第九章:第二次人森戦争・後編-8

 


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 ──怖い。


 そう、率直に思う。


 アイツが……クラウンが張っていた《光魔法》の結界をアイツ自身が解いた瞬間に、僕達は曝された。


 ユーリ女皇帝陛下と対面した時にも感じた得体の知れない不愉快な感覚……じゃない。


 そんなもの最初の数秒くらいなもので、その後浴びせられたものに比べたらまだ可愛い方だ。


 僕達を心底震え上がらせているのは、極々単純なクラウンから放たれる〝威圧感〟。


 敵意とか憎悪とか、怒りとか……。そんな僕達にとって不都合な感情がごちゃ混ぜになって出来ているような、強い強い〝恐怖〟を体現しようなプレッシャー。そんな圧倒的な圧に、僕達は曝された。


 腰を抜かさなかったのが不思議なくらいだ。


 ──僕達は舐めてた。完全に驕ってた。


 お爺ちゃんから言われてた言葉を、僕達は本当に理解出来てなかった。


 陛下が常に警戒し、要注意人物として資料まで配られ、英雄だったお爺ちゃんすら罠を張ってまで油断しなかった人族……。


 そんな大物に、本物のいくさの経験すら無い僕達なんかが軽々しく討ち取りたいなんて言っていい標的じゃなかったんだ。


 ──さっきまで、名前も知らない人族の若い兵士を相手に姉さんと連携して戦っていた時は、内心で「ああ、こんなもんか」なんて偉そうな事を考えたりしてた。


 実際、人族の彼は別段強くなかった。


 勿論僕達は二人だし、向こうは一人で三人を庇いながら戦っていたから状況は決して平等でも公平でもなかったりするんだけど、仮に彼が自由に動き回れたとしても、何の問題も無く討ち取って大した事無いって判断したと思う。


 だから僕──いや、僕達は戦いの中で少し落胆してしまったんだ。比較する対象じゃないって

 解ってたけど、もしかしたらクラウンって奴も、彼みたいに実は大した事無いんじゃないか……って。


 でも、同時に期待感も増した。クラウンがあの程度のヤツなら、そう苦労しないで手柄を立てられるかもしれない。


 事前に要注意人物の資料を確認した時はクラウンの事もびっしり載ってて、人族の事に疎い僕でもクラウンが突飛して強者なのを理解出来た。


 でも仮にそれがクラウンの情報操作による見せ掛けで本当の実力が大した事が無いのなら、僕達が奴を倒せば楽に手柄を立てられる……。それなら僕達はかなりラッキーだ。


 何せ実力がどうだろうと国が警戒してるような敵だ。倒す事が出来たら僕達だけじゃなく、トゥイードル家の名前にもお爺ちゃんの活躍以来の箔が付くはず……。これ以上にお爺ちゃん孝行は無い。


 この戦争での手柄を彼に定めたのは正解だったかもしれない。そんな希望的観測……期待感が湧いたんだ。けど──


「『──ぐっ』」

「『──ぐっ』」


「『ほらどうした? 遊んでやるから飛び込んで来い』」


 行け……ない。体がちゃんと動いてくれない。


 いつも無意識で出来てる弓を構えて引く動作が、どうやって動かせばいいか分からなくなってる。


 呼吸も全然等間隔じゃない。ただ必死に鼓動する心臓の動きに付いて行く為の空気を、がむしゃらに集めようとしてる感じだ。


 まだ戦ってない。一射だって矢を射っていない。


 なのに……全く通じる気がしない。


「『ぬ、ぬぅぅぅ……』」


 でもそんな僕よりも、姉さんの方がマズイ。


 ただでさえ生まれて初めて人族とはいえ人間に手を掛けて内心で動揺してたのに、そこへ来てクラウンの登場と彼から放たれる圧倒的なプレッシャー……。姉さんは今多分、冷静じゃない。


 何より姉さんは考えるより先に手が出るタイプの人だ。もしこのプレッシャーに耐えかねた姉さんが闇雲にクラウンに突っ込む事を選んだら──


「『ううぅぅぅっ……。うわぁぁぁぁぁッ!!』」


 ああもうっ!! やっぱりっ!!


