第316話 たぶんトラブルらしき人


「トラブル、楽しかった?」


 トラブルは破顔はがんしたまま、はいと、うなずく。


「良かったね」

「良くなーい! 危険行為です! 接触事故でも起こしたらどうするんですか! マスコミ対応をする、こっちの身にもなって下さいよ! まったく今朝といい、トラブルばかり引き起こして!」


 マネージャーはテオをさえぎり、トラブルを頭ごなしに叱る。トラブルは、ごめんなさいと、首をすくめた。


 テオは口角を下げる恋人の腕を引き、会場入りする皆を追いかけた。


「今朝の件はトラブルの責任ではありませんよ」


 ゼノがフォローし、マネージャーの矛先ほこさきはジョンに向けられる。


「そうですね! ジョン! 反省していますか⁈」


 突然、話を振られたジョンは「はい! 反省しています! なんとなく……」と、頭をく。


「なんとなく反省って何だよ」


 セスがツッコミながら控え室のドアを開け、それぞれ荷物を置いてマネージャーにうながされるままにメイク室に移動した。


「おはようございます」


 ソヨン等メイクスタッフと、いつもの様に挨拶を交わし、5人は鏡の前に座る。


 ソヨンはノエルの肩にタオルを掛け、下地クリームを塗り始めた。


「ソヨンさん、ご機嫌だね」


 ノエルに言われ、ソヨンは昨夜、東京見物に出かけたと明かした。


「皆んなと浅草に行って来ました」

「あさくさ?」

「はい。地下鉄に乗って、お寺を見て、お土産屋さんで買い物をして来ました。日本的な街並みで、散策だけでも楽しいですよ」

「いいなー、あさくさは行った事がないなー。何を買って来たの?」

「母には足の疲れを取るシートで、弟には入浴剤を買って来ました」

「入浴剤?」

「はい。日本中の温泉を家で体験できる入浴剤です」

「いいなー」

「皆さんにも、買って来ましたよ」

「え、僕達に?」

「はい。まだまだツアーは始まったばかりですからね。ホテルで疲れを取って下さい」

「うわ、皆んな、ソヨンさんが僕達にお土産を買って来てくれたって!」

「え、本当ですか? 気を遣ってもらってスミマセン」

「いえ、ゼノさん、大した物ではないので。あの、トラブルにも買って来たんですけど、トラブルは?」


 ソヨンはテオを見る。


「ん? そういえば、いつの間に、どこに行ったんだろう?」


 テオはメイク室を見渡しながら、メンバー達の顔を見た。


「控え室に一緒に入りましたっけ?」


 ゼノに言われ、テオは思い出そうとするが、どこでトラブルと別れたのか思い出せない。


トントン。


 メイク室のドアがノックされた。


 ア・ユミが顔を出し「トラブルさんは、いらっしゃいますか?」と、聞く。


「あ、いえ、いませんが……ア・ユミさんもトラブルを探しているのですか? 我々も、どこに行ったのだろうと考えていたのですよ」

「トラブルがどうかしたの?」


テオは不安を隠さずに、ア・ユミに聞く。


「あの、日本のスタッフの方が、たぶん、トラブルさんを探していまして……」

「たぶん探しているって、なんだよ」


 セスが鼻で笑いながら言い返す。


「こら、セス。ア・ユミさん、説明して下さい」

「あ、はい。何でも、昨日の公演中に故障したりをトラブルさんらしき方が直し、で、点検が終わった報告とお礼を言いたいと、こちらの方が……」


 日本人の中年の男が、メイク室をのぞいた。


佐瀬木させぎさんよ、ここには昨日の姉ちゃんはいないな』

『そうですか。今、聞いていますのでお待ち下さい』


「トラブルらしき方とは、どういう意味ですか?」


 ゼノはあくまでも丁寧に聞く。


「あの、お名前は分からないのですが、その方が筆談で日本語を話していたと言われまして、トラブルさんではないかと……でも、トラブルさんがりを直すなんて、あり得ませんよね」

「あー、ア・ユミさん、あり得ます。トラブルは大道具の技術・機材班にも所属していて……りとは、昨日のテオの上がらなかったりの事ですか?」

「はい、そのようです」

「あれ、トラブルが直してくれたんだ……でも、本当にどこに行っちゃったんだろう?」


 テオがつぶやく。


『あ! この顔! 昨日の姉ちゃんに、そっくりだ!』


 中年の日本人スタッフは、ア・ユミに向かい、テオを指差す。


「この方がテオさんに、そっくりな方だったとおっしゃっています」

「ああ、それならトラブルで間違いないでしょうね。セス、トラブルはどこにいると思います?」

「知るか。俺は失踪人捜索の超能力者じゃない」


 ふんっと、顔を背けるセスの扱いを、ゼノは心得ていた。


「超能力者だなんて思っていませんよ。でも、シャーロック・セスなら、どこを探しますか?」

「……奈落ならくだ。昨日の修理箇所が気になって見に行くはずだ。いなければ、ダテ・ジンと遊んでいるかだ」


 ア・ユミは、日本人スタッフに伝え「ありがとうございました」と、メイク室を出て行った。


「セス? ダテ・ジンと遊んでいるなんて、どうして思うの?」

「テオ、顔がヤバイぞ」

「だって! 2人で消えたって事でしよ⁈ その、こん、こん、こん……」

根拠こんきょ

「そう! それです! ノエル、ありがとう! 根拠を教えて下さい!」

「お前、気持ちを切り替えたんじゃないのか?」

「それは、あれ! これは、それ!」

「テオ語、炸裂中」


 ノエルが髪をかき上げて笑う。


「根拠はー……」

「セス、言葉に気を付けて下さいよ。皮肉や嫌味は必要ないですからね」


 コンサート前にテオのテンションを下げられては困ると、ゼノは先に釘を刺す。


「はい、はい。根拠は……」

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