第四章:容赦無き鉄槌-5
暫くして麻痺が解けたハーボンはすぐ様身動ぎをして縛られた手足をなんとかして解こうとする。そんな様子を私は自分のベッドに座りながら眺める。
「無駄ですよ。その結び目はそんなんじゃ解けたりしません」
それを聞いたハーボンは上目遣いで私を睨み付ける。
うわっ、止めろよ気持ち悪い。小太りのオヤジの上目遣いとか吐き気がする。
思わず顔面に蹴りでもかましたくなったが、部屋をコイツの鼻血かなんかで汚されたら敵わないとなんとか思い留まる。
「さて、では一応聞いておきますが、貴方がこの屋敷に侵入したのはあのバカ貴族のスーベルクの命令ですよね?」
そう聞かれたハーボンは猿轡を噛み切る勢いで食いしばりながら何かを唸っている。どうやらスーベルクをバカ貴族と謗ったのを怒っているようだ。
「成る程。その反応を見るに少なくとも関係はしていると。馬鹿正直に怒るあたり暗殺者なんて向いてないですねハーボンさん」
そう言われて気付いたのか、今度は露骨に目線を逸らすハーボン。まったく、こんな中途半端な練度で暗殺者をやらせるなど少し父上を舐め過ぎじゃないか? これは本当に私が相手をしなくても父上だけで片付けたかもしれないな。
まあ、私がワザワザ迎え撃ったのには理由があるのだが、それは後にして……。
「ところで、私はワザワザ貴方を生かしておいている訳ですが、それは何故かわかりますか?」
私の質問に対し、無反応なハーボン。ふむ、表情を読まれまいとしているな。無駄な抵抗を。
「それはですね、貴方と取り引きをしようと思っているからなんですよ」
その言葉に漸くハーボンはこちらを見る。その目は何かを思い付いたような怪しいものが透けて見える。
どうやら私がまだ子供であるのを思い出し、この取り引きを通じて私を騙くらかしてこの場を乗り切ろうとか考えているのだろう。その証拠に目線で猿轡を外せ的なモーションをしてくる。浅はかな上に気持ち悪い。
「それは外しませんよ。貴方の出来る返事は首を縦に振るか横に振るかの二択です。それ以外は例外なく拒否とします」
その私の言葉にハーボンは露骨に不満気な表情を見せる。そもそもコイツは自分の立場を理解しているのか? まるで自分の意見が通って当たり前の様な態度だが、私が子供だからと甘い期待をしているんじゃないか? まったく、私がそんな甘い考えなわけがないだろう。これからする提案にコイツが救われる道なんて一切無いのだから。
「さて、では提案です。貴方の持っている全スキルを私に寄越しなさい。承諾するなら貴方を解放してもいいですよ?」
その提案に、ハーボンは困惑の表情を見せる。まあ普通はそうなるな。一般的にスキルの譲渡なんてのは普及していない。言われたら困惑して当たり前である。だが今は知ったこっちゃない。
「貴方が理解する必要はありません。寄越すのか、拒否するのか、二択です」
ハーボンはそのまま俯き、動かなくなる。まあ、自分のスキルというのは努力の結晶そのものだ。修行にしろスクロールにしろ一度身に付いたものを手放すのには抵抗があるだろう。だが、まあ、いくら悩んだところで、結末は変わらないのだが。
それから五分程して漸くハーボンは顔を上げる。私の提案の内容を信じたのか信じていないのかは知らないが、さて、どうする?