 限界を迎えた姉さんが直剣を振り上げながら走り出し、真っ直ぐクラウンに向かって突っ込んで行くのを僕は手を伸ばして止めようとした。


 だけどがむしゃらな姉さんの身体能力に恐怖で鈍った僕の反応速度じゃ追い付けず、敢えなく手は空振ってしまう。


 ぐ……仕方ない。こうなったら僕はもう姉さんのサポートに回るっ!


 今の僕にまともな矢を放てるか分からない……。なら、かなり疲れるけどもう使うしかないっ!


『あら、もう御使いになるのかしら?』


 その声は僕の思いに応えるかのように脳内に唐突に響き、優しげな口調と落ち着いた声音で訊ねてくる。


 ──うん。本当はもっと温存したかったけど、しのごの言ってらんないよっ! 力、使うよっ! 《忍耐》っ!!


『はい。では、コチラを……』


 脳内に響く声に導かれるように、僕はユニークスキル《忍耐》の内包スキル──エクストラスキル《堅忍》を発動する。


 すると今まで感じてたクラウンからの叩き付けられるようなプレッシャーや恐怖心があっという間に消え、狭まっていた視野もいつも通りに戻っていく。


 ──《堅忍》は自身由来のものじゃない外的な精神影響を全く受け付けなくするスキル。こうやっていざという時の為には便利だけど、代わりに相殺した精神影響に比例した魔力を失うしかなり疲れるから頻繁には使えない。熟練度がまだまだだから効果時間もそう長くない。


 本当ならクラウンが意図して精神影響がある攻撃をして来た時まで取っとこうかと思ってたけど……。姉さんが殺されるのを見てるワケにはいかないっ!!


 《思考加速》によって引き伸ばされた体感時間で色々と混乱した頭を整理しながら、僕は弓矢を改めて構え直す。


 僕の手足はさっきとは違ってわざわざ考えなくても身体に染み付いた自然な所作で動いてくれ、矢先が一切ブレずに真っ直ぐクラウンを見定める事が出来る。


 取りあえずは隙を作る……。今更姉さんは止められないからね。少しでもいいからアイツに隙を作って攻撃の援助をするなり引っ掴んで逃げるなりしよう。


 まずは……この矢だっ!!


 僕はつがえた矢柄の先端に魔法でやじりを生成し、それを姉さんの動きに合わせながらクラウン目掛けて放つ。


「『……ほう』」


 クラウンは僕が射った矢をしてから唸り、真正面から向かって来ている姉さんを無視しながら彼の元に飛来した矢を──


「『なっ!?』」


 ──事もなさげに引っ捕まえた。


「『姉の影に居ながらその隙間を躊躇ちゅうちょなく射抜いて私を狙う、か。途方も無い信頼関係の賜物というわけか? 中々に面白い』」


 中々に面白い。じゃないよっ!!


 姉さんの影に居たんだから僕が射った瞬間は見えないはずじゃないのっ!? それに《風魔法》で矢の速度だって上げてるんだよっ!?


 なんでそれを見てから取れるんだよっ!? 人間じゃないよっ!!


 ──って、動揺しちゃダメだ……。


 《堅忍》はあくまでも外的な精神影響を受けなくなるだけで、僕自身が感じる動揺なんかは相殺出来ない……。ここで狼狽うろたえちゃだめだっ!!


 それに──


「『……む?』」


 クラウンの掴んでいた僕の矢のやじりが小刻みに震え出す。


 そして次の瞬間、やじりは甲高い金属音と共に破裂。無防備なクラウンに爆音が降り注ぎ、彼の顔が怯んだように強張った。


「『よしっ!』」


 僕は思わず小さくガッツポーズを決める。


 さっき射った矢のやじりは《音響魔法》で生成したやじり


 効果はご覧の通りシンプルで、僕からある一定の距離が離れてから数秒経つとやじりが破裂して爆音が辺りに響くようになってる。


 着弾したら傷口を爆音が抉りながら敵を音で怯ませ、避けられたり当たらなかったとしても至近距離からの爆音までは避けられない……。そうやって敵に隙を作る為のやじりだ。


 ま、まぁ、まさか矢を手で掴まれるとは思ってなかったけど、結果的には至近距離で爆音を浴びせる事に成功はした。


 これで姉さんの攻撃もヤツに届く筈……。致命傷はムリでも次の隙を作るだけの一撃ならっ!!


