第414話 光の三原色


「え、いえ。見ていません」


 突然、厳しい口調になったユミちゃんに、ソヨンとメイク室内は凍り付く。


「もしかして、今まで全公演のリハと本番を見ていないんじゃないの?」

「あ、はい。見ていませんが……」

「あのさー、私、見なくていいって教えたっけ?」

「いえ、可能な限り見ろと……」

「特に海外公演では、必ずライトの色調を確認しろって言ったわよね?」

「は、はい。日本公演でチェックしました」

「日本でって! ここはラスベガスよ⁈ しかも、ここに併設されている会場は歴史的価値があるくらい古い設備なのよ⁈ 照明がLEDでなくて、全部、カラーフィルムなの気付いてた?」

「あ。いえ……」

「しかも、折れ筋が付いていたり、ボロボロだったわよ!」


 ユミちゃんが怒る意味が分からず困るソヨンをノエルが助けた。


「ユミちゃーん。それと、メイクの何が関係があるの?」


 ユミちゃんは腰に手を当てたまま、ソヨンをにらんで言った。


「会場ごとに色調が違うのよ。特に青がね」


 ソヨンは「青」と聞いて、あっと、思い出し口に手をやる。


「思い出した? だから、会場ごとに照明をチェックしろと、あれほど……」

「すみませんでした! 皆さん、メイクのやり直しをします」

「え! 何でですか?」

「それは、その……」


 ソヨンは記憶を辿りながらメンバー達に説明をした。


「皆さんのベースメイクをイエローにしてしまいました。これは、青いライトを浴びると黒く見えてしまいます。今まではLEDの調光を照明さんがしていてくれていたのだと思います。ここはフィルム照明なので、細かい調光が出来ず……」

「あんた達の顔が、黒くなるって事よ」


 ゼノだけが、合点がいったとうなずいた。


「光の三原色ですね」

「そうよ。黄色い色は青いライトでは見えないの。さ、直すわよ。落とす時間はないわ。ファンデを乗せるわよ」

「はい!」


 メイクを直してもらながら、ゼノは疑問を口にした。


「我々のチームの照明は使わないのですかね?」

「多分、会場が狭いからLEDライトだと、お客さんがまぶしく感じるんじゃないかしら。それか、単純に設置が難しかったか」

「はー、なるほど……ユミちゃんは、いつも、リハを見て色を決めているのですね?」

「当たり前じゃない。あと、衣装に反射した色も配慮しているわ。撮影なら、色は後でいくらでも変えられるけどライブでは、そうはいかないでしょ」

「はぁー、だからユミちゃんは早くから、チーフなんですねー」


 ノエルはゼノに(今だ!年齢を聞いて!)と、合図を送る。しかし、ユミちゃんに、あっさりとバレた。


「ノエル。私はね、大学でカラーコーティネーターの資格を取ってるの。で、入社した時から、チーフメイクを任されているのよ。ゼノよりも少〜し、ほんの少〜し、お姉さんなだけよ。分かった⁈」

「はい、分かりました!」

「さぁ、豚ども! みっともない背筋ダンスを見せて来なさい!」

「ユミちゃーん! 公演前にモチベーション下がるよー」

「現実を受け入れて、頑張るしかないでしょ! はい! 諦めて元気だしな!」

「めちゃくちゃだよー」


 ノエルの声にメンバーだけではなく、マネージャーらスタッフも大笑いをする。


 舞台袖で体をほぐしながら、テオは嬉しい気分でいた。


(バレるのは怖いけど、トラブルが信頼する人は、やっぱり仕事の出来るカッコいい人ばかりだなぁ。僕も頑張らないと。夜、ラインしよっと)


 いつもより小さめの会場は、ファン一人一人の顔が見えるほど距離が近く、ドームやスタジアムコンサートばかりを行なって来たメンバー達にとって、懐かしくも新鮮だった。


 ノエルはギプスを真っ白に塗り直してもらって良かったと思った。


(この距離だと、顔拓がんたくが完全に見えちゃっていたね。ユミちゃん感謝〜)


