第三章:草むしり・前編-1

 

 気が付けば夜が明けていた。


 砕骨さいこつ魔力鉱ミスリルで強化した後、簡単に今後の予定を立てながらこの旅で獲得したスキルに一つ一つ目を通すべく、久々に《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》内を見て回っていた。


 心象世界にそびえる博物館は最早昔の様なこじんまりした物ではなく、前世での並み以上の大きさにまで拡張。外見もそれに合わせて豪奢ながら繊細さと大胆さが合わさった素晴らしい物に仕上がっていた。


 中は三つの区画が分けられており、一つは博物館内の九割を締める膨大なスキルの結晶体が集まる区画。


 系統や種別は勿論、同じ分類のスキルが纏められており、それらを惹き立てるよう様々な装飾が凝られている。


 これら装飾の凝り方は私の願望が無意識下で現れた結果なのだろう。全てが全て私の愉悦にドンピシャにハマり、眺めているだけで喜びと満足感が胸の内から湧いて来るのを感じる。


 二つ目は私の自慢の武器達の展示室。ノーマンに作って貰った実用性と美しさを兼ね備えた逸品達だ。


 今あるのは……。


 炎を司り、ノーマンに最初に作って貰った炎剣・燈狼とうろう


 毒を司り、幼少より愛用していたナイフを最高の形に仕上げて貰った毒小刀・障蜘蛛さわりぐも


 暴食の力を宿し、元「暴食の魔王」の骨とグレーテルとナイラーの魂から生まれた大槌・砕骨さいこつ


 三つが三つ共、まだまだ浅いが思い出深く、かなり愛着がある自慢の武器達だ。


 ……地味に気になったのだが、砕骨さいこつにはこれと言って代表するような属性が無いな。


 その形状と暴食の力を宿しているのは確かに特徴的だが、二つに属性が付いているのに砕骨にだけ無いのは少々気になる。


 ……いや、少々どころじゃ無いな。気になったら段々それが気持ち悪くなって来たな。


 今回の森での連戦で四体の魔物を狩った。その魔物からは魔石が取れるだろう。それを利用して属性を付与出来ないか試すか。うん。それが良い。


 最後に三つ目は魔物そのものを回収し、剥製として展示している区画。


 この区画は残念ながら最近は余り変わり映えはしない。


 近々な事でもあるが、魔物自体とは頻繁に戦っているし、その全てに勝って来た。


 だが優先度としてはやはりこうして博物館に剥製として飾るよりも、その身から取れる素材を使って武器や防具を拵える方が高い。


 同じ個体が存在すればまた別なのだが、魔物発生自体がそう頻繁に発生するものではなく、基本的には魔物とは一期一会な出会いだ。


 かと言って魔物を自前で作り出すなど出来るわけなど無いし、仮に作れたとしてもそれでは意味が無い。魅力など無い。


 偶発的に発生した魔物だからこそ、集め甲斐があるんだ。


 ……まあ、それで収集出来なかったら意味が無い、という話なんだがな。


 今は無理だが、その内世界中を旅して魔物を収集する、なんて事もしたい物だ。


 それに魔物を集めるのも良いが、普通の動植物を集めるのも悪くない。


 この世界に生息している動植物は割と前世で存在していたものと同じ種族が居たりする。その一方、この世界でしか見ないものも多数存在していたりもする。


 私の名前の由来である高山に咲くクラウンという花も、前世では存在しなかった植物だ。それらを集めるのも、きっと楽しいだろう。


 だがそれも余裕が出れば、だがな。今は圧倒的にそれが無い。


 私の〝楽しみ〟の為にも、早く現状を解決しなくては……。


 ……ふむ。色々と考え込んでしまったな。


 取り敢えずは朝食を拵えなければ。


 まあ折角の最後の森での食事だ。食欲が湧き切らないかもしれないが、今回は贅沢で豪華な食事にしてやろう。


 ふふっ。四人を度肝抜いてやる。





『確認しました。技術系スキル《調理術・熟》を習得しました』






「いや豪華過ぎたわ」


 朝食を終え、精霊のコロニーがある遺跡の前にテレポーテーションで転移して来た私達。


 そんな転移直後に、ティールが呆れ混じりにそう口にした。


「ヒルシュフェルスホルンのヒレステーキジェノベーゼソース添えにシュトロームシュッペカルプェンのムニエルにエロズィオンエールバウムの実のタルト……。今回の集大成でしたね」


「アレ……街で出したとしたら一体いくらするんですか?金貨一枚? 二枚? いや下手したら五枚じゃきかないんじゃ……」


「本当なら本当の意味での集大成にしたかったんだがな。流石に君等にシュピンネギフトファーデンを食べさせるわけにはいかないし、アンネローゼに関してはそもそも元人間だ。欲求不満だが、致し方無い」


