第三章:傑作の一振り-6

 盗賊に襲われてから約二週間、もう夕方に差し掛かろうかという頃。


 とうとう私達は目的地である鉱山都市パージンの門前に辿り着いた。


 あれからは結局盗賊の襲撃などの出来事は起こらず、誰一人怪我なくここまで来れたのは運が良いと言うべきだろう。


 理由があるとすれば、あの盗賊に襲われて以来の旅路では、今までに殆ど無かった行商の馬車や冒険者等などと度々すれ違う事が増えだした。


 それはつまり私達が比較的他の旅の一行が頻繁にすれ違う地点に突入したという事なのだろう。なるべく人目を避けたい盗賊達にとってはやり辛い場所だ。


 そこから街に向かうにつれやはり人通りも増え、何度かいい具合にタイミングの合った冒険者等と共に野営した事もあった。


 お陰でその後にトラブルは無く、無事にパージンにまで到達出来たわけだ。


 そんな鉱山都市パージンだが……うむ、デカイ。圧巻だな。


 この鉱山で産出されたものなのか、街の入り口である門構えは美しいマーブル模様の入った鉱石で出来ており、門を起点に街を囲うようにそびえる壁は真っ白で清潔感がある。


 私達は馬車に乗ったまま門に付設された検問まで進み、カーラットが身分証になる物を提示して暫くすると馬車のまま中まで入る事が出来た。


 私は窓を開けて街並みを眺める。


 そこには整えられ、細かな文様を描いているように複雑に敷き詰められた色鮮やかな石畳の道。そんな道を挟むように建ち並ぶ様々な石材で作られた数々の背の高い建物。そしてそれらを夕方の薄暗さを淡く照らす様に配置された魔法の光の街灯群。


 まるで前世に訪れたスコットランドの街並みを彷彿とさせる想像を越えた発展ぶりに、私は思わず感嘆の息を漏らす。


 そしてそんな街並みの背後、街並みに見劣りする事も無く壮大な背景としてその威風堂々たる姿を見せ、聳える巨大な山脈。


 いくつもの光が星の様に荒々しい表面に灯り、その荘厳さを増長させているこの山脈は、パージンと隣国であるドワーフの街の国境に存在し、互いが対等な契約の下、共同で掘り進めている。


 いわば人族とドワーフ族の友誼の証。ドワーフとの友好関係は、この街の恩恵であると言っても過言では無い。


 そんな街並みを眺めている私に、御者台に居るカーラットはついでとばかりに今日の予定を話し始める。


「今日はもう遅いのでこのまま宿に向かいます。先程検問で衛兵に丁度いい宿屋を教えてもらったのでそこにするつもりですが……坊ちゃんから何かありますか?」


「いや、賛成だ。余程の場所でない限りは贅沢は言わないから早く休もう」


「ふふっ、御安心下さい。今日泊まる宿は質も清潔感も良心的な場所らしいですから」


「ふむ。期待しておくとするよ」


 そうして暫くして宿に到着し、馬車を宿の使用人に預け、カーラットは受け付けへ向かう。


 宿の内装は、予想していた広いだけのものでは無く、要所要所に細かな細工が散りばめられた石材で構成されており、私達の居るロビーには休憩スペースを意識したテーブルと椅子が置かれ、端にはピアノまで置いてある。


 そんな内装にクイネやジャック、アーリシアまでもが口を揃えて「凄い!」と何度も言いながら見回している。


 ……この宿高いんじゃないか?


 そう感想を抱いている間に私がポケットディメンションに預かっていた全員の荷物を手渡していく。全員に荷物が渡った頃、カーラットが受け付けを済ませ私達はそれぞれの部屋へ向かった。


 部屋へ向かう間に部屋割りを確認したのだが、当然男と女に別れて取っていた。だがしかし何故か私だけが一人部屋を充てがわれていた事に疑問を抱く。


「カーラット。何故私だけ一人部屋なんだ?お前達と一緒で良いだろ」


「何を仰いますか! 主人であるクラウン様と私達使用人が同室などありえません!!」


「じゃあジャックが同室でも構わないんじゃないか? アイツは使用人じゃないぞ?」


「それは……、ジャック様が、クラウン様と同室では緊張してしまうと……。ああっ!! 彼を怒らないであげて下さい!! 彼はその……クラウン様を尊敬しての事……ですので」


「いや、別に怒りはしないが……。ふむ、そうか、成る程……。金は大丈夫なのか? あまり贅沢は出来ないだろ?」


 私の家は一応は貿易都市の領主。貴族ではないものの、一般的な家庭に比べれば裕福な方だ。


 だがだからと言って金を湯水の如く使えるわけではない。それこそ、貴族なんかと比べれられないのが現実である。


 そんな私達が、明らかに貴族御用達のこの宿屋で複数部屋を借りてしまうのは些か金の無駄遣いに感じるのだが……。


「御安心下さい。旦那様からは多めに預かっております。ですので坊ちゃんは何もお気になさらずに……」


 カーラットはそう言って私達を各部屋へ案内し、自分も部屋へ入って行った。


「ふむ」


 まあ、金の心配はしなくていいという事なら気にしない事にするが……しっかしまぁ……。


 私は部屋を見回し、溜息を吐く。


 内装は所謂いわゆるスウィートルームと言って差し支えない程に洗練されたものとなっている。


 全体的にあの山脈を意識した様な暗めな茶色を基調とし、そこを産出される鉱石をイメージしたイヤらしくない程度の細かな装飾が、それぞれの家具達に施されている。


 ……風呂に、トイレまで付いている……。このクオリティは前世のホテルと大差無いぞ。


 そうやって部屋を簡単に確認し終え、ポケットディメンションから自分の荷物を取り出す。


 さて、取り敢えずは風呂に入って今日はゆっくりしよう。良い馬車だったとはいえこの数週間の旅で身体がガチガチに強張っている。それを癒して……ベッドでゆっくり本でも……。


 そう夢想していた時、突然私の部屋の扉が叩かれた。


 マルガレンか?


 私はそう思い、扉まで行き開けると、そこに居たのは今まで着ていた神官服から寝間着の様な服装に着替えたアーリシアが若干顔を赤らめながら立っていた。


「……少し、よろしいですか?」

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