第九章:第二次人森戦争・後編-9

 


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 クラウンと双子、両者の戦いが再開する。


 最初に動いたのはディーネルだった。


 彼女はクラウンに投げ与えられた剣を拾い、真っ直ぐにクラウンを見据えて駆ける。


 その姿勢や表情、目線からは最初に無闇矢鱈むやみやたらに突っ込んだだけのものとは違い、しっかりと目的や意味の通った動きをしており、クラウンはまるで我が子を迎えるが如くそれを見守った。


 すると後方のダムスは冷静に弓を構え、矢柄をつがえながらその矢にやじりを魔法で生成し、前方真正面に姉が居るにも関わらず矢を放つ。


 矢は鈍色の輝きを放ちながらディーネルの頭数センチを掠め通過。その切っ先がクラウンへと先に届く。


「『同じ手法は芸が無いな』」


 そう断じ、クラウンは再び自身に向かって飛来した矢を何一つ躊躇ためらわずに引っ掴み、爪楊枝でも折るように他愛無く指で折り曲げた。だが──


「『むっ!』」


 矢は折られた直後に急に重量を増し、クラウンの片手に推定一千倍にまで増量した重量が加重されのしかかり、咄嗟に手放しはしたものの彼は思わず体勢を崩した。


「『そこッ!!』」


 そのタイミングでクラウンとの間合いまで距離を縮めたディーネルは剣を脇に構え、薙ぎ払うようにして《斬衝崩撃ショックブレイド》を放つ。


「『甘い甘い』」


 そんな彼女の《斬衝崩撃ショックブレイド》を、クラウンは地面に手を付きそれを軸にして下半身を持ち上げながら腰と脚を反転。迫り来る《斬衝崩撃ショックブレイド》を後ろ回し蹴りする事で弾き返す。


 更にクラウンは地面に付いている手を屈伸させる事で逆さの状態で跳ね飛び、宙で身体を捻って翻すと、その勢いを利用して片足を振り上げディーネルに《躍墜脚やくついきゃく》を仕掛けた。


「『姉さんタッチっ!!』」


「『ええっ!!』」


 クラウンの《躍墜脚やくついきゃく》がディーネルに当たる直前、《空間魔法》によって彼女の側にまで転移して来たダムスは掛け声を掛け合うとお互いの手を一瞬だけ触れ合わせる。


(転移──いや、違う?)


 先程同様にダムスがディーネルを救出する為に《空間魔法》で転移したのかとクラウンは考えたが、双子は手を触れ合わせただけでその後何の変化もなく、ダムスに至ってはそのまま姉を救わずにその場から距離を取った。


(何かあるようだが……。迎え打つまでっ!)


 罠やブラフである可能性を頭に浮かべながらもクラウンは《躍墜脚やくついきゃく》を続行。彼の全体重が乗った一撃がディーネルに容赦無く叩き込まれる……。が──


「『ぐぅ、ぬぅぅぅ……』」


「『ほう。耐えるか』」


 クラウンは驚きながらも僅かに笑みを溢す。


 本来ならば決して耐える事など叶わないクラウンからの重い一撃。そんな攻撃にディーネルは真正面から腕を交差させて防御を取り、苦悶の表情ながらもしっかりと受け止めてみせたのだ。


(《忍耐》の権能の一部か……。ならば試させて貰うとしよう)


 クラウンは地面に着地するやいなや、すかさず腰を落として構えを取ると右拳を握り込み、小細工無しの正拳突きをディーネルへと叩き込む。


「『ぐ、うぅぅ……』」


「『まだまだ行くぞ』」


 そこからクラウンのラッシュが始まる。左右の拳から角度の異なる拳撃の連続が放たれたかと思えば、ディーネルが怯んだタイミングを見計らい抉るような足刀や回し蹴りが割り込み、崩れた防御の隙間に狙いを定め、平手を添えて腰を深く落とす。


「『これはどうかな?』」


「『え……』」


 瞬間、クラウンの最小限の動作から繰り出される《発勁》がディーネルを襲い、まるで空気が弾けたような音の後に彼女は後ろへ大きく蹌踉よろめく。


「『ほう。殺し切れはしないまでも耐えるか。中々どうして侮り難い権能だな』」


「『が、あぁ……』」


 ディーネルは思わずその場にへたり込み、剣を落とす。


 先程彼女はダムスの《忍耐》の内包スキルの一つ《権能付与》により、他者からのあらゆる物理攻撃に大幅な耐性を得る《我慢》の権能を一時的に付与され、圧倒的な防御力を手に入れていた。


