第311話 ジョン失踪事件


「トラブル、ノエルの部屋にもいないって」


 テオの言葉に嫌な予感がして、ジョンの部屋を再びノックする。


 テオにも不安が伝わり、ドアを叩くトラブルに代わりに声を掛けた。


「ジョン! ジョン! 起きて! いるんでしょ⁉︎」


 気配に気付いたゼノとセスが廊下に出て来た。


「ジョンがどうしたのですか?」

「ゼノ。ジョンが出て来ないんだよ」

「どうせ、寝てんだろ。昨日のLiveの後、飲みに行ったのかノエルに聞いてみろよ」


 鼻で笑うセスに言われ、テオはノエルの部屋をノックした。


「騒がしいなぁ」


 ノエルは珍しく不機嫌な様子をテオに見せる。


「ノエル、ジョンが出て来ないんだよ。昨日、あれから飲みに行った?」

「ううん。せっかく僕がワインを開けたのに、眠いって帰っちゃったよ。1人で1本はキツかったー」

「ノエル! お酒飲んだの⁈」

「あ! いや、飲んでません。たしなむ程度です」

「飲んでんじゃん!」

「その顔は、二日酔いだな」


 セスに指摘され、ノエルはギプスで顔を隠す。


 トラブルはノエルに呆れながら、ゼノにマネージャーを呼ぶ様にと、手話をした。


「ゼノ、マネージャーを呼んでだって」

「はい」


 ゼノはマネージャーに電話でこと次第しだいを伝える。


「部屋で倒れているとでも思うのか?」


 セスに聞かれ、トラブルはうなずいて、その根拠を述べた。


Liveをする前に居酒屋で日本酒を飲んでいたとはいえ、酔った様子はありませんでした。眠いと部屋に帰り、9時間は経過しています。最近のジョンは早起きが習慣になっていましたし、ジョンが朝ごはんに反応しないのは異常と考えていいと思います。


