第421話 セス、植物状態


 ノエルの優しくて甘い声は、カメラを通してファンに伝わった。


「舞台の裏側は、ただのベニヤ板なんだよ。だから、見た目の綺麗さには慣れていてね、裏側が何となく分かるの。そしてね、そのベニヤ板を支えている蝶番ちょうつがいや柱やブロックに、とても感謝しているんだ。そりゃあ、綺麗な物に目は行くけど、でも、本当に大切にしなくてはならないモノは、なんなのか、僕達は知っているんだよ。だから、後先あとさき考えずにバカな事はしないから、安心して」


 テオがノエルの肩に手を掛ける。ゼノも、セスもジョンも、ノエルの周りに集まりLiveカメラを見つめる。


「なんだか、シーンとさせちゃった? ごめんね。でも、メンバー達が、仕事にも女性にも僕と同じ気持ちでいるって知れて良かったよ。今回みたいに、僕達がどこかで遊んでいたら話し掛けてね。あれ? 僕が締めてイイの?」


 ノエルはメンバー達を振り返る。ゼノは微笑み返した。


「もちろんですよ、ノエル。ノエルのLiveです。全員で出るなんて久しぶりですよ。きっかけを作ってくれて、ありがとうございます」

「ノエル、ありがとうー!」

「ありがとうね」

「よく、やった」


 目を細めて、ノエルは締めの言葉を口にする。


「じゃあ、僕達、明日も頑張るから。皆んなの分まで頑張るからね。じゃあね。おやすみー」


 全員でカメラに向けて手を降り、ノエルはLiveカメラをオフにした。


 マネージャーが入って来て、スタッフにカメラを片付けさせる。


「だぁぁ! 疲れたー!」


 ノエルはベッドに倒れ込んだ。


 セスもソファーに座り、目を閉じる。


「ノエル、お見事でしたが……これで何が、どう、変わりますかね?」

「えー、ゼノ、あのねー……ダメだぁ。整理して説明してあげられないよー。疲れちゃって頭が回らないー」

「あ、そうですね。セスはー……」

「セスの方が消耗しているから、今はやめて上げてー……セス? ねぇ、セス。手を洗って来たほうがイイよ。セス……? セス……ダメだ、ここにいない」


 ノエルはベッドから起き上がり、目を閉じるセスの肩を揺らす。


「セス、セス。どこにいるの? 戻って来て。僕の前に戻って来てよ」


 ノエルはセスの肩に触ったまま、セスの意識の中に入ろうとする。しかし、どこに行ったのか分からないセスの意識を、ノエルは見つける事が出来なかった。


「ダメだ……」


 ノエルはセスから手を離す。


「ノエル。ダメって、どういう意味ですか⁈」

「セスが、どこにいるのか分からない。連れ戻せない……」

「ノエル! 探して下さいよ!」

「僕の力では無理だ……」

「他に、誰が出来るというんですか! ノエルしか出来ませんよ!」


 声を荒げるゼノを、テオが止めた。


「待って、ゼノ。ノエル、セスは今、どうなっているの?」


 ノエルは、青白い顔をして目をつぶるセスを見下ろす。


「……セスは、最近エンパスの力をコントロール出来ていたんだよ。で、あまり使わない様にしていたんだ。でも、さっきのLiveで、ゼノの中に入って部屋に来るタイミングを見ていたり、ロゼさんが打つツイッターの内容を見たりと、アンテナを張って……張り過ぎたんだ。僕と会話をしながら、世界中のファンの間を……ああ! あの台湾の話! あれも誰かの教科書を読んでいたんだ! めるべきだった! セスの力が、こんなに強くて制御不能になるなんて!」