ハーボンはゆっくり、その首を横に振った。明確な拒否の証である。
「…………成る程。わかりました」
私はベッドから立ち上がり、ハーボンの横に立ってとある準備を始める。これの発動にはちょっと時間が掛かってしまうのだ。
そんな様子の私にハーボンは怪訝な顔をする。私を子供だと未だに舐めているのか、これから何をされるのかなど想像もしていないのだろう。
「多分ですが、貴方は一つ勘違いをしている。私が子供であるからと自分には助かる道があると思ったりしてないですか?」
ハーボンの表情が曇る。どうやら意味がよくわかっていない様だ。
「私はね、貴方を……お前を許す気なんて最初から無いんだよ。最初から私はお前を、キッチリ処理するつもりでいるんだ」
その言葉を聞き、ハーボンは漸く動揺を見せる。そうそう、そうやって反応してくれなければヤり甲斐がない。
「痛みは……そうだな、あるかは分からない。何しろ人間にやるのは初めてでね。何度か無機物とかで練習はしたから失敗はしないだろうが、その他の事は知らないな。まあ、故に実験として私はお前を迎え撃ったわけだが」
それを聞いてやっと私が本気で自分を亡き者にしようとしているのだと理解したのか、ハーボンはその場で暴れ出す。埃が立つから止めてほしい。おっと、そろそろ準備が終わりそうだな。
「ふむ、じゃあハーボン。そろそろお別れだ。心の準備は出来ているか?」
「ん゛んんーーーっ!! ん゛んーーーっ!!」
「さあ、存分に楽しんでくれ」
次の瞬間、ハーボンの寝転ぶ床に魔法陣が展開される。魔法陣の四方には小さいクリスタルが浮遊しており、淡く光を放っている。
スキル《結晶習得》。対象物をスキルの結晶として還元するスキル。一度発動すれば相手を否応無しにスキルに変える私の収集系スキルの中でも取り分け殺傷能力の高いものだ。
私がこのスキルを選んだ理由は二つ。一つはスキル《継承》を使えなかった事。最初にした取り引きはハーボンから《継承》でスキルを全部奪い取るというものだったのだが、《継承》は相手から了承を得なければならない為に取り引きを拒否された時点で使えなくなった。
もう一つは《継承》以外の相手からのスキル獲得では色々問題が生じてしまう為だ。
《強奪》は相手を屈服させるのが条件だが、ハーボンはあの状況でも私を子供として完全に舐めきっていた。あそこから屈服させるとなると時間が掛かり過ぎるし、もう一つの条件である意識の無い状態も子供の私では難しい。第一それではハーボンを処理出来ない。今の状況じゃ問題外だ。
《魂魄昇華》はそもそも殺傷しなければ発動しない。この場でハーボンを殺すのは死体の処理や後始末が面倒になる。特に血なんか出て部屋が汚れたら洒落にならない。
その
今の状況には《結晶習得》が最適なのだ。
さあ、そうこうしている内に魔法陣が完成する。
魔法陣の四方に浮遊するクリスタルはゆっくりとハーボンが居る場所に集約し、その大きさを変えていく。四つ全てが合わさると、それは一つの大きなクリスタルとなりハーボンを包み込む。
「ーーーーーーっ!! ーーーーーーっ!!」
「悪いな、その状態だともうこっちに音は届かないんだよ」
未だに暴れ回るハーボンが自分を包み込んだクリスタルを内側から頭突きで突き破ろうとする。しかし、クリスタルは一切キズを付けず、ハーボンの額からは裂けて血が流れ始める。
するとクリスタルはハーボンを内側に含んだままその大きさを小さくさせる。それに気付いたハーボンはより一層中でも暴れるが、最早後の祭りである。
クリスタルはそんなハーボンに御構い無しとばかりに徐々に縮んでいき、遂には身体が曲がってはいけない方向に無理矢理折られ、骨が飛び出し、血が噴き出す。
中でハーボンが断末魔を上げているのが目に見えるが、いやはやどうして壮観な光景だ。そうやって眺める中、クリスタルは更に縮む。
遂にはクリスタルの中は血で染まり、中は最早窺い知れない。恐らく最初に上げていた断末魔も、もう上げていないだろう。
そうして鮮血に染まったクリスタルは遂には手の平サイズまで縮み、唐突に光を放ち始める。
目を開けていられない程の光を数秒間放った後、その光の中から二つの結晶が飛び出して来る。
一つは浅黒い色をした正十二面体の結晶。
一つは深い紫色をした正十二面体の結晶。
それぞれの結晶は私の元までゆっくり浮遊してやって来て、そのまま胸の中に吸い込まれて行く。そしてそれらは私の中で溶けて行き、私の力となり馴染んでいく。
『確認しました。技術系スキル《
『確認しました。技術系スキル《
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