第224話 勇者の家


「まだ、営業していてくれて助かりましたね。ジョンが寝ているから、誰か残っていないと」

「俺が残る」

「そう言うと思いましたよ」


 ゼノとテオが車を降りると、セスも目をつぶった。


 ノエルの、痛みに歪む顔が思い出される。そして、意識が唇に戻る瞬間の感覚も……。


『私には、想定出来た事故です』


(あいつは、いつも自分を責めているな……そんな生き方、もうめろよ……)


 セスは浅い眠りの中に落ちて行った。






「あ、セスも寝ちゃっているよ」

「皆んな、疲れていますね」


 2人は買ってきた寝具をトランクに押し込む。


「テオ、ケーキ屋さんはどの辺りですか? トラブルの家もナビに入れておけば、テオも少しは寝られますよ」

「うん、住所は分かんないんだよねー。えーと、このへん

「あの、テオ、拡大した地図で指差してもらっていいですか?」


 テオに詳細な道案内は無理だと、ゼノはカーナビの地図を拡大する。


「あ! あった! この店マークがケーキ屋さんだよ!」

「これですね。店舗情報はー……ありました。ここで間違いないですか?」

「うん!トラブルの家は、もう少し先を、この辺! この辺りの草むらを降りて行くんだよ」

「草むら⁈ 道はあるのですか?」

「うん、かろうじて、ある」

「車、大丈夫かなー……」

「カン・ジフンさんのトラックが通れたから大丈夫だよ」

「トラックとは、車高が違いますからねー……」


「あいつが、ゼノの車が入れない場所に来いって言うわけないだろ」

「セスが起きた!」

「起きてました。早く行かないとケーキ屋、閉店するんじゃないのか?」

「本当だ!」

「急ぎましょう」


 ゼノの車は幹線道路を軽快に走って行く。


「交通量が多いですね……あ、あのケーキ屋さんですか?」

「そう! ジョン、起きてー! ケーキ買うよ!」


 ケーキの単語にジョンの耳は反応した。


「ん、う〜、食べる〜」

「うわっ、1発で起きたぞ。今までの苦労は何だったんだ⁈」

「衝撃の事実ですね」


 閉店30分前の店内は閑散かんさんとしていた。


 芸能人の来店を知らせる色紙が数枚飾られている。


 4人の来店に店主が驚いて接客をした。


「撮影か何かですか?」

「いえ、プライベートです。ケーキは残っていますか?」

「ケーキは、これとこれの2種類だけですが」


 店主は1番小さいサイズのホールケーキを指差した。


「では、その2種類を下さい。あとはー」

「惣菜パンは、これだけですか?」


 テオが店主に声をかける。


「はい、そこに出ているものと、あとは食パンが1斤あります」

「全部、下さい!」


 ジョンが、力を込めて言う。


「はい、今、お包みします」


 ゼノが財布を出そうとするとテオが止めた。


「僕が払うよ。さっき、払ってもらったし」

「お。では、お願いします」


 テオは電子マネーで会計を済ませた。


 車に乗り込み、ナビにない道を案内する。


「そこのコンビニの手前をー……ここ!」

「ここ⁈ ここって、どこですか⁈」

「通り過ぎちゃったよー!」

「ええ⁈ 道なんかありました⁈」

「暗いけど、あるんだよー。Uターンして!」

「無理ですよ!」

 

 セスが大きく腕を動かして橋を指差した。


「橋を渡って向う岸から回り込んで戻るしかないな。最徐行で探すしかない」

「後続車がいたら無理ですよ」

「じゃあ、コンビニの駐車場に入って、タイミングを見計らってUターンだ」

「コンビニ過ぎましたよ!」

「だからっ、回り込んで戻って来てからだ」

「成功する気がしませんがー」

「ねえ、トラブルに立っていてもらえば? 曲がる所に」

「おー! ジョン、賢い! テオ、トラブルに連絡して下さい」

「分かった」


 橋を渡り、川向こうを走り、もう一度橋を渡り、車はケーキ屋の前を通り過ぎた。


 コンビニの明かりが見えて来た。


「いた!トラブルだ!」


 トラブルは対向車を止め、スマホのライトを振っていた。


 車は右折し、ゆっくりと真っ暗な坂を下る。


「何も見えませんよ」


 ゼノは恐々こわごわと、ライトに浮かぶ砂利道のカーブにハンドルを合わす。


 トラブルの誘導で車を停車させた。


 青い家は全ての明かりがともり、メンバー達を歓迎していた。


 ジョンが飛び降りる。


「うわー! 異世界ダンジョンの勇者の家みたいだー!」

「何だそれ」


 セスのつぶきにジョンの耳は反応しない。


「すごーい! 早く入りたーい!」


 テオはトラブルと目を合わせて笑い合う。

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