第315話 テオの乳離れ


 ホテルを出発する時間になり、マネージャーがメンバー達の部屋をノックして行く。


「トラブルはバイクだよね。じゃ、後でね」


 テオはチュッとキスをして、先に部屋を出た。メンバー達と合流して地下駐車場に降りる。


 地下駐車場では、ア・ユミとダテ・ジンが待っていた。朝の挨拶もそこそこにア・ユミはジョンに心配していたと告げる。


「ジョンさん、ご無事でしたか」

「うん! え? なんで?」

「え? って、ええ⁈」


 ア・ユミとジョンの噛み合わない会話を遮って、ゼノはダテ・ジンに声を掛けた。


「ダテ・ジンさんはバイクに乗るのですか?」

「はい。実家、久しぶり、取り行き、ました」


 ダテ・ジンはライダージャケットを身にまとい、ヘルメットを持っていた。


「ダテ・ジン、カッコいいじゃーん!」


 ジョンに褒められ、照れて頭をく。


 テオは、嫌な予感がした。


 少し遅れてトラブルが駐車場に現れた。立ち話をしているメンバーの中に、ヘルメットを持つダテを見つけ、近くにあるバイクを指差す。


『あ、トラブルさん! そうです、それが僕のです』


 ダテは日本で言いながら、トラブルに走り寄る。


『学生時代は、よくツーリングに行っていました。トラブルさんのバイクを見て久しぶりに乗りたくなって。ご一緒してもいいですか?』


 トラブルは笑顔でうなずき、ヘルメットをかぶる。


 テオは、2人の親しげな様子に指を差し、口をパクパクとさせるが、ゼノに止められた。


「まぁまぁ、テオ。1台に乗るわけではありませんし、大丈夫ですよ」


 ゼノに肩を押され、車に乗り込む。


 ア・ユミは、ゼノの言う『大丈夫』とは、『自分は大丈夫』という意味だと、勘違いをして聞き取った。


(伊達くんったら、ゼノさんの前で……)


 惚れっぽい後輩に眉をひそめる。


「さ、出発します」


 マネージャーは、そう言って車のドアを閉めた。


 トラブルとダテ・ジンは、それぞれ、バイクにまたがり、エンジンを暖めてグローブを装着する。


 メンバー達の車に続いて駐車場を出た。


 テオは後部座席で後ろを振り返り、ずっと不満げにバイクの2人の様子を見ていた。


 ノエルがギプスでテオの視界を遮っては、テオをイラつかせて、からかう。


 ゼノはテオをなだめつつ、ノエルを注意するがノエルは面白いと幼馴染をからかい続けた。


 最初の信号待ちで、ダテがトラブルにこぶしを差し出す。トラブルも腕を伸ばし、ダテの拳に自分の拳を当てて応えた。


 それを目撃したテオは大きく息を吸い込む。


「何、今の⁈ ゼノ、見た⁈ ねぇ見た⁈」 


 テオが興奮してゼノの胸ぐらをつかむ。


「テオ、落ち着いて下さい!」

「カン・ジフンさんにぐ、ライバル登場!」


 ジョンが面白がって叫び、ノエルは膝を叩いて笑う。


「ダテ・ジンはセスが好きなんじゃないの⁈」

「テオ、呼び捨てにしない。セス、どうにかして下さい」

「俺を巻き込むな」


 朝のセスはいつも以上に機嫌が悪い。


「なんで⁈ 僕いて、ゼノ彼氏! でも、あれの! この! 手を! これは! なんなの! どんななの!」

「うわー、久々のテオ語、炸裂したねー」

「ノエル、笑ってないで……テオ! 暴れないで下さい! ジョン、テオを押えて!」


 トラブルとダテのバイクの後ろの車両から、ア・ユミは、この光景を見ていた。


 ア・ユミには、ゼノが暴れてテオとジョンが取り押さえている様にしか見えなかった。


(あらー……)


 次の信号待ちで、ダテがトラブルに話し掛ける。トラブルはそれを聞こうと、バイクを傾けた。


 2人はヘルメットを近づけて、うなずき合う。


 またもや目撃したテオは目を見開き、息を吸い込んだまま固まる。


 ゼノは「もー! 早く走り出して下さい! テオが持ちませんよー!」と、頭を抱える。


 ア・ユミには、それが、またゼノが頭を抱えて怒っている様に見えた。


(伊達くん、クビ決定だわ……さようなら〜)


 首都高に入り、バイクの2人はスピードを上げる。


 メンバー達の車を左右から追い抜き、ワザと前でジグザグ走行をして見せた。


 マネージャーが窓を開け、トラブルに向かって怒鳴るが、2台のバイクは嘲笑あざわらう様に、さらにスピードを上げてマネージャーから逃げて行った。


「スピード違反で捕まっても知りませんからね!」


 マネージャーは、憤慨ふんがいしたまま、窓を閉める。


「トラブル、楽しそう……」


 テオは、置いてけぼりにされた仔犬の様に、大人しくなった。


「テオー、ダテ・ジンは女子力高めだから心配いらないよー。危ない事をするなってラインで怒ってみれば?」


 ノエルはテオの顔を見るが、テオは口を尖らせたまま黙っている。


「テオ?」

「ノエル。僕、今どんな顔してる?」

「え。ねている様な、怒っている様な……」

「ダメだ。トラブルが楽しそうなんだから、僕も楽しそうな顔をしなくっちゃ。ダテ・ジンさんにトラブルと遊んでくれてありがとうって顔、しなくっちゃ」

「テオー、なんで?」 

「だって、僕は遊んであげられないから。トラブルには日本でいい思い出を作って欲しいんだよ。せっかく楽しそうにしてるんだから、楽しい気持ちのままでいて欲しい」

「でも、テオの気持ちは? テオは嫌な気分になったんだから、それを伝えた方がいいんじゃない?」

「ううん。ノエル、僕は大丈夫。僕達は大丈夫」  


 テオは両手で顔を叩き、気合を入れる。


「テオ、強くなったね」

「そう?」

「相手の気持ちを優先させるなんて、テオじゃないみたいだよ」

「え、悪い事なの?」

「悪くないよー。 悪くないけど、不満をめておくのはやめた方がいいよ。爆発したらトラブルを失うよ? 少しずつ出していかないと」

「ノエル、何言ってんの? 不満なんてめてないよ。気持ちを切り替えただけ」


 前の座席でセスが笑い出した。


「ノエル、テオの方が恋愛の達人になりそうだな」

「そうですね。今はテオが大人に見えますよ」

「ゼノまで、テオに1票なんだね。いいもん、別にテオと張り合っているわけじゃないもーん」


 ふんっと、顔を背けるノエルに末っ子が口を開いた。


「なんか、ノエルが嫉妬しっとしてないー?」

「お。ジョン、よく気が付いたな。テオのノエル離れだ。よく、見ておけ」

「セス、なんなのそれ。乳離ちちばなれみたいに言わないで」

「乳離れだろ。テオはノエルのちちからトラブルのちちに…… イテっ! なんだよ、ゼノ!」

卑猥ひわいな事を言ってないで、はい、着きましたよ」


 移動車は会場の駐車場に入り、メンバー達は揃って車を降りる。すると、トラブルはダテに手を振って別れ、テオの元に走って来た。


 その顔は実に楽しそうで、テオは見ただけで幸せな気分になる。

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