第六章:貴族潰し-14

 この状況、実はあんまりよろしくない。


 スキル《結晶習得》は殺傷こそするものの、死体が残らないというのが利点の一つだ。これが意外と重要で、死体の有る無し如何では下手したら私に辿り着いてしまうのだ。


 この世界に前世でいう警察や探偵に似たものがあるかどうかは知らないが、そんな奴等が居た場合、その死体からスキルやらで私を探し出してしまう恐れがある。


 故に私は余程の状況でない限り、人間に対して死体が残る殺し方をしないように心掛けて居たのだが……。こんな事なら足の腱でも切っておけば良かった。まあ、後の祭りではあるのだが。


 眼下には首から大量の血を流して倒れ臥す手斧の男の死体が転がっている。私はそれを改めて確認し、深い溜息を漏らす。


 未だに生き残っているナイフの男は手斧の男同様に少し麻痺が解けてきているようでヨロヨロと産まれたての子鹿の様にゆっくり立ち上がる。その眼に映るのは激しい困惑。状況が頭で上手く処理出来ず、ただただ目の前の死体を呆然と見詰めている。


 さて、ここで一つ、私が何故わざわざ自分のナイフではなく短剣の男の短剣を使ったのか。それにはちゃんとした理由があったりする。


 死体が残ってしまった以上、この状況をなんとか誤魔化す必要がある。ではどうやって誤魔化すのかというと……。


 短剣の男を犯人に仕立て上げてしまうのだ。


 短剣の男は私の《結晶習得》により姿形は跡形も無く綺麗さっぱり消え去っている。これにより短剣の男が〝二人〟を殺し、そのまま失踪したように見せ掛けるという少し強引な方法が取れる。


 その為の短剣。仮に私のナイフで殺していた場合、刃渡りや厚みの関係でそこに齟齬が生じる。気休め程度と言ってしまえばそれまでだが、こういう細かい所で手を抜いてはならないのだ。


 さあて、後はそこで未だに状況が理解出来ていないナイフの男、コイツの始末である。一人を殺してしまった以上、短剣の男を犯人に仕立て上げるにはもう一人が生きているのは都合が悪い。恨むなら何も考えずに襲って来た手斧の男を恨んでくれ。


 私は手斧の男の血で濡れる短剣を握りしめナイフの男に歩み寄る。短剣とはいえ五歳児の身長では長くて扱い辛い。スキル《短剣術・初》が無ければここまで扱う事も出来なかっただろう。


 ナイフの男はそんな私に気が付くと、その手に握られた短剣に目を移し、顔が露骨に蒼ざめ、後退りする。


「や、やめえくれっ!! 誰、誰にも言わにゃい!! 言わにゃいから!! だから俺は見逃してくえ!! 頼む!!」


 ふむ、必死だ。まあ、当然と言えば当然だが、私は聞く耳を持つつもりはない。一つの油断、一時の気の迷い、一粒の優しさが時には私、延いては私の大切な者達を傷付ける結果に繋がる。私が蒔いた種なのだ、私が責任を持って、私だけが背負って生きればいい。だから私は容赦しないし、覚悟をしている。これが私にとっての「欲を我慢しない生き方」なのだ。


 私はそのまま短剣を構え、躊躇なくナイフの男の首にその刃をがむしゃらに走らせる。身長差故にある程度勢いが必要があるのが厄介だな。


 ナイフの男は未だに若干だが残る麻痺とスキルを失った事による喪失感とぎこちなさで反応し切れずに私の拙い剣をそのまま受け入れる。


 ナイフの男は手斧の男同様に首から大量の血を噴き出させてそのまま倒れる。暫くナイフの男は小刻みに身体を痙攣させていると次第に落ち着いていき、遂には動かなくなる。


 …………ふむ。


 私は持っていた短剣を二人の死体の側に放り投げ、それぞれの武器を手に握らせて少しだけ倒れている位置を調整し、あたかも短剣の男に襲われたかの様に整える。


 小さい身体が仇となり、大の大人を動かすのに時間が掛かってしまったが、なんとかやり切る。そして溜息を一つ吐いてから、私はスキルを一つ発動させる。


 不測の事態とはいえ折角二人を自分の手で殺傷したのだ。となればあのスキルを使ってスキル習得を試みてみる事にする。


 スキル《魂魄昇華》。


 自分の手で殺めた生物の魂を生贄にスキルに還元するスキル。


 今こそこのスキルの試し時ではないだろうか?当初は魔物を最初に実験しようと漠然と考えていたのだが、こうなってしまった以上、試さない手はない。


 そうして私はスキル《魂魄昇華》を発動させる。


 すると私の目の前に転がっている死体二つが淡く青白い光を放ち始め、明滅する。光は徐々に死体の上で収縮し始め、二つの強い光を放つ球体が現れる。私はその二つの光に近付き、両手でそれぞれその光を優しく握り締める。


 光は私の魔間欠を通り、少しずつ私の中へ溶け込んでいく。途端猛烈な頭痛と寒気、心身の震えを感じ、私は思わずその場でしゃがみ込む。


 クソっ! これは予想外だ……。勝手に《結晶習得》と同じ様に考えていたのだが油断した。マズイな、今にも意識が飛びそうだ。


 私が暫くそんな謎の現象に苦しんでいると、私の頭の中で身に覚えのない光景が広がって行く。それはこの三人組の記憶。そして盗賊仲間の記憶。仲間達との楽しい略奪、狂乱の宴会、凄惨な強姦。そんな薄汚い記憶が私の中に流れ込んで来る。


 非常に不愉快で非常に気持ちの悪い、そんな記憶に苛まれる中、とある男と少女の姿が見えた。男はかなりの図体と身長を誇っており、その顔は無数の傷と髭でかなり厳つい印象を受け、身に付けている物は全てが盗品であるのが見て取れる。


 それに比べて少女の姿は貧相の一言。大した飯にもありつけていないのか、その体躯は痩せ細り、肌はボロボロ。身に付ける衣服は最低限のボロ布だけであり、かなり汚れている。だがこの少女、人間、いや人族ではない。その背中には小さいながらも鳥に似た羽根が生えている。これは……天族?

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