第一章:満たされる予感-7

『……記憶と自我をそのまま、だと?』


 困惑した様子の転生神。そんな要求をされるなど想定外だったのだろう。まあ、そもそも転生神自らが一魂相手に対応する事自体がなんなら初めてなのではないだろうか。


『なんだ? 出来ないのか?』


『いや何。の様な処理を魂に施した事等今迄無かった故な。恐らく可能ではあろう。だがしかし、貴様は本当に其れで良いのか?』


 可能、ではあるらしい。だが何やら転生神には何かしらの懸念がある様だ。


『どういう意味だ?』


『むう……。先程も述べたが、仮に其の様な処理を施し転生した場合。恐らく貴様はで意識を得る事になるだろう、という事なのだが……』


 ああ、成る程。その心配をしているのか。確かに今は想像するだけで精一杯だが、きっと相当しんどいだろう。何せ赤子の状態で周りの人間に自分を完全に委ねなければならない状況を〝確固たる意志〟を持った状態で暫く過ごさなければならないという事なのだから。


 そもそも転生先が安全な場所なのか汚い路地裏なのか。私を世話してくれる人間が居るのか居ないのか。そしてその人間が善人なのか悪人なのか。それすら判然としないのだ。正直に言って無謀な博打にも似た所業だろう。


 だがしかし、それに見合った価値は十分にある。


『ああ、理解している。理解した上での申し出だ。私の望みを叶えるには、それは必須事項なんだ。遠慮せずにやってくれ』


 それを聞いた転生神は鷹揚に頷く。そして今までなりを潜めていた分神達に視線を巡らせ、無言の同意を求める。それを受けた分神達もまた頷き、私を取り囲む様に動き出した。


 私を取り囲んだ分神達は一斉に私に向かって両手を伸ばし、手の平をこちらに向ける。中央に座す転生神もまた分神達と同じ様にこちらに手を伸ばす。


『心得た。では此れより貴様の魂の波長を此方こちらの世界に馴染む様調整する。記憶と自我を残したままという特殊な条件も付随する故、万が一に備えて貴様には一時的に意識を閉ざして貰おう。そして貴様が再び目覚めた時、目の前に広がるのは貴様の新たな故郷、新たな〝出発点〟となる。当然其処からはもう引き返せない。覚悟は良いな?』


  流石神。初めての試みの筈なのに既に成功する前提の話をしている。ここまで言い切ってくれるのであれば、こちらも安心して任せられるというものだ。


 ……そうか。転生か……。


 とうとう始まる、私の新たな人生。新たな一生を、〝今〟という私が残る状態で始める。


 期待と不安。興奮と緊張。押さえ付け難い感情が心の底から溢れてくる。


 きっと困難が待ち受けているだろう。きっと苦難が私を苛むだろう。私の望み通りになど行かず、理想とは程遠いモノになるかもしれない。


 だが私は絶対理想を成し遂げる。ここまで神にお膳立てされて、ここまで優遇されたのだ。意地でも結果を出さねばここの神々に申し訳が立たない。必ず……。


『……やってくれ』


『宜しい。では開始する』


 転生神、そしてその分神達の手から青白い光が迸る。光はそのまま私に注がれ、私を何重にも包み込む。


 すると途端に睡魔の様な抗い難い衝動に襲われ、それは徐々に私を侵食し始めるとゆっくりと緩やかに意識が暗転して行った。


 次に目覚めたら私は異世界に居るのか……。楽しみだ。嗚呼、楽しみだなぁ……。ふふふふっ。


 ああ、そうそう。別れの挨拶の一つでもせねばな。転生神よ──



『何?』


 そこで私の意識は完全に暗闇に呑まれる。


 そしてそう時間も掛からずに、私の視界に、眩い光が差した。

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