第415話 バニーガール


 1ドルコインのスロットマシンに移動して、またもやジョンが大当たりを連発した。


「また! ヤッター! 僕って天才!」

「すごいよ! ジョン! 箱が足りないよ!」

「ヒャッホ〜イ! ほら、またそろった!」

「ジョンの動体視力は動物並みだねー」

「ノエル、それ褒めてるんだよね?」

「もちろんだよ! あ! また!」

「止まらな〜い!」


 大騒ぎしながら盛り上がる3人に、通り掛かりの観光客が足を止め始める。


「すごい! ジョン! メガバックスに行こうよ!」

「ノエル、なにそれ?」

「ほら、あそこの大きなスロットだよ! 当たれば1000万ドルだよ!」

「え! それって、いくら?」

「100億ウォンだよ!」

「ひゃ、ひゃ、ひゃ〜!」

「行くしかないでしょー!」


 ノエルとジョンはメガバックスに向かい走り出す。


「ちょっと、待ってよー」


 テオが、1ドルコインがいっぱい入った重い箱を運ぶ。


 ノエル達は20ドル分を投入し、巨大なスロットマシンの前で、ワクワクとしながら高速の回転を見守った。


 1回目、2回目と続けざまに絵柄はそろわず、投入した20ドルは、瞬く間になくなる。3人を取り巻く人々が、3人と同じ様に悔しがった。


「ダメだー! もっと、コインちょーだい!」


 手を伸ばすジョンに、テオは1ドルコインを箱ごと差し出す。ジョンは再び20ドル分を入れて、「とりゃー!」と、気合を入れてボタンを押した。


 回転する3つの絵柄が、1つずつ止まるたびに3人は悲鳴を上げ、周りには足を止める観光客が増えて行った。


 結局、この20ドルもマシンに吸い取られ、ジョンが頭を抱えて叫び、3人を何重にも取り巻く人々から大きな笑いがき起こる。


「どうしよう⁈ もう1回やる?」


 ジョンはノエルに聞いた。


「えー。これって、ラインが1本だから当たる気がしないよねー。さっきのスロットに戻ろう」


 3人がメガバックスの前を離れ様としたので、観客からブーイングが起こった。


 始めて、取り巻く人の目に気が付いたノエルは、笑いながら顔の前で手を振って『無理』と、ジェスチャーをして見せ、1ドルコインのスロットにジョンを座らせる。


 ジョンは、再びスロットの才能をみせた。


「これ、これ。当たらないと面白くないよね〜」


 ノエルはジョンにボタンを任せ、ベットコインを投入して行く。テオは、次から次へと出て来るコインを箱で受け止め、新しい箱を探して来ては積むを繰り返した。


 カジノのバニーガールが台車を持って手伝う。


 テオは笑顔で「サンキュー」と、言いながら、台車に箱を積んだ。

 