「『うおぉぉぉぉっ!!』」


 姉さんは恐怖心で取り乱しながらもそれを声を張り上げる事で無理矢理に圧し殺し、剣のブレを軌道修正しながら爆音に面食らうクラウンへ振り被りからの袈裟懸けを見舞う。


 よしっ! まずは一撃──


「『やはり、こういう時の《聴覚強化》等の五感強化のスキルは一長一短だな。上手く使い分けなければ私とて危ない』」


 振り下ろされた姉さんの剣が、怯んでいた筈のクラウンによってアッサリ受け止められる。


 それもただ受け止められたわけじゃない。


 クラウンの両手両足に突如として琥珀色の装具が出現し、そんな装具がはめめられた左手によってまたも簡単に掴まれてしまったのだ。


「『ぐっ……ぐぅぅぅっ!!』」


「『幾ら力を込めようが無駄だ。お前程度の膂力りょりょくでは私はおろかこの装具すら破壊出来んよ』」


 彼の言う通り、姉さんは掴まれてしまった剣に額に血管が浮かび上がる程に力を込めているが、掴んでいる当のクラウンはまるで巨岩のように身動みじろぎ一つしていない。


 ──姉さんの剣が止められた事は、正直あまり驚いてない。なんなら僕の爆音の矢に怯んだ演技をされ騙された事も、悔しいけれど受け入れる。


 でもそんな事より……何より……。


「『それ……』」


「『む?』」


「『それ……見覚えが、ある……』」


「『……おお、そうか。一応お前達もではあったのだな。にあるぞ』」


 知り合い? 記憶? 何を言って──


「『ノルドールは強敵だった。それに素晴らしい成果を私にもたらしてくれたよ。彼には感謝の言葉しかない』」


「『──ッ!? やっ、ばり……。それはッ!!』」


「『ああ。元の名をアイゼンガルド。そして今は私の手に渡り新たな姿となった攻防一体の爆装具。名を──』」


 バキャリ、と姉さんは剣がそのまま握り砕かれる。


「『名を「爆巓はぜいただき」という。是非脳裏に刻み付けてくれたまえ』」


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 わた、私の剣が……ナルシルが、折れた……?


 私の視界に、砕けた愛剣ナルシルの破片が舞い散る光景を目の当たりにして、さっきまで沸騰したみたいに焦っていた頭が冷や水を浴びたみたいに痛いほど冷える。


 ナルシルは、特別な素材が使われた剣じゃない。お爺ちゃんが大昔に使ってたボロボロの剣を、弟のダムスが自分のお小遣いを使って鍛冶屋に打ち治して貰った思い出の剣……。


 毎日毎日大切に手入れして、磨いて……。これからもずっとナルシルで強くなるって……。なのに……なのに……。


「『敵前で惚けるのは感心しないな?』」


「『ぇ?』」


 放心していた私の前に、琥珀色の拳が迫る。


 拳は小さくバチバチって音が鳴っていて、まるで小さい頃にお婆ちゃんに見せてもらった《炎魔法》の花火みたいで──


「『姉さんッ!!』」


 唐突にダムスの声が私の近くから聞こえた。そして次の瞬間には私はダムスと一緒にクラウンから離れた位置に投げ出されていて、ダムスと二人で地面に転がった。


「『ね、姉さんッ!? 大丈夫ッ!?』」


「『え、えぇ……』」


「『気持ちは分かるけど集中してッ! 油断したらあっという間に死んじゃうよッ!!』」


「『う、うん……』」


 ……ダムスの顔を見ると、不思議と気持ちが落ち着く。


 そうだ。愛剣が無くなって辛いからって命には代えられない。それに私の命だけならまだしも、私のせいでダムスが死ぬのは……絶対にダメっ!