「いやそこじゃねーよっ!!」


「しかしエロズィオンエールバウムに実が生っていたのには驚いたな。もしやと思って確認してみて良かった」


「あれは美味しかったです。ナッツ状の実がカリカリで香ばしくて……。朝なのに食べ切れてしまいました」


「いや、だからっ……!」


「あのジェノベーゼは?」


「ああ。夜中に軽く探索したら野生のバジルを見付けてな。エロズィオンエールバウムの実もナッツ系だったから利用してみたんだ。結果大正解だったわけだが」


「はい。野生特有の強めの香りとエロズィオンエールバウムの油分。それとニンニクの風味がヒルシュフェルスホルンのヒレ肉と相性が良くて……」


「はあ……。もういいや」


 と、そんな雑談をしながら遺跡を回り込み、目的地である精霊のコロニーに向かう。


 少し歩いていると、コロニーがある辺りからかなりの光量が漏れ出し、朝にも関わらず周りが相対的に若干暗くさえ見える。


 そんな明かりに向かい更に近付いて行くが、余りの光の強さに目を開けている事が苦痛に感じてしまい思わず目の上に手で日傘を作って目を細めてしまう。


 眼前まで来ると最早目の前に広がるのはただただ真っ白なだけの空間にしか見えず、私がこの世界に転生する前に魂だけの状態で彷徨った神域に近い印象を与える。


 と、そんな嫌な思い出を振り返っていると、輪郭がかなり怪しい状態となっている主精霊と大精霊が並んで私達の前まで漂って来る。


『よくぞ参られた救世主殿』


「……なんだそのむず痒い呼び名は。頼むから止めてくれ」


『失礼……。だが貴殿が成した行いは間違い無く我々を救った。そこについては心の底から感謝している』


「ふむ。で、救った結果がこの光か……。眩し過ぎてまともに目を開けられんのだがな」


『御容赦願いたい。現在進行形で今まで停滞していた魔力の管理を精霊達に急がせている。今はまだ森周辺に止まっているが、近い内に元々の範囲まで力を及ぼせるだろう。本当に感謝している』


「まあいい。それよりも交わした約束は覚えているな?試しに簡単に復唱してみろ」


『ああ構わない。貴殿がこの森に巣食う五体の魔物と魔力溜まりを解決してくれたならば、我等のいずれかを貴殿の使い魔ファミリアとして使わせる。間違い無いか?』


「ああそうだ。まさか今更反故にはしないだろうな?」


『勿論だ。交わした約束を果たそう』


 主精霊はそこまで言うと私の前まで漂い、目線の高さまで上昇するとその体色を緑色に変化させる。


『我が貴殿の使い魔ファミリアとなろう』


 主精霊がそう言った瞬間、眩し過ぎて目には見えないが周りに集まって居るであろう精霊達が驚愕するように騒つきだす。


『静まれっ。……この約束を直接交わしたのは我だ。我が征こう』


「良いのか? 主精霊がコロニーを離れるのはマズいんじゃないか?」


『安心せよ。使い魔ファミリアとなる前にそこに居る大精霊に霊力を注ぎ新たな主精霊として置いていく。それならば問題は起きん』


「……成る程」


 チラッと名指しされた大精霊の方に視線を移す。


 大精霊はその体色を青と赤に輝かせながら心無しか震えているように見える。


 ここ数日間この大精霊の案内で魔物討伐をし、それなりにその体色と挙動で精霊特有の表情というのがなんとなく掴めた気がするが、今のコイツの表情はなんというか……不満なのか?


 ……まあ、私としては元々そのつもりだったわけだしな。勝手知ったる仲、とまではいかないが……。どうせなら、な。


「自らを差し出すのは殊勝だと思うが、悪いな。お前は選ばない」


『何? 主精霊である我を選ばぬ、と?』


「ああ。私が選ぶのは──」


 私は未だに不満気な大精霊の目線になるよう膝を折り、手を差し出す。


「私はお前が良い。私の使い魔ファミリアになれ、大精霊」


 その言葉を受け、大精霊は黄色と赤が混じったような光を放ちながら小刻みに震え、戸惑うようにあちこちに飛び回る。


『な、なな……わ、わたくし、ですかっ!?』


「なんだ。不服か?」


『いえ……。しかし以前わたくしが貴方様の使い魔ファミリアとして志願した際には断られて……』


「そうだな。あの場、あの理由では断った」


 大精霊は「暴食の魔王」を討ち滅ぼしたい、という目的の元私の使い魔ファミリアを志願した。


 しかし現実としては大精霊が滅ぼしたかったかつての「暴食の魔王」グレーテルは既に滅び、私が新たな「暴食の魔王」となっていた。


 前提条件が成立せず、使い魔ファミリアになる理由が無かったあの時は断ったわけだが、今は違う。


「私はな大精霊。単純な話、お前が気に入ったんだ」


『わたくし、を?』


「ああ。お前は他のどの精霊より生命を遵守し、主精霊や他の精霊に偽ってまで己の我欲を貫いた。その曲がらぬ意思と確固たる欲望は他の精霊には無いお前だけの素養だ」


『我欲……欲望、ですか。自覚は、ありませんが……』


「それで構わん。私にはお前が必要だ」


 私は飛び回っていた大精霊を引っ捕まえ大人しくさせると、再び手を差し出す。


「さあ、選べ。私の使い魔ファミリアとなり、その内に秘める想いを解放して共に歩むか。新たな主精霊となり、このコロニーで永き時をただ過ごすか……。お前次第だ、大精霊」


