第314話 信じて手放すのは難しい


 自室に向かい歩きながら、ゼノはトラブルを振り返る。


「すぐに見つけられたのですか?」


はい。セスのヒントの場所にいました。


「セスのヒント? さすがと言うか神憑かみがかり的と言うか……ア・ユミさんには連絡しておきます」


ジョンを叱らないのですね。


「ん? 叱る? ジョンをですか? マネージャーに叱られたので充分ですよ。ジョンには、すべての経験が必要なんです。今日の事も彼の為になったと信じていますよ。少し、ヒヤヒヤしましたが」


 ゼノは肩をすくめる。トラブルはその言葉に立ち止まった。


(信じて、手放す……)


家族だからですか?


「家族? 我々は家族の様に生活をしていますが、家族ではありません。一生、面倒を見る事は出来ませんよ。いつか、別々の道に進んでも、困る事のない様にしてあげるのが精一杯です。ま、マネージャーは完全に親心で接していますけどね」


別々の道……。


 ゼノには手話は正確に読み取れないが、未来を考えるのは良い事だと言った。


「皆んなや、トラブルの10年後はどうでしょうね。想像してみると楽しいですよ。では、私も休みますね」


 ゼノは部屋に戻って行った。


(10年後……私は10年後、生きているだろうか ……甘いものが食べたい)


 トラブルは自室に入り、壁のドアをノックする。


 すぐに、テオがドアを開けた。


「トラブル、おかえり。ジョンは見つかったんだね。朝ごはん、食べて。貧血は大丈夫? こっちに座って」


 テオはトラブルのワゴンを自室に運び、オレンジジュースをグラスに注いでトラブルに渡す。


「パン、冷めちゃったけどバター塗っていい?」


 テオは甲斐甲斐かいがいしくトラブルの世話をやく。


 トラブルは、公演前なのだから休んでいて下さいと、笑顔で手話をした。


「うん。でも、心配だったんだよ。2人を失うかもって……セスは子供じゃないって言うけど、だけど、本当に心配したんだよ……」


 トラブルはテオを抱きしめた。


(優しい子……)


 そのままベッドに押し倒す。


「トラブル?」


 トラブルはテオの額にキスをした。次にまぶたにキスをする。 


 横になって抱き合ったまま、テオの背中に手を回してマッサージを始めた。


「寝かし付けようとしてる? でも、昨日、よく寝たから無理だよ」


 自分の胸元にテオの顔を押し付けて、首筋をマッサージする。


「んー。気持ちいいけど、もっと気持ちいい事したくなっちゃう」


 テオはトラブルの胸に手を伸ばした。


(こら……)


 手首をつかんで止めさせる。


「押し倒したのトラブルじゃん。もうダメ。心配のお返ししてもらう」


 服の中に手を入れた。


(お返し? いや、ダメ。今したら出血多量で本当に死ぬ)


 トラブルはテオの頭をパシッと叩いた。


「痛! 出来ないのは分かってるから。これ温かくて、めちゃくちゃ柔らかい……見ていい?」


ダメです。


(人の胸を、これって言うなー)


テオ、眠たくないのは分かりました。話をしましょう。


「うん、後でね」


 テオは片手で服をめくり上げた。


 トラブルは咄嗟とっさに胸を隠しながらうつ伏せになり背中を向ける。


 その背中の服を上げ、テオは背中にキスをした。


 光の加減で、小さな傷と大きな傷が見え隠れする。


 一つ一つの傷にキスをしながら、テオは片足をトラブルの足の間に入れた。


(どうしよう。気持ちいい……止めて欲しくない……でも、貧血で仕事にならなくなる……テオ、ごめんね)


 トラブルは、くるりと向き直り、自分の服を下ろす。


 そして、発情中の彼氏をじっと見つめた。


「う、ごめん。でも、これがどうにもならなくて……どうにかして」


 股間をトラブルに押し付ける。


(どうにかしてって……そこのそれは……)


自分で処理して下さい。


「絶対、言われると思った。あー、彼女が目の前にいるのに、むなしいなぁ」


貧血が治っていれば良かったのですが。


「え、貧血が問題だったの? 生理でなくて?」 


ん? はい。生理だけなら問題はありませんが、貧血と重なったので……。


「待って、生理ってどのくらいで終わるの? え、1週間⁈ 貧血はいつ終わるの?」


(貧血が終わる?)


私の貧血がいつ治るかは分かりません。生理と重なってなければ、ヤレ……出来ると思います。


「生理が終わった頃には僕はアメリカに出発だよ⁈ えっと、その後はフランスだっけ? 一時帰国するんだっけ? え! ツアーが終わるまで、お預けって事⁉︎ 辛すぎるー! 浮気しちゃうよー!」


 テオは大袈裟に嘆いてみせた。


浮気……してもいいですよ。


「なんで、そんな事言うの⁈」


私の体調のせいなので。私を想いながらだったら、他の誰かに処理してもらっていいです……でも、私の所に帰って来て下さいね。


「ごめん、トラブル。悲しい顔しないで。浮気なんかしないから、少し大袈裟に言ってみただけだよ。ごめんね」


 テオはトラブルをギュッと抱きしめる。


 経血量けいけつりょうが増えたと感じた。笑顔でテオの腕をほどき、足早に自室のバスルームに向かう。


 テオは白いシーツの上に、赤い点を見つけた。


「トラブル! 血が出てるよ!」


 トラブルはバスルームの前で振り返り、分かっていますと、手話で返した。


 トイレで下着を取り替えながらトラブルの顔は赤くなる。


(あんなキスだけで、こんな……。私だって、仕事をしなくていいなら、死んでもいいからシたいよー……)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る