 しかし《権能付与》による他者への自身の有するスキルの権能の付与効力は本来の約五割程度のものしか発揮出来ず、また《我慢》の権能で消費する魔力量は受けた物理攻撃に比例して増していく。


 よって先制の《躍墜脚やくついきゃく》から始まる一連の連撃を受け続けたディーネルは、受ける度に殺し切れなかったもう五割のダメージと、それと比例した魔力をあの短い間に失い、一時的な「魔力欠乏症」に陥ってしまったのだ。


「『だが……ふむ。こんなもの──ん?』」


 苦痛に悶え苦しむディーネルにトドメを刺すべく歩み寄ろうとしたクラウンだが、そこで目端に何か二つの飛来物が横切った事に気が付く。


 それはダムスから放たれた二本の矢。


 だがその放った矢は今まで射って来た矢とは違い、細く短い奇妙な形状のもの。しかも狙いはクラウンではなく姉のディーネルに向けてだ。


 明らかに異質なそれをクラウンは叩き落とす事も出来たが、少し珍しい戦法が見れるかもしれないという好奇心が勝り、その趨勢すうせいを傍観する。


 二本の矢はそのまま吸い込まれるかのようにしてディーネルの首──正確には頸動脈へと突き刺さり、その極細の針の様なやじりから何やら二種の液体が彼女に注入される。


(──成る程。遠距離からのポーションの投与か。素晴らしい発想だ)


 遠距離からの支援、援護を主とするダムスだが、残念な事に彼に《回復魔法》の才能は無い。


 だが基本的に二人で立ち回る戦法上ディーネルにポーション等の回復を自己責任で負わせるのは余りに非効率。そもそも彼女の性格上、一々回復を気にして立ち回るなどという器用なマネは出来ない。


 故にダムスが何とかして回復手段を確立する必要があり、その解決策として近年エルダールと漸く考え付いたアイデアが、この「注射やじり」である。


 通常の六割程度の長さの矢柄の先端に、無類の吸水率を誇る茨「吸水茨」の棘を加工して作られたやじりが取り付けられた特殊な矢であり、そのやじりをポーションに浸し対象に射る事で、そのやじりに染み込んだポーションを対象に注射する事を可能とした回復矢となっている。


 勿論、長さも重さも重心も通常の矢とは異なるこの注射矢は射る事自体が高難易度であり、無類の弓矢の才を誇るエルフ族であっても、狙った場所にこの矢を射る事は困難を極める。


 しかしそこは「森精の弓英雄」の才能と教育に恵まれた弓矢の才英中の才英であるダムス。開発して間もない超特殊な矢であろうと、既にその命中精度は神掛かった練度を誇っていた。


「『う、うぬぅぅぅっ!!』」


 ダムスによる二本の注射矢──体力回復ポーションと魔力回復ポーションの二種の効能が身体に回ったのか、ディーネルは射られて間も無くその場を立ち上がり、未だ衰えぬ戦意を瞳に宿してクラウンを真っ直ぐ睥睨へいげいする。


「『おぉ、よしよし。辛いだろうに良くぞ立ち上がった。偉いぞぉ?』」


 と、拍手を交えながら満面の笑みで盛大に煽り散らすクラウンだが、その内心では僅かに感じた不可解さに頭を捻っていた。


(先程の私のディーネルに対する攻撃……。敢えて付け入る隙作って背後から幾らでも矢で妨害は出来るようにしていたのだが、にも関わらずダムスはそれをせず、実の姉がこうなるまで手を出さなかった……。理由はなんだ?)