 ジョンのひたいのテープは、ユミちゃんの予測通り5曲目でがれ出し、白いヘアバンドをつけて、難を逃れた。


 初のラスベガス公演を無事に終わらせ、メンバー達は各自、部屋に戻って衣装とメイクを取る。


「テオ、カジノに行ってみない?」


 ノエルがテオを誘いに来た。


「うん、行ってみたい。ジョンも誘う?」

「そうだね、後で知れたら面倒だし」


 ノエルとテオは、ジョンの部屋をノックする。


「はい」


 中からソヨンがドアを開けた。


「ソヨンさん! 何してるの⁈」

「あ、絆創膏をがして、薬を……」

「あー、そうか。ジョンの部屋にいるからビックリしたよー」


 ノエルに言われ、ソヨンの顔は真っ赤になる。


「ノエル、テオー、どこか行くの?」

「うん、カジノに行こうと思って誘いに来たんだ」

「行きたい! ちょっと待っててー」

「うん、待ってるよ」


 ノエルはジョンのベッドに座り、テオはソファーからソヨンの手元を見る。ソヨンは、丁寧にコンシーラーを落とし、化粧水で皮膚を落ち着かせる。ひたいの低くなった火山のてっぺんに軟膏を付け、絆創膏を貼った。


「はい、終わりです。お疲れ様でした」

「ありがとう。ソヨンさんもカジノを見に行こうよ」


 ジョンはソヨンを誘うが、ソヨンは明日、朝の便で韓国に帰るので、荷物をまとめるからと誘いを断った。


「そっかー。明日、帰っちゃうんだー」

「はい。弟の面倒を母1人に任しているので」


 ソヨンはノエルをチラリと見て、頭を下げて部屋を出て行った。


 テオは、その様子に、ノエルにお節介と分かっていて聞いた。


「ノエルー、ソヨンさんと話さなくてイイの? しばらく会えなくなるんだよ?」

「何を話すの? 何も話す事なんてないよ」

「そうだ! ノエルに話はない! 話さなくちゃいけないのは、僕だ!」


 ジョンはソヨンの後を追って、走って出て行ってしまった。


「嘘……ジョンってば、積極的」

「テオー、感心している場合じゃないよ。ジョン、部屋のキーを持たずに出て行っちゃったよ? 僕達、ジョンを待たないとじゃん」

「え、ラインしておけば……」

「ジョンのスマホ、そこ。もー……あ、帰って来た」

 

 ジョンは肩を落として部屋に戻って来た。


「ジョン、もう、振られちゃったの?」

「違います。ソヨンさんの部屋がどこか分からなかった」

「あはっ! 逃げられちゃったのー」

「違います! 部屋が分からなかったの!」

「まあまあ。さ、カジノで遊んで来よう」


 3人はホテルのカジノに降りて行く。


 テーブルのカードゲームやルーレットは英語力の敷居が高く、スロットマシンで遊ぶ事にした。しかし、25セントコインはみる間に無くなって行く。


「何これー。ノエル、コツとかあるの?」

「知らないよー。また、コインに変えてこなくちゃ」


 隣のスロットでジョンが悲鳴を上げた。


「ちょっと! 止まらないよ! 入れ物持って来てー!」

「うわっ、ジョン、大当たりじゃん!」

「早くー! あふれちゃうよー!」

「はい、はい、はい」


 通り掛かる人々に拍手をもらい、ジョンはご満悦で、元金の100ドルを何倍にも増やした。


「ジョン、すごいよー」

「へへー、すごいでしょー」

「やった事があるの?」

「ううん、始めて」

「よし! その運を持って、1ドルコインのスロットに行こう!」

「ノエルー、欲張ると損をするよ?」

「あぶくぜにじゃ〜ん」

「うわ、悪い顔」


 この、ノエルの提案が、のちに代表に頭ごなしに叱られる事態になるとは、思いもよらない3人だった。

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