第四章:容赦無き鉄槌-1
「実はね……二人に報告があるの」
今私は私が主役の誕生祝いの真っ最中である。
テーブルに並べられた料理の数々は母上がメイド達やコック達と一緒に作り、ダイニングに飾られた煌びやかな装飾は私と父上が出掛けている間に姉さんが張り切って飾り付けをしたらしい。
いやはや、なんとも平和な日常だろうか。これで先程のクソ貴族が頭を過らなければさぞかし気分も良かったものを……。
いつ来るかも分からないあの貴族からの仕返しを迎え撃つ策を練らねばならないとは……。なんとも不愉快極まりない。目にもの見せてくれようか底辺貴族が。
……さて、今はそんな事より母上の言葉だ。何か私と姉さんに報告があるらしい。
私は口に運ぼうとした白身魚のムニエルを一旦皿に戻し話を聞く体制を取ると、それを確認した母上が優しい微笑みを
「実はね……新しい家族が増えるの」
……ん? 新しい家族?
「は、母上、それはまさか!?」
姉さんは前のめりになって母上に問いかける。どうやら姉さんはピンと来たらしいが、私はイマイチ何も……。ペットを飼う約束でもしていたのか?
「ええそうよガーベラ。まだ男の子か女の子か分からないけれどね。クラウン、貴方お兄ちゃんになるのよ?」
……。
ほ、ほう……。私が、お兄ちゃん?ほうほ──えっ!?
「そ、それは本当ですか母上!?」
「ええ本当よ。ふふふ♪」
母上はなんだかおかしいとばかりに笑ってみせる。というかそれどころじゃない。
私に……弟か妹が? なんというか、よく分からないな。なんだろうか? この胸の奥がフワフワとした不思議な感覚。駄目だ分からない。然しもの私も少し混乱して来た……。
「はっはっはっ、困惑しているようだなクラウン。 まあ、無理もあるまい」
「その点ガーベラは慣れているわねぇ。まあ、クラウンを儲けた時はかなり気が動転していたけれどね」
満面の笑みの二人。ああもう、私が混乱しているのに幸せな雰囲気を醸し出さないでくれ……。
……私は前世じゃ一人っ子だった。幼い時分には同年代に必ずいる兄弟姉妹には羨望を抱いていたが、まさか今世では姉を持ち、更には弟か妹を持てるなど考えてもみなかった。
まあ、弟にしろ妹にしろ、この美男美女の両親から産まれる子供だ。きっと同様に美男美女に産まれて来るだろう。姉さんがいい例だしな。
私の容姿は……うん。前世から比較しての客観的意見を述べるなら、まあ、整ってはいるんじゃないか?まだ五歳だから判然としないが……。
あ、だがこの髪色は気に入っている。黒を基調に深紅のメッシュが散りばめられたこの髪色は中々どうして独特で素晴らしい。まあ、多少目立ちはするが、な。
何はともあれ、めでたい事だ。私の誕生祝いなど今となってはオマケになってしまったが、これは致し方ないだろう。
まったく……。これであのクソ貴族の事さえ無ければさぞかし私も素直に盛り上がれたのだがなぁ……。本当、赦さんぞあの貴族。絶対に後悔させてやる。
……おっと、いかんいかん、また思考が乱れた。取り敢えず今はこの時を楽しまなければ。
そういえば……。
「ところで母上、父上、名前はもう決めているのですか?」
「名前? そうねぇ、まだ発覚したばかりだから決めてないわね」
「なんならお前が付けてみるか? お前が産まれる前も一度ガーベラに名前を考えさせたのだが、こう……センスがな?」
「ち、父上ぇ……」
赤面して
私は何だかんだ今の「クラウン」という名前が気に入っている。字面や呼び易さもさる事ながら、その由来である花の花言葉もなかなかどうして素晴らしい。
そんなハイセンスな母上を差し置いて私が名付けか……。これは凝りに凝らなければ弟か妹に顔向け出来ないな。
名前……名前……。
……そういえば私も姉さんも由来は花の名前だったな。私が知っている花の名前……。尚且つ良い感じの花言葉がある花……。
ふむ。例えば私は弟か妹に一体どんな風に育って欲しいのだろう? 天真爛漫は姉さんの専売特許だから、その逆。お淑やかな、または紳士的な奴に育って欲しい。
ならばそれらしい花言葉、名前にしても違和感のない花……そうだな……。
「弟なら「スターチス」妹なら「ミルトニア」が良いと思います」
スターチスは「誠実」ミルトニアは「淑女の物思い」。うむ、中々良い感じの名前だが、どうだ?
「あらあら、良いじゃない! 素敵よクラウン!!」
「そうだな。なかなか良い線を行っているんじゃないか?」
「はっはっはっ、流石クラウン! 私と違ってセンスが良いな!!」
三者三様に私を褒める。むぅ……なんか妙に
「良かったわねぇ、早速お兄ちゃんが素敵な名前を付けてくれたわよぉ♪」
母上もご満悦らしいし、私はそれで満足だ。
それからも暫く雑談を交えながら楽しい食事は進んでいった。
母上は料理ぐらいしかプレゼントしてやれていないと少し申し訳なさそうにしていたが、新しい家族が増えるのにこれ以上のプレゼントなど無いだろう。
母上にそう告げると、優しく笑ってくれた。
嗚呼、なんて甘ったるい日常なんだろうか。
この甘ったるさは癖になる。前世では久しく味わっていなかったな。
こんな日常を、私はまだまだ堪能していたい。そしてそれを壊そうとする輩が居るのなら、私は徹底的に排除しよう。
新しい家族が増えるのだ。ここは兄らしく、邪魔になる要因を全て排除し、この素晴らしい家庭の中で大手を振って迎えてやらねば。
さあ、安心して産まれて来い、未だ見ぬ我が弟か妹よ。
そして夜。
楽しい楽しいパーティーの後は、作戦タイムだ。
あの貴族の刺客は父上を狙って必ず現れる。あれだけ煽られプライドを傷付けられればあの貴族は許さないし、オマケに悪事の証拠を握っているとまで匂わさせていた。
恐らく父上なりに考えがあってあそこまで煽り散らしていたのだろう。なんなら父上自らが何か迎撃する準備をしているのかもしれない。
だが、父上よ。刺客は貴方には届かない。届かせない。
何故なら私が〝処理〟するからだ。私の実験と訓練を兼ねた対策。その餌食になってもらう。
だから父上。貴方は安心して私に任せて、産まれて来るであろう弟か妹の事を夢想していて下さい。必ずや長男として、この家を守って見せますから。
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