 クラウンとしてはあの一連のラッシュ、途中でダムスからの横槍が入るものと思っていた。


 双子が一体クラウンをどう評価しているかは彼自身には分からないが、それでもこの短いやり取りの中である程度はその実力差を思い知っている筈。


 自分達の実力を過信していないのならば、例え《忍耐》の強力な内包スキルを使ったとてあのラッシュ全てを耐えられる、と楽観視する程に彼等は愚かではない。


(……まさか)


 クラウンは何かに気が付くと目の前で自身を睨むディーネルから完全に目を逸らし、未だに注射矢しか射って来ないダムスを見遣った。


「『成る程。《忍耐》……つまりは〝そういう〟権能か? どれ、試すとしよう』」


「『ッ!?』」


 瞬間、二人の目の前からクラウンの姿が掻き消える。


 そして行方を探そうと咄嗟に辺りに注意を払った途端、背後から一際大きなバチンッ、と弾ける音がダムスの鼓膜を揺らした。


「『ダムスッ!!』」


「『遅い』」


 ディーネルの叫び虚しく、《空間魔法》によるテレポーテーションでダムスの背後を取ったクラウンは、容赦無く爆撃属性の回転を加えた正拳突き──《爆転拳ばくてんけん》をダムスへと見舞った。


 直後。耳をつんざくような爆発音と凄まじい熱波と光が発生。離れていた筈のディーネルですらその暴威に思わず目を瞑り、顔を背けてしまう。


「『ダム、ス……ダムスッ!!』」


 ただ名を叫ぶしか出来ぬディーネルはだがしかし、漸く目の前の光景を直視出来るようになり顔を上げると、そこには──


「『──ほう。コレを受け殆ど無傷か。どうやら当たっていたらしい。そしてこれは……。ふむ。つまり〝時間〟ではなく〝質〟が重要、という事か?』」


「『くっ……。なんの、話だ……』」


「『ふふ。好きなだけとぼけなさい。私は私で勝手に楽しむ』」


 そう笑いながらクラウンは既に構えを変え、右足に魔力を流し込みながら地面を強く踏み締め始める。


 それをすかさず感知したダムスは苦い顔をしながらも魔力を練り、ディーネルの元へとテレポーテーションで転移して距離を取った。が──


「『行動がワンパターンだ』」


 クラウンは魔力を流し踏み締めた右足を蹴り込みながら爆破。地面を抉りながら尋常ならざる推進力を得て直進し、一秒と経たず双子で眼前へと到達する。


「『──ッ!! ダムスゥッ!!』」


「『〜〜ッ! 姉さんゴメンッ!!』」


 目の前で振り上げられたクラウンからの追撃に双子は阿吽の呼吸で即決。ダムスは自身の腰に巻かれた小さな矢筒から先程の注射矢の一本を取り出し、ディーネルに突き刺した。


「『うぐっ……っ!? あ゛あ゛ぁぁぁッ!!』」


 すると直後、ディーネルの身体が小刻みに震え始めたかと思えばその全身の筋肉が一段階隆起し、血走った目で振るわれるクラウンの拳を見遣ると今までの数倍の剣速でもって拳に剣を振るった。


「『足掻くかっ! ならばどう繋げるっ!?』」


 しかし今現在ディーネルが使っている剣は所詮は彼女の愛剣よりも劣る一般的な直剣。そんな粗悪な剣ではクラウンの爆巓はぜいただきの拳撃を迎え撃つ事など到底出来ず、数秒と経たずして粉々に砕けその勢いを殺す事は叶わない。だが──


「『ありがとう姉さんッ!』」


 ディーネルが剣で拳の猛威を抑えた事で生まれた僅か一秒にも満たない一時は、《思考加速》と《高速演算》をフル回転させていたダムスに魔力を練り上げる時間を与え、クラウンに《重力魔法》の魔術を発動させる。


