第89話 パクの死


 翌日からトラブルは出勤して来なかった。


 医務室のロールカーテンは下がったままで、ガラスドアに不在時の連絡先が掛けてある。


 しかし、医務室のドアの鍵は救急箱が必要になった時の為に開いていた。





 メンバー達は皆で買い物に出かけた。


 勝手に医務室に入り込み、アイスクリームを冷凍庫に入れ、コップなどの食器と鍋、フライパンをミニキッチンにしまう。


 テレビにゲーム機をつないで医務室の応接間は生活感満載になった。


「トラブルに叱られないですかね?」

「かもな」


 セスは気にもしていない。


「叱られたら宿舎に持って帰ればいいよ」と、テオはジョンとテレビが点くか確認をしていた。


「トラブルから連絡ないの?」


 ノエルがテオに聞く。


「うん、既読は付くんだけど返事はないんだ」

「パク先生の具合、悪いのかな」

「たぶん……」


 ゼノが、自分でセッティングしたマッサージチェアーで癒されていると、代表から電話が掛かって来た。


 直接掛かってくるなんて珍しいと眉をひそめながら耳に当てる。


「はい、もしもし。え!」


 息を飲むゼノ。


 その時、テレビで速報が流れた。


「!」


 テレビを見ていた4人も息を飲む。


「はい、今、テレビで流れてます。はい、分かりました」


 ゼノが電話を切り、おもむろに代表の言葉を伝える。


「パク先生が亡くなりました」


 ニュース番組では速報に続き、パク・ユンホの訃報を伝えていた。


「明後日の葬儀に全員で参列します。代表も行きます。テレビ中継されるそうです」


 ゼノが低い声で説明した。


「トラブルが看取ったのかな……」


 テオは医務室を見渡してつぶやいた。





 2日後。


 パク・ユンホの葬儀はソウルの1番大きい葬儀場で盛大に営まれた。


 各界の著名人が参列し、メンバー達はパクの顔の広さを実感した。喪服でも華やかな芸能人に混じり、軍服姿の参列者も見受けられる。


 会場前でゼノがメンバーを代表してマスコミ向けの弔辞ちょうじをコメントする。


 身内のいないパクの喪主はキム・ミンジュが務めていた。


 テオはトラブルの姿を探すがいない。


「いるわけがないだろ」


 セスが耳打ちする。


「うん、でも……」

(きっと、ここにいる誰よりも悲しんでいるよ……)






 葬儀後、1週間経ってもトラブルは出勤して来なかった。


 テオのラインに返事はない。


 既読の付かない日が続いた。


(また、僕達の前から消えるつもりなの)


 テオの苦しみに追い打ちをかける出来事があった。


 事務所前の廊下で配送に来たカン・ジフンに出会ったノエルが、トラブルの近況を知っているか聞いたのだ。


「何でも、相続問題に巻き込まれているそうで、しばらく会社に行けないと言っていました」


 それを聞いたテオは「カン・ジフンさんとは会っていたっていう事⁈ 」と、ノエルを責める。


「それは知らないよー。メールでって意味かもしれないし」

「でも、僕には連絡してくれないのに」

「テオ、お前、なんて打ってたんだ?」


 セスがテオのスマホを見る。


『もう、寝るね。おやすみ』

『おはよう』

『行ってきます』

『ただいま』


「これは、俺も返信しないな」

「なんで!」

「見て、あ、そう。と思うだけで既読が返事でいいと思う」

「ひどい!」

「これで返事を寄こせってほうがひどい」

「うわーん!」


 ノエルは抱きついて来たテオを「よしよし」としながら「相続問題って何だろう?」と、首を傾げる。


「パク先生の……ですかね?」


 ゼノは控えめに言う。トラブルの身の上を考えると、まさかどこかのご令嬢ではないだろうと思うが、失礼に当たるので言わない。


「トラブルは親族じゃないから関係ないんじゃないの?」


 ノエルが反対側に首を傾げる。


「ふん。また、パク・ユンホが面倒くさい遺言書を残したんだろ」


 セスの言葉に全員が「あー」と、納得した。






 実は、セスの予想よりも遥かに面倒な遺言書をパク・ユンホは残していた。


 パク事務所の会議室にキム・ミンジュら関係者が集められる。


 トラブルは、なぜ自分も呼ばれたのか分からなかった。


 弁護士は、ゆっくりと見回して一礼をして言った。


「パク・ユンホ名義のすべてをミン・ジウさんに相続して頂きます」

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