 私達二人は立ち上がり、クラウンを睨み付ける。


 さっきは放心してよく見てなかったけど、ヤツの両手両足には琥珀色をした装具がいつの間にか装着されていて、それがバチバチと細かい火花を散らしていた。


「『ほう。短距離だが《空間魔法》で救出して見せたか。その精緻な演算……。どうやら私の放つスキルを無効化したな? 流石は「忍耐の勇者」だ』」


 そう言って余裕そうに構えながら、バチバチと火花が弾ける右腕のガントレットを眺める。


 あのガントレット──いや手足の装具、何となく見覚えが……。


「『ノルドールさんの、アイゼンガルドだよ』」


「『……え?』」


 アレが……? あのアイゼンガルド? た、確かに面影はあるけど形とか違うし、色なんて全く……。


 そ、それに──


「『あの人は軍団長で、奇襲作戦に参加してるんじゃないのっ!? なのに何でアイツがっ!?』」


「『姉さんだって聞いたろっ!? 奇襲作戦は……十中八九失敗してるって……。ならノルドールさんも、無事じゃあ……』」


 そ、んな……。ノルドールさんが……。


 …………。


 ──ノルドールさんは、小さい頃によく私達双子の遊び相手になってくれてた。


 と言ってもアヴァリさんの師匠だったウチのお婆ちゃんに師事を仰ぎに来たついでだったけど、それでも小さかった私達の特訓ごっこに、ノルドールさんは嫌な顔一つしないで付き合ってくれた。


 今にして思えばあの日あの時に特訓ごっこが、今の私達の基礎を作ってくれたんだって、そう思う……。


 そんな、ノルドールさんが……。優しくてかっこいい、ノルドールさんが……。


「『ゆる、さない……。よくもノルドールさんをッ!!』」


「『姉さんッ!!』」


 クラウンを殴りに行こうとした私をダムスが私を羽交締めにして止める。


「『離してダムスッ!! あのクソ野郎ブッ殺してやるッ!!』」


「『だからダメだって冷静にならなきゃッ!! そもそも姉さん剣持ってないでしょッ!!』」


「『関係あるかッ!! ノルドールさんを殺した奴に何もしないなんて我慢出来るワケないでしょッ!! アンタは何にも感じないのッ!?』」


「『そりゃ僕だって同──』」


 カキャンッ──


 甲高く重たい金属音が、私達の側で鳴る。


 思わず二人でその方向に目線を下げて見ると、そこには一本の剥き身の剣が地面に転がっていて、血に濡れた刃に私達二人の顔が反射した。


「『見るに耐えん』」


 クラウンがそう、私達に向けて言い放つ。


「『復讐憎悪憤怒怨嗟……。幾らしようとお前達の勝手だ否定もせん。だが敵前でそうやって姉弟喧嘩していられる程お前達に余裕があるのか? 剣を失い、弓矢がまともに通じぬ私に隙を見せ続ける程に、お前達に余裕があるのか? え?』」


 その声には怒りが混ざってて、心底ウンザリしているように感じた。


「『……その剣を取れ』」


「『はぁっ?』」

「『はぁっ?』」


「『最初で最後の情けだ。私に可能性と価値を示してみろ。でなければ──』」


「『……』」

「『……』」


「『お前達を私は身限り、殺してやろう』」


 少し前にも感じた〝恐怖〟が、私の中で小さく再燃した。


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 まったく……。


 今日は何だ? 厄日か? こんな異世界でまでそんなもんに振り回されるのはゴメンなんだがな。


 前世でも都合の良い時ぐらいしか気にしていないようなものだったが、こっちだと面倒なスキル化になっていそうで少し心配ではあるのだ。


 そこの心配まで一々していられん。しもの私も気が保たん。


 それにこの後の必須事項には運の要素も絡んでくる……。なるべく排除する事に努めはしたが、これ以上の厄は御免被りたい。


 ──それにしても、はぁ……。基本的に私は子供は好きなんだがな。


 こう、覚悟も信念も薄弱なまま戦場に立たれるのはやはりどうも好かん。何故そうも分不相応な感情と思考でこんな場に乗り込んで来る? 来るならばせめて相応に精神を鍛えてから臨むものだろう? エルダールは一体何を考えている……。


 ……。


 ……はぁ。まぁ愚痴はこれぐらいにするとして、双子は適度に痛め付けて遊びながらとしよう。


 それに先程は少々頭に血が昇って最初にコイツ等に「失われた才能より、自分達の方が価値がある事の証明」を要求してしまったからな。どうせならちゃんと見極めてこの溜飲を下そう。


