第三章:草むしり・前編-15

 

「……はあ、やっと終わったかぁ……」


 父上がホータンが執務室を後にした直後、そう口にしながら机に突っ伏し項垂れる。


「これで三人。無事に済みましたね」


 私もそんな父上に合わせ、私も隠密系スキルを解除して姿を現す。


「それでクラウン。ホータンはどうだと思う?」


「限りなく白に近いですね。元々三人の中では一番エルフである可能性は低いと考えていたので想定内は想定内です」


「ああ私もだ。何よりアヤツには妻子がいる。人間の妻子だ。父親であるホータンがエルフでは成り立たないであろう」


「そうですね」


 まあ、その妻子ですらエルフ──もしくは幻影か何かの類である可能性も考えられないわけではないが、そこまで疑い出しては流石にキリが無い。


 一応先の二人と同様にムスカによる監視をさせている。万が一何か動きがあるかもしれないが……。


 重要度はあの二人の方が高いだろう。


「それで、これからどうするのだ?」


「三人の……まあ主にあの二人ですが、その動向を監視してボロが出た所を突きます」


「監視……。だがもう既に動き終えていたら──」


「御安心を。三人共部屋を出た直後から監視を付けています。何かあれば即座に連絡が入るようになっているので期を逃す事はありません」


「いつの間にそんな事を……。というかお前っ! いつからそこまでのスキルを身に付けたのだっ!?」


 おっと。ちょっと言い訳が面倒な所を突かれたな。所持スキルを十全に発揮している関係上、そりゃあどうしたって悪目立ちは避けられない事だ。


 しかも他人ならばまだしも相手は実の父親だ。目の前でそんな目立ち方をすれば当然疑問は浮かぶし訝しんでこうやって問い質してもくる。


 当然の反応。だが、しかし。


 全てを話すわけにはいかない。


「単なる努力……では駄目ですかね?」


「……父である私にすら話したくないのか?」


「話すメリットが無いんです。寧ろ話せばデメリットばかりで何の意味も無い……。ただ御安心下さい。犯罪紛いな事もしてはいませんので」


「……事情が、あるのだな」


「はい。家族を不幸にしかねないくらいのが、ね」


「……」


 父上はそこで黙ると深い深い溜め息を吐いて俯き、少ししてから顔を上げる。


「……理解、はしかねるが。分かった。いつか話せる日が来るのか?」


「来ない方が幸せですよ」


「肝に銘じておく」


「はい。そうして頂くと──」


「ご主人様」


 会話の途中、私の耳元から突如ムスカの声が届く。


「……なんだ?」


「分身体に監視させていたカーラットに動きがありました。至急屋敷二階バルコニーに向かわれる事をおすすめします」


「分かった。すぐに向かおう」


 そこでムスカとの会話を終えると、突然言葉を分断した私に父上が首を傾げてこちらを窺っていた。


「どうかしたのか突然」


「はい。カーラットに妙な動きがあったらしいので今から向かってみます」


「何っ!? な、ならば私も──」


「父上はこちらでは待機をお願いします」


「何故だっ!?」


「……はっきり言わせて頂きますが、万が一の場合、父上はカーラットに対して非情に徹し切れないと、私は思っています。まあカーラットに限った話でないですが、情に流されて好機を逃してしまうのは父上としても本意ではないでしょう?」


「う、うぅぅむ……」


「まあ、私とて無感情に接するのは難しいですが、エルフと確定したなら相応の対応はするつもりです。ここは私を信じて頂けませんか?」


 私がそこまで言うと、父上は口を固くつぐみ、少しだけ思案した後にゆっくりと頷くだけで答えた。


「ありがとうございます。ではちょっと行ってきますね」


 それだけ告げ、私は父上に背を向けて執務室の扉を開ける。


「まったく……。頼もしいのは良いが、抱え込み過ぎよって……」


 そんな父上の小さな呟きを聞き流し、そのまま執務室を後にした。






「……はい。はい。特別な動きは先程御報告に上げた事ぐらいです。帰宅してからは特に……。いえ、それは難しいかと……。それについてはもう少し様子を見て──」


 カーラットの声が漏れる二階バルコニー。


 そこに私は《透明化》などの隠密系スキルをフル活用し、コッソリ背後に忍び寄ってから暫く会話内容を盗聴する。


「方法は……。はい、それで問題無いかと。頭の良いお方ですから……。そちらに関しましては……。はい、恐らくご興味を持たれるかと思います」


 ……もうそろそろ良いか。


「何に興味を持つって?」


 そう私がスキルを解除し声を掛けると、カーラットかつて無い程の勢いで私に振り返り、咄嗟に体術の構えをる。


「──っ!? ぼ、坊ちゃんっ!?」


 一瞬だけ警戒態勢に入ったカーラットだったが、私の姿を認識するや否や混乱したのか少し間の抜けたらしくない声音で思わず驚愕を口にする。


「ああカーラット。奇遇だなこんな所で。デートの待ち合わせでもしてるのか?」


 私は姿を現して軽く身嗜みを整えながらそんな冗談を口にすると、カーラットは混乱から覚めたらしく、咳払いをした後にいつものポーカーフェイスに戻り、手に持っていた何かをさり気なく袖の中へ隠す。


「デート出来る相手が居れば良かったのですがね。生憎忙しい身でして……」


「それは災難だな。私から父上に自由時間を増やせるよう掛け合おうか?」


「滅相もありません。忙しい事は、この時代幸せですから。それ以上は過分です」


「ほう。もっと欲張ってもバチは当たらんだろうに」


「いえそんな……。それより坊ちゃんこそどうされたんです? こんな夜更にわざわざ姿を隠して来られるなんて……」


 まあ、当然の疑問だろう。バルコニーに一人で居る者の背後に姿を消して立っているなど普通ではない。


「カーラット、お前に何かを隠したりする暇を与えたくなかったのが第一。第二に連絡していた相手との会話を誤魔化させない為。そして第三に動揺を誘う為……。成功したかどうかは、まあ見れば分かるな」