「『無力に舞えっ! ウェイトレスネスっ!!』」


 それは攻撃魔術ではなかった。


 ただ対象とした空間一帯を一時的に〝無重力化〟する、ただそれだけの魔術。


 だが今は、その効力こそが彼等の命を救う事となる。


「『──っ!! ほう』」


 クラウンの爆巓はぜいただきから繰り出される拳撃が二人の眼前で空振り、鼻先を掠めながらも空を切る。


 そして何を逃れたディーネルとダムスは、まるで風に吹かれ宙を舞う木の葉のように後方へと勢いよく吹き飛び、数メートル程まで流された後に地面を滑る様にして着地した。


「『ハァッ、ハァッ、ハァッ……』」

「『ハァッ、ハァッ、ハァッ……』」


 難を逃れた二人は今にもうずくまってしまいたい欲求を奥歯を強く噛んで噛み殺し、クラウンからの更なる追撃が来る事を警戒して苦痛に喘ぐ身体を無理矢理に叩き起こす。


 だが──


「『成る程成る程っ! 素晴らしいじゃないかっ!!』」


 意気込んで前を向いた二人を迎えたのは、敵であるクラウンから送られる万感の籠った拍手と、何故だか妙に嬉しそうに顔を綻ばせる彼の表情だった。


「『な゛、にが……』」

「『な゛、にが……』」


 思わず揃って口に出した疑問に、だが全く答える気がないとでも言いたげにクラウンは称賛を口にし続ける。


「『自身の居る空間を無重力とし、私からの拳撃から発生する風圧を利用して回避をするとは……。あの土壇場でよくぞ着想を得たっ! 実に素晴らしいっ!』」


 その声音は本当に嬉しそうで、さながら思わぬ才を発揮した我が子に贈る称賛のように実に晴れやかで清々しく、何一つ作為的な思惑の混じっていない本物の祝詞のりとに二人は聞こえた。


 当然、二人は混迷する。


 コイツは一体何故に敵である自分達をこんなに称賛しているんだ?


 なんでそんなに嬉しそうに、本気で喜んでいるんだ?


 なんで追撃の手を止めてまでそんな事を……。


 何度も同じ疑問が浮上しては消えずに残留し、加えて全身を襲い駆け巡る圧倒的な激痛と疲労感が重なった事もあってまるで二人は集中力が保てない。


 だが、それでも、と。


 なけなしの気力を限界まで振り絞り、ダムスは改めてクラウンに弓矢を構えた。


「『……更なる称賛に値する気概だが、もう止めておけ。お前の《忍耐》の権能はもう看破した。これ以上は無駄な抵抗となるぞ?』」


「『は、はんっ……。何を根拠に──』」


「『《忍耐》の権能とはすなわち、「自身が耐え忍んだあらゆる身体的、精神的負担を任意のタイミングで防御力に転換出来る」事……だろう?』」


「『──ッ!?』」


 ダムスは露骨に図星を突かれ動揺し、目を見開く。


 その表情に自身の推測が間違っていなかったと確信し、小さく笑みを溢した。


「『ふふっ。正解か。まあ細かなニュアンスや権能までは推し量れんが、それだけ判明していれば問題無かろう』」


「『な、んで……。僕は一度だってそんな事……』」


「『行動を見ていれば分かる。なんなら解説してやろうか?』」


 途中、ダムスはディーネルがクラウンから一方的に攻撃されている様を援護も牽制もせずに側から傍観し、後に回復のみを施した。


 それも敢えてクラウンが隙を突き易いようにしていたにも関わらずだ。


 そしてその直後、ダムスはクラウンの《爆転拳ばくてんけん》を真正面から受けほぼ無傷で耐え切ってみせた。


 つまりその短い間にダムスは何らかの方法でクラウンからの攻撃すら耐え得る防御力を獲得し、それを耐えて見せたという事……。


 ならばその何らかの方法とは何か?


「『ディーネルを助けない……。私が感じた違和感はそこだ。援護が主目的な筈の弓兵の行動とは到底思えん』」


「『……』」


「『だがお前は優秀だ。そんな基礎の基礎を忘れるような凡夫以下の行動なぞ取るとは考え辛い……。ならばそこには必ず〝意味〟が存在する筈。それが《忍耐》の権能に繋がるわけだ』」


「『くっ……』」


「『では親愛なる姉を助けない事で発生するものとは何か? それがどう《忍耐》に絡んで来るのか? そこまで来れば答えは自ずと導き出される』」


 そう。ユニークスキル《忍耐》の権能とは先にクラウンが口にした通り。


 自身に発生するあらゆる身体的、精神的な負担や負傷、苦痛や苦悩に耐え忍んだ質と時間に応じて任意に防御力に転換する、というもの。


 耐え忍んだ〝質〟というのはその負担がどれだけ自身にとって深刻なのかの具合を示し、〝時間〟はそのまま耐え忍んだ負担の長さを示している。という事だ。


「『要はお前はあの時、敢えてディーネルに私からの攻撃を耐えさせ、それを助けず傍観する事で自身に掛かる負担──この場合は罪悪感や傷付く姉の姿を見る事への苦痛か? それで己を精神的に追い込み《忍耐》の権能として活用したのだろう。いざという時の必殺の攻撃を耐え抜く為に……違うか?』」