 さて、私を満足させてくれよ? ダムス、ディーネル。


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「はぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


「『むっ!!』」


 そこはクラウン達が居る敵拠点から数キロほど北上した西側広域砦・北方第一拠点。


 アールヴが防衛する最北端であり、キャッツが治める貿易都市カーネリアに最も近いアールヴの拠点である。


 しかし、今やその拠点は本来の機能を果たせていない。


 エルフ族の兵士達が駐屯する帷幄いあくは吹き飛びテントは引き裂かれ、砦の一部は見るも無惨な瓦礫と化している。


 拠点を防衛していたエルフ兵達や戦っていた人族の兵士達は一部が死亡、または瀕死の重傷を負い、無事な者は怪我人を救助するでもなく、ただ目の前の〝災害〟が早く過ぎ去ってくれる事を怯えながら傍観する事しか出来ないでいた。


「ふッッ!!」


 今もまた、真紅の帯状に広がる飛ぶ斬撃が砦の尖塔のど真ん中へと容易く食い込み、重力に従って崩れ行く尖塔の下敷きにならぬよう、エルフ兵達は必死の形相で逃げ惑う。


「『まだまだ甘いっ!』」


 今度は光の速度に到達しているかのような超速の風が通り抜けたかと思えば、それが地面に着弾した瞬間に辺りを容赦無く巻き込む大竜巻が発生し、周囲のまだ無事だった拠点の一部を飲み込んでは天高く巻き上げ、地面を抉る。


 そこで繰り広げられていたのは超常の戦い。


 ティリーザラの新たに生まれた規格外の真紅の英雄ガーベラ・チェーシャル・キャッツと、アールヴが誇る何百年とその名を轟かせ続けた「森精の弓英雄」エルダール・トゥイードルによる両国の最高戦力。そのぶつかり合いがこの拠点で勃発しているのだ。


「その程度かエルフの英雄ッ!? 私はまだまだ元気だぞッ!!」


「『元気に喚く人族だなまったく。引退して鈍っとる身体には少し堪える。が、まだまだ若いのには負けんよ』」


 二人は笑い、激戦は過熱する。


 互いが互いに技を放ち、それが躱されるなり逸らされるなりする度に辺りの地形は変わっていき、敵味方関係なくそれに巻き込まれて兵士達が散っていく……。ある意味では、この二人の激戦こそが小さな戦争と言っても過言ではない。


(……しかし、私も耄碌したか? まさかこれほどまでに手こずるとはな……)


 ガーベラをこの拠点に招いたのは、他ならぬエルダール本人である。


 西側広域砦に接近した敵軍を即席の転移罠にハメ確固分断。敵軍を混乱に陥れ奇襲し、一部の強者のみを特定の地点に隔離させ、消耗や撃破を狙ったエルダールの作戦。ガーベラはその一部の強者として、エルダール自らが相手をしているワケである。


(想定ではそろそろ此奴こやつも討ち倒している頃合いだったのだが……。流石は新しき英雄か。存外に強い)


 元々彼女の力量は、数日前の超長距離からの嵐の矢による奇襲の際にある程度は推し量れていた。


 故にその力量を考慮しながら、後々の事を考えある程度余力を残しつつ撃破するのが彼の理想の流れであり最良のプランだった。


 しかしエルダールの見立て通りとはいかず。


 ガーベラは序盤こそ苦戦を強いられるもそう時間を掛けずエルダールに順応していき、その苛烈に精強な太刀筋や気位は数百年という年月を埋めんばかりの勢いでエルダールに迫っていた。


(くっ……。余り時間を掛けるわけには──ッ!?)


 ガーベラによる《秘奥・龍断》をすんでの所で躱した直後、エルダールの脳内にけたたましい警報が鳴る。


 それは愛しい双子の孫、ディーネルとダムスにこっそり持たせていたスキルアイテム「危機報知の木札」の内包スキル《警報》の権能であり、これの音が鳴り響いたという事はつまり、双子に生命の危機が迫っている事を意味していた。


(バカなっ!? まさかクラウンがもう脱出したのかっ!? だとすれば早過ぎるではないかっ!!)