「バ、バニーガール! 本物だー!」


 ジョンは金髪のバニーガールのお尻を目で追う。


「ちょっと、ジョン! 集中してよ!」


 ノエルに叱られても、ジョンはお尻から目が離れない。


「本当にバニーガールっているんだー」

「職業名でしょ!」

「え! そうなの⁈ バニーガールっていう人種というか、文化の人なんだと思ってたー」

「タイムカードを押したら、耳も尻尾しっぽもロッカーにしまうんですー」

「えー、知らなかったー!」

「セスがいたら、一生、笑い者にされる所だったね」

「なんだよー。テオは知っていたの?」

「当たり前だよー。……職業名とは知らなかったけど」

「ええ⁈ テオーまで⁈ しっかりしてよー」

「だって、ノエル。ああいう格好のファッションだと思ってたんだよー。日本のゴスロリ的な?」

「もー、恥ずかしいなぁ」


 ノエルが髪をかき上げると、背後からクスクスと笑う声が聞こえた。


 3人が振り返ると、そこには黒髪のバニーガールが立っていた。バニーガールは英語なまりの韓国語で自己紹介を始めた。


「ハロー。私はチェン・ロゼです。昨日、コンサートを見ました。私はファンです。何か、お手伝いしましょうか?」


 言葉の通じる、小柄で可愛らしいバニーガールに話しかけられ、ジョンの口角は歯が見えるほど上がる。


「何を、お手伝いしてくれるの⁈」

「こら、ジョン。仕事中の姿だって言ったでしよう。ロゼさん、ありがとう。でも、今の所、困っていないよ。ロゼさんは、こちらの方?」

「はい。カーソンシティ出身です」

「韓国語がお上手ですね」

「ありがとうございます。家では韓国語を使う様にしています。昔は嫌でした」

「嫌⁈ 韓国語が嫌だったの?」

「はい。格好悪いと思っていました。今は、あなた達の歌詞を聞いて、韓国語が分かるのは、とても嬉しいです。勉強を始めました」

「勉強? 韓国語の?」

「はい。ハングルを書く練習をしています」

「すごいね。頑張ってね」

「はい、頑張ります」

「ところでさ、ロゼさんは誰のファンなの?」


 ノエルは意地悪な質問をする。


 チェン・ロゼは、チラリとテオを見た。


「僕? 嬉しいなぁ。末永すえながく、よろしく」

「すえ?」

「テオ、難しい言葉を使っちゃダメだよー。これからも、よろしくって意味だよ」

「ああー。ありがとうございます」

「いえ、いえ。本場のバニーガールに会えるなんて嬉しいなぁ」

「その尻尾しっぽ本物?」


 ジョンの質問の意味が分からず、ノエルは「はぁ?」と、ジョンを見る。


「だからー、尻尾しっぽ

「フェイクファーか、リアルファーかって聞いてんの?」

「ううん。生えてんのか」

「生えてるわけないじゃん!」


 ロゼが笑いながら「触ってみます?」と、お尻をジョンに向けた。


「え! いいの⁈ 触りたーい」

「ジョン、尻尾しっぽだけだよ」

「分かってるよー。うわ〜! フサフサだよー!」

「ロゼさん、僕も触ってみてもいい?」

「どうぞ」


 テオも、ロゼの尻尾しっぽをそっと触る。


「本当だ。すごいフワフワ。ノエルも触ってみなよ」


 ロゼは、ノエルにも黒い網タイツのかかるお尻を差し出した。


「そのポーズ、夢に出て来そうだよ」


 そう言いつつ、ノエルも尻尾しっぽれる。ロゼは「あ〜ん」と、ふざけてお尻を振ってみせた。


 3人は「やめてよー」と、照れながらも、ロゼのウサ耳を触り、カチューシャではないと驚いたり、バニーガールになる条件などを聞いて、話は尽きなかった。


「この尻尾しっぽ……外す所を見せてあげましょうか?」


 ロゼが思わせぶりに言い出した。テオは嫌な予感がしたが、黙ってロゼの話を聞いた。


「もうすぐ仕事あがりの友達が、2人いるんだけどー……ルームナンバーを教えてくれれば、3人でノックするわ。1人は金髪のバニーよ」

「金髪のバニーガール! お近づきになりた〜い! ねぇ、ノエル、いいでしょ〜?」


 ジョンは意味が分かっているのかいないのか、ノエルに甘えた声を出す。


 ロゼの言う意図がハッキリと分かるノエルは、言葉を濁らせた。


「え、えーと……僕達は、そういうのは……」

「あら。ゲイって噂は本当だったの?」

「なにそれ⁈ 僕達、ゲイじゃないよ! ねぇ、ノエル〜」


 ジョンはロゼの肩に手を回す。


 テオがノエルのそでを引いた。ノエルはテオを振り返り、うなずく。


「ごめん、ロゼさん。すごく魅力的だけど、僕達はそういう事はしないんだ。誘ってくれてありがとうね」


 ノエルのそでを引くテオの手の動きが早くなった。

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