 疑問系で訊ねるクラウンだが、彼は別に答えの成否を求めてなどはいない。


 仮にこの考察がダムスからもたらされたブラフであり、本来の権能とは見当違いのものであったのだとしても何ら問題は無い。


 何故なら何にせよ、今の双子のコンディションは絶望的なまでに低下し、身体の言う事などまともに聞かない状態であるからだ。


「『ディーネルは先程の注射──恐らく強力な強壮薬か効能を抑えた狂化薬あたりだろう。それの負担や副作用が辛いんじゃないか? 足が震えているぞ?』」


「『ぐっ……』」


「『ダムスは魔力欠乏症一歩手前といった具合か。強力な権能は総じて魔力消費量が大きいからな。《忍耐》を使えば相応に魔力を持っていかれるだろうし、直後に《重力魔法》の行使だ。演算に他のスキルを併用したのならば尚の事消費は激しくなる……。そうやって弓矢を構えているだけで精一杯なのだろう?』」


「『く……』」


「『で? そんな状態で未だ無傷で余裕万全な私を相手になぞするつもりか? 頑張るのは結構だが、状況はちゃんと分析せねばな?』」


 クラウンは両手を合わせて指を鳴らしながらおもむろに双子に歩み寄る。


「『手負いや女子供相手に私が手加減すると思うなよ? きっちりとその命、私が貰ってやろう』」


「『──ッ!! ク、ソォォッ!!』」


 淀みなき殺意を向けて来るクラウンに心胆からの怖気おぞけに身を震わせ、ダムスは無作為に矢を放つ。


 しかし今や魔力が空寸前となり《堅忍》も《我慢》も、ましてや《忍耐》すら使えない使えないダムスは自分達に降り掛かるクラウンという災厄を前に為す術などなく、放たれた矢はまるで邪魔な小蠅を払うかのように無造作に弾かれてしまう。


「『止めておけと言ったぞ? ただでさえお前の矢のやじりは魔法前提の仕様なんだ。今残っている微々たる魔力を振り絞って作った所で無駄な消費にしかならん。自壊症にでも発展させたいのか?』」


「『ぐ、うぅぅああぁぁぁッッ!!』」


「『……はぁ。是非も無い』」


 クラウンは片手に魔力を集中させると拳を強く握り、大きく腕を振り被る。


 そんなクラウンにダムスは何とか距離を取ろうと後退しながら矢を射り続けるが、とうとうやじりすら生成出来ぬ程にまで魔力が枯渇し、それに焦ったダムスは足をもつらせてしまいそのまま尻餅を着いてしまう。


「『あ、ああぁぁ……』」


「『ダ、ムス……』」


「『さあ、辞世の句でも述べて散りなさい』」


 そう漏らし振るわれるは《山牙の拳オンサルク》。ノルドールの渾身の拳撃にして、必殺に相応しい奥義である。


「『存外に楽しかったぞ……。さらばだ英雄の孫にして「忍耐の勇──』」


 そう、言い終える直前。


「──ッッッ!!」


 クラウンはほんの刹那の間に表情を強張らせると超速で背後を振り返り、自身の目の前にあらゆる魔法による何十もの防壁魔術を重ね発動。ありったけの魔力を注ぎ込みその強度を外から補おうとした、次の瞬間──







 飛来する音は、全く無かった。気配すら微塵も無かった。


 ただ〝それ〟は圧倒的で絶対的な猛威を孕んで真っ直ぐにクラウンの元へ光速で到達し、彼が張り重ねた十重二十重では済まない数の魔法の防壁を紙を破るが如く簡単に貫く。


 そして──


「──くッッッ!!」


 〝それ〟はクラウンの元を通り過ぎると、まるで食事でもつまむかのように至極あっさりと彼の〝右腕〟を千切り飛ばし、切り離された腕が宙を舞った。


「『…………あ、お──』」


「『お爺……ちゃん?』」


 その一射は紛れも無く、二人が敬愛して止まないエルフ族に名を轟かす紛う事無き英雄──


 エルダールによる超長距離狙撃に他ならなかった。

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