引きって。話くらいは聞いてあげよう」
「では遠慮なく……。ローレル家の次期当主となるフランシスカの忠誠心と行使出来る権力を全て貴女に差し上げ、私はローレル家とは一切関わらないと約束しましょう」
「何?」
「その代わり……。戦争勝利後、コランダーム家傘下の魔物討伐ギルドと冒険者ギルドの全権を、公に貴族として辺境伯を名乗る事が出来る我がキャッツ家に返還して頂きたい」
「…………ほう」
その瞬間、コランダーム公の表情がこの日一番険しいものに変貌した。
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