「異常ねー……」


 セスが、納得がいかない顔をしていると、マネージャーが走って来た。


「ジョンがいないって、どういう事ですか!」

「いえ、部屋で寝ている可能性もありますが、倒れている可能性もあります。カードキーのスペアなどは持っていませんか?」

「スペアなんて、ありませんよ!」


 マネージャーは、朝食のワゴンに手を掛けたまま、所在しょざい無さげのホテルスタッフを見つけた。


「あ、あなた、マスターキーを持って来て下さい。この部屋を開けて下さい!」


 韓国語の分からないホテルスタッフは、状況が飲み込めない。


 トラブルはスマホのメモにマネージャーの言葉を日本語で書き、ホテルスタッフに見せる。


「ちょっと待て」


 セスが、それを止め「こう、書け」と、トラブルに耳打ちした。


 トラブルはセスをにらみつける。


「いいから、書いて見せろって」


 トラブルは不満げに、それでもセスに言われた通りにスマホに書き、ホテルスタッフに見せた。


『は、はい! かしこまりました!』


 ホテルスタッフは、エレベーター前まで走り、フロントに電話をした。


「ほら、時間短縮だろ?」


 セスのドヤ顔に、トラブルはため息をく。


「セス、何て書かせたの?」

「ミン・ジウの連れが部屋で立てこもっている」

「立てこもり⁈ それに、なんでトラブルの名前を出すのさ」

「支配人が朝飯を運んで来るミン・ジウ様だぞ? マスターキーを使う権限のある奴が飛んで来るさ。立てこもりは、あいつを走らせる為に言った」


 セスは顎でホテルスタッフを指す。


「それで、時間短縮と……本当、悪知恵だけは天才ですね」

「何だよ! フロント係が状況を確認して、それから支配人に連絡している間にジョンが死んでいたら、どうするんだよ!」


 息まくセスの性格をゼノは充分に把握していた。呆れた顔で腕を組む。


「セス、本音は?」

「早く、飯が食いたい」

「やっぱり……」


 セスの思惑通り、支配人は廊下を早歩きで現れた。


 廊下に勢揃いするメンバー達の顔を見て、作り笑いで動揺を隠す。


『ミン様、どちらのお部屋で御座いましょうか?』


 うやうやしく顔を傾ける支配人に、トラブルはジョンの部屋を指差した。


 支配人がマスターキーでドアを開けるないなや、マネージャーを先頭に全員でなだれ込んだ。


 名前を呼びながら布団をめくる。しかし、ジョンはいない。


 テオはバスルームを探しに行く。


「ジョン?」


 風呂からもトイレからも返事はなく、姿も見えない。


 ゼノはクローゼットをのぞいた。


 ノエルは「本当にいないね」と、冷蔵庫を開ける。


「ノエル、冷蔵庫にいたら怖いんだけど?」

「それは僕も怖いよー。水が欲しくてさ。あれ? 1本もない」


 マネージャーが叫び声を上げた。それにテオも乗っかる。


「電話にも出ません!」

「ジョンが消えちやった!」

「どうしましょう!」

「どうしよう⁈」

「け、警察!」

「ジョーン!」


「落ち着け」


 セスが言いながら、椅子に座る。


「セス、ジョンを見つけて下さい」


 ゼノはいつもの様にセスを頼る。


「まあ、待てって。クソ、本当にいないとは思わなかったぞ……」


 セスは部屋を見回しながらジョンと同調シンクロして行く。


「疲れた眠いと部屋に入るなり寝た。で、目覚めた時、朝食の時間には早い。でも、おなかが空いた。カーテンが開いている。いい天気だ……」


 セスは窓から東京の街を見下ろす。そして、振り向いた。


「ゼノ。ジョンのスニーカーあったか?」

「へ? スニーカーですか?」


 ゼノは、もう一度クローゼットを開けて置かれた靴を見る。


「いつも履いているスニーカーがありません」

「なるほど。トラブル、お前、そこの道を通って走りに出たか?」


 トラブルはセスの指す、窓の下を見る。


 ジョンの部屋から、ホテル正面の道路が見下ろせた。


 トラブルはセスにうなずいて見せる。


「……ゼノ、もう一度、ジョンに電話してみろ」


 セスに従い、スマホを鳴らすが、やはり応答はない。


「ダメです。セス、結論は?」

「ジョンは、窓からこいつが走りに出たのを見て、追いかけたんだ。スニーカーを履いて、水とスマホだけ持って」

「また、1人で外に出た⁈ まったく!」

「探して来ます!」


 マネージャーは、血相を変えて飛び出そうとする。


「待てって。土地勘のない奴が探しても時間の無駄だ。おい、お前が探しに行け」


 トラブルを見る。


「なんで、トラブルなんだよ! トラブルだって、ジョンがどこにいるのかなんて分からないよ!」


 トラブルは、止めるテオに手話をした。


テオ、セスの指示に従いましょう。すでに、2時間以上経っている。迷子になっている可能性が高いです。走ったルートを探して見ます。一周して、すぐに戻って来ます。


「うん、でも、気を付けて……」


はい。セス、ヒントを下さい。


「ああ。ジョンが、お前をいつまで見ていたか分からないが、そう遠くまでは見ていなかったはずだ。窓の下を見ろ、例えば、あの木の隙間に横断歩道が見えるだろ? 渡ったか?」


いいえ。


「なら、ジョンも直進したはずだ。走りながらジョンの気持ちになるんだ。ジョンの好きそうなもの、興味のありそうなものが見えたら、そっちに行った可能性が高い。電話に出ないって事は、交通量が多くて聞こえない場所か、騒音のある場所。最大のヒントは、今、ジョンは腹が減っているって事だ」


なるほど……分かりました。


「トラブル、何が分かったの⁈」


ジョンの居所いどころの目星が付きました。


 トラブルはニヤリと眉を上げる。

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