第416話 Gカップの誘惑


「えー、もう1人の友達は、Gカップの美人なんだけどなぁー」


 ロゼは3人のルームナンバーを聞き出そうと、リップグロスたっぷりの唇を尖らせてみせる。


 テオにそでを引かれて、ノエルは振り返った。


「テオ、分かってるよ。今、断ってんじゃん」

「違っ。あれ、あれ見て。あそこ」


 テオがカジノの入口を指差す。


 マネージャーがこちらに向かい、猛スピードで走って来ていた。


 ノエルは、そのマネージャーの怒りの形相を見て、すべてを察した。


「あ。僕達、マズいかも……」

「え⁈ なんで⁈ Gカップだよ⁈」


 マネージャーの存在に気付いていないジョンは、ロゼの肩に手を回したまま、鼻の下を伸ばして胸元をのぞき込む。


「あー……ごめん、ジョン。僕の責任だ」


 ノエルは、そう言いながらジョンとバニーガールを引き離す。


「なんだよー。ノエルのケチー」


 ジョンは口をとがらせるが、マネージャーを見て、顔を強張こわばらせた。


「なんで、ここにいるって分かったの⁈ どうして、怒ってるの⁈」


 ジョンはノエルの後ろに隠れる。


 ノエルはロゼに謝った。


「ロゼさん、とても楽しかったけど、ここまでで。保護者が来ちゃったから、ごめんね」


 ロゼは名残惜しそうに、ジョンに投げキッスをして、去って行った。


「あー、僕のGカップがー……」


 マネージャーは口を大きく開けて、息を吸い込んだ。ジョンは怒鳴られると思い、目をつぶってノエルの背中で耳を塞ぐ。


 しかし、マネージャーは声を抑え、笑顔を装って言った。


「代表から、どこかに寄付をして写真を撮っておけと、指示が来ています」

「そうなるよねー。ごめん、ジョン。せっかく勝ったのに。えーと、寄付出来る場所は……」

「ねぇ! 説明してよ! どうして、ここが分かったの⁈」

「ジョン、歩きながら話すよ。テオ、そのコインを換金して来よう」


 ノエルに従って1ドルコインを換金し、ホテルのエレベーター前で見つけた観光客が小銭を入れる、慈善団体への募金箱に全額入れた。その瞬間を動画と写真に撮る。


「あーあー。僕のお金が……」

「ノエル、そろそろ説明してよ」

「うん。先にエレベーターに乗ろう」


 ノエルはエレベーターのボタンを押す。


「僕らの周りに人がいっぱいいたでしょ? スマホで撮られているなぁとは思ってたんだけど、その場でSNSに投稿されちゃったんだよ」

「それだけで、代表から連絡が来たの?」

「んー? そうだよねー。マネージャー、何で代表から指示が来たの?」

「……指示が来ただけでは、ありません」

「え? どういう意味?」

 