『……わたくしは……』


 大精霊は主精霊に意識を向ける。すると主精霊は水色に輝いた後、体を横に揺する。


『我々を騙していた。という一点に関しては、我は今更何も言うまい。だが大精霊よ。それが真実ならば、例え貴様が新たな主精霊となったとしても、部下である精霊達の信頼を取り戻すのは難しいであろうな』


『主精霊様……』


『宣告されていた通り、決めるのは貴様だ』


『……』


 大精霊は青と緑に体色をぐるぐる変化させたかと思えば、突如として橙色に変え、差し出していた私の手に触れる。


『わたくしは、もっと色々な命に触れてみたい。もっともっと、色々な生命を感じたい。あの子達が生きて行けた筈の道を、私が代わりに歩んでみたい。あの子達の分まで、思う存分、欲望を果たしたく思います』


「……ふふっ」


『え?』


「ふふふ、ふはははっ! その意気だっ! だからこそ〝強欲わたし〟に相応しいっ!! さあ、契約だ」


 触れている手に魔力を流し、軽く大精霊に触れるようにした後、〝魂の契約〟の約定を唱える。


「私クラウン・チェーシャル・キャッツは魂の契約に則り、汝を使い魔ファミリアとして認め、付き従う事を赦す」


『私名も無き大精霊は魂の契約に則り、貴方様を主人と認め、付き従う事をこいねがう』


 その瞬間、あの時感じたのと同じ様に魂に何かが刻まれていくような感覚を感じる。


 そしてもう一つ何かが魂に寄り添う様な清々しく、不思議と安心感の様な幸福感がジワリと湧き上がる。


 大精霊を見てみれば、その体色をあの時のシセラの様に重々しく、荒々しい暗黄色に発光し、心臓の様に脈打ち始めた。


 私はそれを確認したタイミングで目を閉じ、伸ばしていた魔力に強い思念を送るイメージをしてみる。


 それは新たに生まれようとしている使い魔ファミリアに対して「そうあれ」と願う強い思い。


 私が望むのはどんな場所にでも入り込み、かつ隠密性能が高く、また広範囲に感知、索敵に優れた完全情報収集特化型。


 戦闘力は二の次三の次。今私が求める……欲するのは、ティリーザラ王国に癌のように巣食い、最早手遅れと判断して差し支えないような潜入エルフを根刮ねこそぎ刈り取る。この状況をひっくり返すような切り札。


 そして……ひたすらに貪欲であれという楔。


 私に相応しい、私だけの使い魔ファミリアであれ。


 そんな思い、望み、願いをあらん限り思念に乗せて変化している大精霊に送り込んだ。






 暫くし、暗黄色の丸い塊となった大精霊は何度か鼓動を繰り返し続ける。


「な、なあクラウン。大丈夫なのか? 黒い塊になっちまったが……」


「大丈夫だ。シセラの時も同じだったしな。だがもうそろそろ……ん?」


 ティールからの投げ掛けに返していると、暗黄色の大精霊は一つ大きな脈動を発すると、粘土のように徐々にその形を変え始める。


 それは刺々しく、枝のような細い六つの鋭い爪を称えた脚を形成し、金属のように硬質で鋭い刺を複数生やした丸々とした腹部を形成し、背からは毒々しい模様が複雑に描かれた透明な翅を四枚形成し、血のように真っ赤でギラギラと光を反射する巨大な複眼と、ナイフの様に鋭利な牙で複数の顎部が構成された口吻が頭部に形成される。


 しっかりと形が整った瞬間、形成されたばかりの四枚の翅を目にも留まらぬ速さで羽ばたかせ、一番頭側にある脚を胸の前で組み、まるで擦り合わせるような動作を行いながら、頭部を斜めに傾けさせる。


 そんな禍々しく、悍しい姿に、私以外の者から小さな悲鳴が漏れ出、青白い表情を浮かべる。


 目の前で新たな形を成した大精霊。


 それは私達が生きていて必ず一度は目にし、様々な不快害虫の中で我々の周りを我が物顔で飛び回り、暴食の限りを貪る、食の魔蟲。


「ふふふ。禍々しさも一周廻れば美を感じるな……。ようこそ、蝿の怪物。今日からお前は私の愛すべき使い魔ファミリア……名は「ムスカ」だ」

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