 本当なら相手の声も聞こえれば満足だったんだが、カーラットが使っていた電話の様な何か──あのスキルアイテムの権能は鑑定系スキルの結果、当人同士にしか作用しない仕様である事が判明した。


 まったく。これだけスキルを得ているのに未だに出来ない事があると、結構口惜しい。


「……何か誤解を──」


とぼけても無駄な事くらい、お前なら分かるよな? そこそこの会話を、私はお前の背後から聞いていたんだからな」


「……成る程。理解しました」


 カーラットはそう言うと諦めたかのように肩を落とし、袖口に隠した物を取り出して私に差し出す。


 それは丁度前世で言う所のスマホ程の大きさと薄さをした一枚の石板。


 花崗岩を加工したその石版にはスキルアイテムの証明でもあるスキルが封印された印が刻まれており、鑑定の結果遠話のスキルが封じられているのが解った。


「会話相手は──」


「相手はモンドベルク公だろう?」


 そう即答した私に、カーラットは目を見張って驚くが、直ぐにいつもの表情に戻る。


「……よく、お分かりで」


「さっきの会話からだけじゃないぞ? お前の言動や父上から聞いた話を総合した結果、そう判断したまでだ。聞きたいか?」


「是非、お願い致します」


「良いだろう。ではまずお前のエルフ疑惑からだ」


「……はい?」


 エルフである疑いも勿論あった。


 あの三人の中で言えば可能性もあったし、父上にも曖昧に言ったわけだが、父上からの話を聞いてその可能性は薄いと判断した。


 そしてそれ以上にモンドベルク公との繋がりを考えるとエルフというよりモンドベルク公の間者と見る方がしっくり来たのだ。


 まずカーラットがモンドベルク公の元から我が家に来たのは私が産まれる前──まだ十代だった頃だ。


 エルフの平均的な成長速度を考えると、見た目が少年の者が十五年程して成人男性並みの身長にまで成長しているのは不自然な話しだ。


 その不自然を自然なものにするにはカーラットの成長を人族並に調整する為に顔や性格、能力といった多項目を網羅した複数人の人物を適宜入れ替える必要が出て来る。


 だが想像して分かるようにこの方法はかなり現実的ではない。労力は勿論、そこまでの手間隙てまひまを費やして尚出る違和感や綻びを考えるとこの選択肢は無いだろう。


 あの沼地でダークエルフ達が使っていた《幻影魔法》で己の姿を偽る手法も厳しい物がある。


 《幻影魔法》の発動は当然魔力を消費するし、上位魔法である故にその消費魔力も並ではない。一時の惑わしならまだしも、そんなものを四六時中発動し続けるなど今の私でも厳しい。それを優秀だからと一介のエルフがこなせるとは考えにくい。


 次に単なる高度な《変装術》による変装という線もあるが、これに関しては私がカーラットに対して《隠匿看破》を発動させその可能性は無いと判断した。


 《幻影魔法》の場合、熟練度が高ければこの《隠匿看破》でも見破れないが、《変装術》の様に技術に関する問題ならば熟練度が高かろうとある程度発揮してくれる。


 魔法の様な魔力という法則と違って技術はあくまで人の手による技。魔法と比べるとその綻びは大きくなる。《隠匿看破》なら、その綻びを見つけられる。


 以上の点から、私はカーラットがエルフでは無いと導いた。


「ちょっと待って下さい」


「なんだ?」


「あの……。私はエルフと疑われていたのですか?」


「お前の立場はスパイには最適だし、言動もたまにだが怪しかったからな。だが安心しろ。最早エルフだとは疑っていない」


「では何故旦那様には曖昧な言い方を? 先程そのような事を申されておりましたが……」


「ちょっとした悪戯だよ。お前は私が産まれる前まで息子の様に可愛がられていたそうじゃないか? それにちょっと妬いただけだ」


「それは、なんとも……。ですがそれを言うなら私だって同じですよ? 坊ちゃんがお産まれになってから旦那様は坊ちゃんに愛情を注ぎましたから。私も傍で密かに嫉妬しておりました」


「ふふふっ。随分と正直じゃないか、らしくない」


「既に色々バレていますからね。ちょっと肩の荷が降りて口が軽くなっているのかもしれません」


「そうか。では次に私がお前がモンドベルク公の間者だと確信したワケだが──」


「ご主人様っ!! 緊急事態ですっ!!」


 私がカーラットに説明しようとした瞬間、またしてもムスカからの連絡が入る。しかも今回は言葉の通り緊急性があるらしい。


「なんだムスカ」


「先程ハンナが荷物を抱え屋敷を飛び出しましたっ!」


「ハンナ、か……。方向は?」


「屋敷の西側──屋敷裏の森ですっ!!」


「分かった、直ぐ向かう」


 話を切り、私は跳び上がってバルコニーの手摺りに着地し、屋敷裏の森に目を遣る。


 すると荷物を抱えた人影が全速力で走り抜け、森に向かっているのが目に映る。


「チッ。何故勘付かれた……。まあいい」


「坊ちゃん? どうされたのですか?」


「お前への説明は後だ。お前は父上にエルフを見付けたから追うと伝えておけ。分かったかっ!?」


「──っ!? はい、畏まりましたっ!」


 カーラットからの了解の返事を聞き、私は手摺りを足場に再び跳び上がり、地面に着地するとそのままハンナの影に向かう。


「私から逃げられると思うなよ、ハンナ」

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