 ノエルは分からないと、眉間にシワを寄せる。マネージャーはそれ以上にシワを深くした。


「ゼノの部屋に行きますよ」


 マネージャーはノエルにそれだけを伝え、ゼノの部屋をノックした。


 ゼノの部屋には、セスも来ていた。


 ノエルは「僕は何をやらかしちゃったの?」と、セスに聞いた。セスは肩をすくめるだけで答えない。


 セスの代わりにゼノが答えた。


「ノエル、カジノで見ていた人達の中に、我々のアンチがいた様です」

「え。そりゃあ、まあ、いるだろうけど……」

「アンチの数名が、こぞってSNSに悪意のある投稿をしました。見て下さい」


 ゼノは自分のスマホをノエルに渡す。


 テオとジョンは、ノエルの手のスマホをのぞき込んだ。


 そこには、メンバー達が滞在するホテル名とスロットマシンで楽しむ3人の姿があった。


 下のコメント欄に《当たらなくなってスロットの機種を変える、世界一金儲けが好きなアイドル》と、書かれていた。


「え、金儲けって……当たらなくて、つまらなくなったから変えただけだよー」

「うん、そうだよ。ゼノ」


 ジョンとテオは弁解をするが、ノエルは黙っていた。


 他のSNSも見る様に言われ、黙り込むノエルの代わりに、テオがスマホを操作した。


 ツイッターやインスタグラムなど、様々なSNSに自分達が楽しんでいる様子と《金儲け》《守銭奴》の文字が並ぶ。


 ついにはメガバックスの前で、ブーイングを受けながら笑うノエルの動画と《スーパーアイドルも、ただの人》《空気読めない奴》《勝ち逃げする気だ!》などの文字が並ぶ。


「……ジョン、本当にごめん」


 ノエルは再びジョンに謝った。


「ノエル、何で僕に謝るの?」

「僕なら予測出来たのに……ごめん」

「だから、何で?」

「ジョン!これ見てよ!」


 テオの持つスマホに、ジョンが金髪のバニーガールのお尻を見る動画と、黒髪のバニーガールの肩に手を回す動画があり、これにも悪意のあるコメントが付けられていた。


 3人がバニーガールの尻尾しっぽに触るシーンもある。


「うわ! フォロワーが増えて行ってるし! 僕、《最低》な《セックスマシン》だって!《夜な夜なファンに手を出している》だって! そんなー」


 今までも否定的なコメントはあったが、直接、攻撃を受けた事のないジョンにはショックが大きかった。


 たった今、起こった出来事がこんなにも早く、しかも、すごいスピードで悪意をあからさまにしたまま広がっていくさまを目の当たりにして、末っ子の膝は震える。


「ノエル……ノエルのせいでは、ありませんが軽率でしたね」

「うん。ゼノ、ごめん。で、代表はなんて?」

「代表はー……」


 ゼノが答え様とすると、ノエルのスマホが鳴った。ノエルがみると、代表からの着信だった。


「ノエル、代表からですか?」

「うん。そうだよ」


 ゼノはノエルからスマホを奪い取り、プッと電話を切った。


「ゼノ! 切っちゃったの⁈ 」

「はい。先程、私がひと通り叱られたので充分です」

「でも……」

「代表にも、頭を冷やす時間が必要ですよ」

「そんなに、叱られたの?」

「ああ、スピーカーフォンにしてないのに、ハッキリと聞き取れるぐらいな」


 セスが鼻で笑う。


「ゼノ、ごめん」


 肩を落とすノエルをテオが抱きしめた。


「ノエルだけのせいじゃないよー。僕もジョンも羽根を伸ばし過ぎちゃったんだよー。僕達のファンは、分かってくれるよ」


 ゼノはいつものテオの優しさに首を振った。


「テオ。ファンサイトも、非難する声と擁護ようごする声で炎上しそうです。擁護ようごしてくれるファン達の中でも、否定するファンと理解を示すファンでめています」

「理解を示すって?」

「アイドルでも、成人男性なのだから女性と遊ぶ事もあると……」

「そんな! 僕達は話をしていただけだよ! そんな事してないって発表しなくちゃ!」


 ノエルも首を振ってテオを見た。


「テオ、こういう事は否定すればするほど、怪しまれるんだよ。ゼノ、拡散は止められないけど、これ以上、イメージを落とさない様にしなくちゃ」

「はい。私もそう思います。寄付した写真は撮りましたか? では、ノエル、知恵を絞って最適なコメントを付けてツイートして下さい」

「分かった……えっと、まず、いつもの僕達らしく……」


『カジノのスロットで遊んだよー。ジョンのビギナーズラック!寄付して帰りまーす。今夜のコンサートは盛り上がったよねー。明日に備えて寝まーす。また、会おうねー。ベガスのファンは最高!』


 ノエルは読み直し、「いや、『ベガスのファン』はダメだ。『ベガス最高』にして……よし、送信」

「まだ、気付いていない事にするんだな?」


 セスがニヤリと頬を上げて言う。

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