 セスと同じくらい顔色を青くするノエルは頭を抱える。


 珍しく動揺を見せる幼馴染に、テオは務めて冷静に聞いた。


「ノエル、落ち着いて。ノエルにはセスを直す……えっと、連れ戻す事が出来ないの?」

「僕は、あふれ出て来た感情をキャッチするだけで、誰かの中には入れないんだよ。セスみたいにワンネス型じゃないんだ。テオ達が呼ばれる合図に不安がっていたのは不安が流れて来たから、分かったよ。でも、セスが、ロゼさんを僕の元カノに似てるって言った理由は、ファンの子達がロゼさんのツイッターを見たいと思うまで、分からなかったんだよ。セスは、バニーガールの素顔を調べようとしている人達を見つけて、ロゼさんの中からツイートを見て、ファンに拡散させた方が僕達に有利になるって判断した上で『ノエルの元カノに似てる』って言ったんだよ。それを、すべて、僕と会話をしながらやったんだ」


 テオにはその意味が半分も分からないが、それでも、青白い顔のまま微動だにしないセスをなんとかしなくてはならない事は理解した。


「ノエル、セスは……一晩寝れば戻るとか? そんな事、ないの?」

「分からないよ……もし、セスの意識が迷子なら、戻って来れないかもしれない……」

「それって……?」

「植物状態……いや、大脳の機能が正常なら、そうは言わないか……でも、医学的には……」

「ノエル! 分析はいいから、どうすれば……そうだ! トラブルみたいに、殴れば⁈ ねぇ、どう思う?」


 テオは皆を見回した。


「確かに、トラブルに殴られて戻った事が2度、ありましたね」

「でも、あの時よりも意識は遠くに行っているよ……」


 ノエルは力なく首を振る。


「じゃあ、その分、僕がチカラいっぱい殴るから!」


 ジョンは、腕まくりをしてこぶしを握った。


「いや、ジョン。ジョンに本気で殴られたら、あごが折れますから、手加減して下さい」

「顎なんて折れても治るからイイじゃん! このままよりも、イイじゃん!」

「そうですが……折らない程度に……」

「遠くに行ってんでしょ! すご〜く痛くないと、伝わんないじゃん! すんごく、すんご〜く痛くしないと、セスが……セスが、いなくなっちゃうじゃん!」


 ジョンは、ポロポロと涙を流しながら拳を振り上げた。


 ゼノはその涙に驚きながらも、末っ子のパワーではあごどころか首を折りかねないと止める。


「ジョン! せめて平手打ちに……」

「うん! 僕に豚って言った数だけ、殴るからね!」

「あ、半分くらいに……」

「嫌だ! 1万回言われたから、1万1回、叩く!」

「上乗せしなくても……ジョン、手加減して……」

「嫌だったら嫌だ! セスが豚やめろって言うまで殴るー!」

「ジョン! 平手にして下さい!」


 ゼノがジョンの腕をつかむ。


「トラブルも、グーパンチだったじゃん! 豚って言わすんだからー! 僕の事、豚って……離してよー!」


 ジョンは、子供の様に泣きじゃくりながら、ゼノの手を振りほどこうとする。


「ジョン、落ち着いて下さい! 闇雲やみくもに殴ってはジョンも怪我をしますよ!」

「僕なんて、どうでもイイじゃんよー! セスに豚って言われないと、僕は本当に豚になっちゃうんだよー!」

「……言われたかったんですね」

「豚じゃないから豚って言えるんだよー! このままなんて嫌だよー! 僕がロゼさんと肩なんて組んだからー! ごめんなさいー! お願いだから戻って来て! 今、ぶん殴ってあげるからさー! 思いっきり、ブンブン、ブン殴るからさー!」


 ジョンは、腕を振り回してゼノを振り払った。


 ゼノは床に倒れ、悲鳴を上げる。


「うわぁっ! ジョン、ダメです! テオ! ジョンをめて下さい!」

「ジョン! 落ち着いて!」


 ジョンは、立ちはだかるテオも床に突き飛ばし、セスの顔の真正面に向かい、力一杯、体重を掛けて打ち込んだ。


「ああー!」


 ゼノとテオとノエルの叫び声が部屋に響く。


 予想と違い、ジョンのこぶしは、なぜか柔らかいモノに当たって止まった。


「え?」


 その拳はソファーの背に埋もれていた。

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