第六章:貴族潰し-5

 私が今居るのは王都セルブにある中級の宿屋だ。確か父上は貿易都市の領主だしそこそこ使える金はあるにはあるが、余り目立った動きをすればスーベルクの奴に勘付かれるかもしれない。


 奴は現在父上の部下が流した父上の死の偽報にまんまと食い付き、父上の協力者を持て成す準備に追われているようだ。


 だがここで下手に大きな動きをして父上がまだ生きていると知られては全てが水の泡。台無しである。故に高級宿屋なんて目立つ事この上ないもんに泊まってなんていられないのだ。


 それに中級の宿屋といっても別に不便なわけではない。前世の一般的なホテルなんかと比べてしまっては可哀想ではあるのだが、それでも宿泊施設としては割と充実している。まあ、風呂が無いのが不満ではあるな……。


 そんな事より今である。今は昼過ぎ、昼前に王都に着き、昼食を終えた後である。作戦の決行は夜。その短い間に少しでも休んでおけと父上に言われているのだが……。


「…………暇だな」


 暇を持て余していた。


 寝ればいい話しなのだが、何故か異様に眠くない。ベッドに横たわってはいるものの睡魔は訪れず、もう既に二十四時間以上起きている筈なのだが、一向に眠くない。


 緊張している?いやまあ、してるといえばしているが、だからといって一切眠くないのはおかしい気が……。


 うむ。考えていても仕方ないな。このままうだうだしているんじゃ時間が勿体無い。


 私はそう考えベッドから起き上がる。部屋に備え付けられた机に向かい、置いてあった皮袋を手に取る。皮袋にはある程度の重みがあり、中には銅貨と銀貨が詰められていた。


 これは父上が何か必要な物があれば好きに買って良いと置いていったものだ。まあ、臨時の小遣いの様な物だろう。


 そんな当の父上はというと、宿の部屋に着き荷物を降ろして早々に「潜伏中の部下と打ち合わせ」と言って部屋を出て行ってしまった。


 こんな見知らぬ宿に息子一人を残し、あまつさえ自由に使える金だけを置いておくなど本来なら褒められる行為ではないが、事情が事情であるのと私という個人に息子や五歳児という枠組みが当てはまる想像が付かないのだろう。有り体に言えば「コイツなら自力でなんとかするだろう」というある種の信頼である。


 それに父上にはいざという時に私を守れる〝秘策〟というのがあるらしいし、その兼ね合いもあるのだろう。


 何はともあれ自由に使える金があるのだ。まあ、自由と言っても金貨が入っているわけではないので大した物は買えないが、無駄に欲張れない分今は丁度いいだろう。


 そうと決まれば早速外出である。簡単な荷物入れと部屋の鍵、それと念の為ナイフを一……いや、二本持って行こう。部屋を出てカウンターで外出手続きを済ませ、いざ王都セルブへ……。






 王都セルブは王都というだけあってかなり広い。この世界の縮尺のちょっと怪しい地図を見てみたが、誤差の範囲で前世の東京都とどっこいどっこいの広さらしい。これはこの世界の基準から考えてもかなり規模が大きいらしく、同じ様な広さの都市はこのセルブを含めて二、三しか無い。


 そんなセルブは大きく分けて三つの地区に構成されている。


 王城と貴族街、格式の高い店が立ち並ぶ通称「上街」。


 その上街を囲む様に庶民や民宿、冒険者などのギルドが拠点を構える通称「中街」。


 そしてそんな中街の一部、ゴロツキやはみ出し者、犯罪者や密売人が隠れ潜む通称「下街」。


 まあ、良くある身分差による住み分けである。街が大きければ大きい程、その身分差は比例して明確に別れていくもの。当然の有様である。


 私達が泊まっている宿屋は勿論中街に構える店である。下街になど誰が好き好んで踏み入れるものか。


 …………まあ、消えても問題ない輩がゴロゴロ居るっていうのはちょっと心が惹かれるモノがある。スキル的な意味で。


 いやいや、少なくとも今は行かない。そんな暇までは流石に無い。取り敢えず今は何か有用そうな物が無いか、商店街を練り歩く予定である。出来ることならスクロールが更に欲しいが、スクロールは基本高額だからなぁ……。この皮袋の金だけで一枚買えるかどうか……。スクロールは期待しないでおこう。


 狙い目は、そうだな……。ポーションなんかがあれば買いたいな。今回の作戦はあくまで侵入して証拠を盗み出す事だが、予想外の出来事が起こる事も考慮しなければならない。その為にもポーションの様な簡単に体力を回復出来るものはなるべく欲しい所。まあ、使わないで済むに越したことはないが……。


 さて、そろそろ商店街にも着くだろう。《解析鑑定》で色んなものを余す所なく物色して、明日に備えなければな。あっ、そうだ、何か安眠出来る物が無いか探すのもありだな……。

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