第88話 ミン・ジウの署名


 旧正月(春節)が終わり、久しぶりの休暇を満喫したメンバー達は元気に仕事をこなしていた。


 広々とした医務室が完成した。


 診察台や心電図、薬品棚の置かれた一角と、3人掛けのソファーが置かれた応接室に分かれている。


 トラブル専用のパソコン机に本棚、その裏には狭いながらもロッカールームが設置された。


 ミニキッチンは代表からのプレゼントだった。


 ミニキッチンを搬入している時、トラブルはメンバー達に「代表からのプレゼント」と、口を滑らせた。


 正確には、セスに手話で伝えた時、ジョンが「プレゼント⁈」と、手話の一部を読み取り「セスのプレゼント?」と、騒いだ為に説明しなくてはならなくなり、案の定、テオが「僕もプレゼントしたい」と言い出し、結局、全員がトラブルに何かをプレゼントする事になってしまった。


 欲しいものを聞かれたトラブルは、あなた達がここに来ない事ですと、答えた。


 ジョンは「ひどーい」と、憤慨ふんがいしたが、ノエルは「医務室に来ないって事は病気もケガもしてないって事でしょ」と、教える。


「そっか」


 ジョンは素直に納得した。


「医務室に来る時は健康診断でチクッと採血する時ですよー」


 ノエルは意地悪に言う。


「ジョンは注射が怖くて毎年大変なんです」


 ゼノがトラブルに説明をした。


 トラブルは口を尖らしてプーと膨らむジョンに、痛くないように注射してあげますと、微笑む。セスが通訳し、そして、セス以外が「そんな事出来るの?」と、食い気味に聞き返した。


はい、出来ます。私の注射の上手さはパク・ユンホのお墨付きです。痛くないようにしてあげます。


 トラブルが真顔で言うのでセス以外の4人はすっかり信じた。


 セスは4人に見えないように「バカ」と、口パクで言い、トラブルは肩をすくめてみせる。





 その日からメンバー達の『プレゼント大作戦』が始まる。


 トラブルの欲しいものを見つけようと身辺を探るが、分からない。


 ユミちゃんに聞いても「うーん、思いつかないわ」で、終わった。


 もうすぐ医務室が完成するのに!と、焦った4人はセスに何をプレゼントするつもりか単刀直入に聞いた。


「あー? 消しゴムとか?」


 まるで参考にならないと、セスは4人に怒られる。


「あいつに欲しい物なんかないだろ。必要な物で充分」


 セスの言葉に4人は必要物品を考え始める。





 医務室の完成と同時にメンバー達からプレゼントが届いた。


 ゼノから、マッサージチェアー。

 セスから、冷蔵庫。

 ノエルから、観葉植物。

 テオから、ソファーベッド。

 ジョンから、テレビ。


 思わぬ大型家具にトラブルは唖然あぜんとした。そして、ユミちゃんからペアのマグカップが届けられる。


なぜ、ユミちゃんからも?


「トラブルの欲しい物をリサーチした時に情報漏れがありまして……」


 ゼノは頭をかく。


「テレビって意味不明なんだけど」


 ノエルがジョンを見る。ジョンは言い返した。


「ゼノのマッサージチェアーの方が意味不明でしょー。トラブルがいるのに必要ないじゃん」

「いや、あれはトラブルが癒される為に必要ですよ。セスの冷蔵庫の方が意味が分かりません」

「あ? キッチンには冷蔵庫だろ」

「僕のプレゼントが1番まともだよー」


 ノエルは胸を張る。


「1番まともだけど、1番役に立たない」


 セスは鼻で笑う。


「なんで! 空気をキレイにするでしょ! マイナスイオンでしょ!」

「空気清浄機でいいだろ」

「インテリアでしょ! 目にも優しいでしょ!」

「テオ語みたいになってるぞ」


 ノエルはセスには敵わないので、矛先をテオに変えた。


「テオのソファーベッドってなんなの」

「え、ちょっと横になりたい時とか、しっかり寝たい時とか便利だと思って」

「診察台があるじゃん」

「あそこは清潔区域ですよ」


 珍しく難しい、かつ正確な表現にトラブルは、おーと、拍手を送る。


「ねえ、ねえ、どれが1番嬉しい?」


 ジョンが無邪気に聞く。


 トラブルは秒速で、マグカップ!と、指を差した。


 なんだよ〜と、力の抜けるメンバー達であった。




 メンバー達が「仕事です!」とマネージャーに連れ去られた後、トラブルは1階事務所倉庫の紙カルテを古いものから医務室に運ぶ。


 まず5年以上前のカルテをシュレッダーにかける。


 次に名簿と照らし合わせて退職者のカルテを探すがこの会社を辞める者は少なく、容易に終わらせた。


 それでもカルテは3分の2に減った。


 続いて、要再検査の職員をピックアップしていく。


 しかし、血液検査の結果しかないので、何に対しての再検査が必要なのか知るすべがない。


(イ・ヘギョンめ〜)


 目を細めて前任者を恨んでみても解決はしない。春の健康診断まで待っていて良いのか判断が付かないのだ。


 万が一、手遅れになるかもしれない。


 トラブルは頭を捻って考える。


(去年、初めて再検査になった職員は2人か)


 この2名だけ、再検査は受けたか、まだならソウル中央病院に予約を取るので医務室へ来いと、手紙を作成する。もちろん、丁寧な文章で。


 あとの数名のカルテを過去にさかのぼって見ていく。


 血糖値やコレステロール値が毎年上昇しているので、たぶんこれだろうと目星をつけられる職員もいるが、やはり判断が出来ない。


 まずは、再検査は受けたか。受けたなら結果を知らせて欲しいとだけ書く。


 最後に『医務室管理主任』と打ち、トラブルの手が止まる。


 しばらく考えてから打ち直した。


『医務室管理主任 ミン・ジウ』

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