 エルダールの見立てでは、先の敵部隊に双子に勝る程の強者は少数。ガーベラを筆頭にクラウンとその部下達、剣術団副団長のヴァイオレット・ヘッズマンや一部の各部隊長くらいであり、転移罠の細工によりそれら強者達は双子の元へは転移しない仕様になっている。


 特にガーベラとクラウンに関しては双子の望みに反し絶対に絡む事が無いよう、それぞれ双子の居る拠点からはかなり離れた位置に転移するよう設定し、後ほどエルダール自らが二人を相手にする計画でいた。


 にも関わらず双子に危機が迫っているという事はつまり、クラウンを含むガーベラ以外の強者が双子に接敵している可能性が高いという事。


 加えて敵部隊との接敵から一時間も経っていない事を踏まえると、罠をあっさり突破し、《空間魔法》が使え、あらゆる状況に動じぬ精神力を持ち合わせるクラウンが、強者達の中で最も双子に脅威を振り撒いている可能性が高いと考えられる。


(私はヤツの実力を過小評価していない……。寧ろ過大に見積もり、ヤツの転移先を魔力開発局局長の怪人達が管理されている地下施設の密室にわざわざ設定した。あの怪人ならばクラウンを倒せずとも体力と魔力、そして時間を充分に消耗させられると判断して決定した。なのに……)


 確かに。戦争開戦以前──もっと言えばユーリが手に入れた情報時点でのクラウンだったならば先の怪人達に多少の時間を費やし、苦戦しないまでも長期戦を強いられていただろう。


 しかし、既にクラウンはその地点には居ない。ユーリの情報入力時点から今日こんにちに至るまでの数ヶ月で、クラウンは常識外の成長を遂げていた。


 敵を倒す度にスキルと武器を増やし、微塵も鍛錬を欠かさず、寝る間を惜しんで自身の戦闘スタイルを研鑽し続けている。


 そこに更に「強欲の魔王」と「暴食の魔王」としての強さが含まれてくるのだ。最早アールヴ軍に配られている要注意戦力に記載されたクラウンの情報など、何一つとしてアテにはならない状態となっていた。


(兎も角、このままガーベラの相手をしとったらいつあの子達の元に駆け付けられるかわかったものではない。ならば──)


 エルダールはガーベラの《秘奥・龍侵》を見事な足運びで最小限に躱わすと、恐らく通じぬであろうエルフ語で彼女に語り掛ける。


「『少々野暮用が出来た。貴様の相手はもう仕舞いとする』」


「ん? なんだ? これからが楽しいというのに」


 通じないなりにエルダールの雰囲気で察したのか、ガーベラは至極残念そうにそう溢すと後方へ大きく跳躍し、ジャバウォックを鞘に戻す。


「『……追って来ぬのか?』」


「む? 何を言っているがわからんが、私も趣味で戦っているわけじゃないからな。時間が掛かりそうな敵が自ら引いてくれるならコッチとしてはわざわざ追わない」


「『……ふむ』」


 一応簡単な会話程度ならば人族語を理解出来るエルダールはガーベラの言葉に一つ唸り、目で軽く会釈してからその場を超速で後にする。


「『……』」


 木々の隙間を流れるように走り抜けながら、エルダールはガーベラとの攻防を思い返す。


 結果としてはエルダールが後退した形にはなるが、手傷の差で言えば圧倒的にエルダールの方が優勢であった。


 エルダールはガーベラの剣技をことごとく躱し続け、逆にガーベラはエルダールからの必死の矢を度々致命傷にはならぬ程度被弾していたのだ。


 しかしエルダールは半ば確信していた。あのまま戦い続けていたら恐らく、敗北していたのが自分であったという事を……。


 故に短期決着が望ましかったのだが……。状況が変わってしまった以上はどうする事も出来ない。


(いや、今はそんな事は些事だ。一刻も早く二人の元へ駆け付けクラウンを仕留めなければっ!!)


 エルダールは自身が出せる最高速でもって森の中を駆ける。


 それがクラウンの思惑の手中である事も、知らぬままに……。


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