第331話 運び屋⁈


「バーカ」


 セスは声を震わすテオに遠慮なく言い放つ。


「運び屋と疑われるんだよ。2泊3日で帰国して1日でまた出国しようとする奴は怪しいだろ」 

「そうか……じゃあ、僕達、今夜が最後なの?」


 トラブルは、え! と、テオを見る。


「テオー、何で最後なのさー。まったく……ほら、2人にしてあげるから話し合って」


 ノエルはテオの肩に手を置いて「皆んな、出よう」と、テオを残して控え室を出た。他のメンバー達もそれに従う。


 2人きりになったテオはトラブルの手を取り、ソファーに座らせた。


 ギュッと愛する人の手を握る。


「……トラブル。日本は思ったよりも悪くなかったかな。あの……思い出して辛くなる事はなかった?」


はい。日本語に不自由を感じませんでしたし、日本円で買い物も楽しかったです。


「楽しかったんだ。良かった……」


テオ、今度は2人で旅行に来ませんか?


「旅行⁈ お忍びで⁈」


はい。温泉に行きたいです。富士山の見える温泉宿で、のんびりと過ごしたいです。


「それ、すごくいいね。美味しいモノを食べよう」


ハングルとキムチ禁止で。


「禁止⁈ なんでさ!」


日本人になりすまして日本人ごっこ。お忍びなので韓国人とバレてはいけません。


「えー! それ、ハードル高いよ! 絶対ムリ!」


やってみなくては分かりませんよ? 案外、バレないかも。


「そうだけどさー……」


 テオは目を伏せ、トラブルの膝を見ながら「明日、帰ったら戻って来ないつもり?」と、つぶやく様に聞いた。


 トラブルは手話で答えようとするが、テオは顔を上げない。


「答えなくていいよ。分かっているから。セスが正しいよね。僕達が一緒にいるのは危険だもんね……分かってる。分かってるんだよ」


 視線を下げたまま寂しげに言うテオの肩に、トラブルは頭を乗せた。テオはその髪を撫でる。


「貧血が心配とか理由をつけてみたって、トラブルが大丈夫なのは分かっているんだ。僕がいなくてもトラブルは1人で大丈夫で、あとは僕の問題が……僕が大丈夫じゃないって問題が残るんだよ」


 テオは鼻をすすった。


「どんなに覚悟を決めていたって、どうして、こんなに辛い恋なんだろうって考えちゃうよ。好きな人に好きって言われているのに……僕の仕事のせいなのかなぁって……」


 トラブルは顔を上げ、テオの目を真っ直ぐに見た。


テオが一般人でも私のパスポートは変わらない。法を犯した私のせいです。テオは悪くない。


「トラブルのせいじゃないよ。トラブルを利用しようとした大人のせいだよ。トラブルは悪くない……僕はただ、寂しいだけだよ。うん、寂しいだけ……そうだ! 寂しくない様にしてよ!」


 トラブルは、?と、テオを見る。


「毎日、ビデオ通話しよう! 業務連絡みたいなラインはやめてさ。ね? いいでしょ?」


 トラブルは、はいと、うなずいた。


「いいの⁈ やったー! 寝る前にラインするね。子守唄を歌ってあげる。トラブルの寝顔を見ながら僕も寝るから」


嬉しいです。


「僕も嬉しい。ねえ、トラブルは今、幸せ?」


幸せです。


「僕も! 今、同じ気持ちだよね?」


はい。同じ気持ちです。


「僕達って、すごく気が合うよね」


はい。気が合います。


「なんか元気が出て来たよ」


私もです。


「大好きだよ!」


 テオはトラブルに抱き付いた。


 トラブルは笑顔でテオから体を離して手話をする。


テオ、私のパスポートが一般用になったら出入国で迷惑をかける事はなくなります。そうなったら、どこへでもテオに付いて行きます。もし、ノエルの骨融合こつゆうごうが悪ければ、時間が掛かっても戻って来ます。ノエルのお母さんとの約束がありますから。

(第2章第238話参照)


「うん。トラブルが戻って来ないって事は、ノエルの手が順調って事なんだね。赤いパスポートじゃなくなったら、お忍び旅行しよう。約束だよ」


はい。約束します。テオ、いつも私を理解してくれてありがとう。


「当たり前だよ。僕は彼氏なんだから」


 胸を張るテオをトラブルは頼もしく思う。2人は固く抱き合った。


「ところで……今も生理中だよね?」


 テオの頭をパシッと叩く。


「ああ〜。今夜も、お預けがお預けでお預けかー……」


 肩を落とすテオを見て、トラブルは上を向いて笑った。






 一方、控え室を出たノエル達は別室のランチビュッフェが並ぶ部屋にいた。


 ジョンが不安そうにゼノに聞く。


「ゼノー。僕達、空中分解しちゃうの?」

「さっきから空中分解って何ですか?」

「解散って事だよー」

「な! 解散するわけがないでしょう!」

「だって、テオがトラブルといたいってなったら辞めちゃうでしょ?」


 上目遣いで遠慮がちに言う末っ子にセスは目を細めた。


「意外と鋭いな。でも、別に解散しなくてもいいだろ」

「テオ抜きって事? そしたら、ノエルも辞めちゃうよね?」

「ジョンー、僕を引退させないでよ。僕もテオも辞めないよー」

「本当?」

「テオは大丈夫。解決策を見つけて、ケロリとして現れるよ。大丈夫」

「うん……信じてるけど」


 その時、テオとトラブルが入って来た。


 テオはテーブルを見渡して明るく言う。


「チョコレートケーキ、残ってる? トラブルに食べさせなくちゃ」

「テオ、話し合いは終わったの? 空中分解するの?」

「え? 何の事?」

「ね、ジョン。テオは大丈夫って言ったでしよ」


 ノエルは髪をかき上げる。


「ノエル、何の話し?」

「ジョンが心配してたんだよ。僕達よりトラブルを選ぶんじゃないかってね」

「えー? どっちかなんて選べないよ」


 テオは自分のケーキのイチゴを、トラブルのチョコレートケーキの上に乗せた。


「ほら、いい感じ! いっぱい食べてね」


 トラブルは手でケーキをつかみ、ガブリとかじり付く。


「お行儀が悪い!」


 笑顔のテオに言われ、トラブルはモグモグとしながら微笑み返す。


「テオは、本当に強くなりましたね」


 しみじみと言うゼノに「元々、強い子なんだよ」と、ノエルは目を細めた。


「……もう、お前の所には戻って来ないな」

「セス、勝手に人を読まないでくれる? マナー違反だよ。それに僕も次の段階に進まなくちゃね」

「ああ……俺もだ」


 セスとノエルは、うなずき合う。


 マネージャーが探しに来た。


「ここでしたか。控え室にいないから、思わず医務室を探してしまいましたよ」

「ここに医務室はないでしよー」

「習慣とは恐ろしいですね」


 ノエルとゼノが笑う。


「誰のせいでついた習慣ですかね?」


 マネージャーは嫌味たっぷりに言いながら、テオを見て驚いた。


「テオ! メイクしていないのですか⁈」

「あ、取れちゃってる?」

「完全にやり直しだね。ほら、ジョンもゼノもソヨンさんの所に行こう」


 ノエルがドアを指差す。


「開演4時間前ですよ! 衣装を着けて、セットアップしなくては!」

「え! もうそんな時間⁈ 僕、ケーキ食べちゃったよ……」

「カロリーはステージで消費して下さい! 早く、メイク室に移動しますよ」

「はーい」


 マネージャーに急かされてメンバー達は部屋を出る。


 テオはトラブルに「じゃあね」と、小さく手を振った。

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