第240話 悪事の露見


「この、大バカ野郎が!」


 医務室から聞こえて来る代表の大声に驚いて、テオは足を早める。


 そっと、ガラス戸から中をうかがい見ると、トラブルと代表が対峙たいじしていた。


 トラブルの手話が見える。


バイクは防犯カメラに映らない位置に……


「そういう問題じゃない!」


 代表はトラブルの胸ぐらをつかみ、壁に押し付けた。


「自分が何をやらかしたのか分からんのか!」


 トラブルの苦痛に歪む顔を見て、テオは思わず代表を止めに入った。


「代表!やめて下さい!」

「テオ!」


 代表はトラブルから手を離した。


「何で戻って来た? こいつと話があるから、お前は仕事に戻れ」

「嫌です」

「嫌だと⁈」

「はい。僕もトラブルに話があります。病院の事で」

「報道を見たのか……」

「はい、見ました」

「こいつと、どうつながったんだ?」

「あの、それは、セスが……」


 テオはリュックの中の白衣を、証拠をつかんだようで、見たとは言えなかった。


 代表は舌打ちをする。


「セスか……余計な事を」

「あの、トラブルと話をさせて下さい」

「ダメだ。お前達は何も知らない。いいな」

「でも……」

「でもじゃない! 何も知らないし、何も知らされていない! いいな! 戻れ!」


 代表は言う事を聞けと、テオの胸をく。


「い、嫌です!」

「……この野郎! お前らの恋愛ごっこに付き合ってる場合じゃないんだよ!」

「ぼ、僕達は真剣に……!」


 血走った目でテオの胸ぐらをつかむ。


「黙れ!」


 テオは代表に胸ぐらを掴まれたまま、ひるまずに、いつになく強い口調で言った。


「黙りません! 代表こそ黙って下さい!」

「このやろう、生意気言ってんじゃない!」


 代表はこぶしを振り上げた。


 テオはギュッと目をつぶったまま、後ろに吹っ飛ぶ。


 しかし、痛みに襲われない。


(あれ?)


 テオが目を開けると、代表の拳からテオをかばったトラブルがテオの上で倒れていた。


「トラブル!」


 トラブルは口から血を流して気を失っている。


「トラブル!トラブル!」

「おい、大丈夫か!」


 目を開けたトラブルは、口元を押さえたまま起き上がろうとするが、体に力が入らない。


 代表がトラブルを抱えて起こした。


 トラブルは眉間にシワを寄せ、支えようとする代表を振り払い、口を押さえたまま、よろよろとシンクに向かう。


 指の間から血がふれ出る。


 トラブルは水道の水で血を洗い流し、口をゆすぐ。


「すまん。傷を見せてみろ」


 トラブルは近づく代表を肘で追い払い、含嗽うがいを続けた。


 床に尻をつけたままのテオから、段々と薄くなって行く赤い血の色が見える。


 トラブルはペーパータオルで止血しながら引き出しを開け、片手で何かを探す。


 止血剤の軟膏ツボを取り出し、テオに、開けてと渡した。


「うん。はい、開けたよ。傷に直接塗るの?」


 テオはトラブルの唇の傷の形に見覚えがあった。


「それ、その傷って……セスを殴ったの?」


 トラブルは、ギョッとしてテオを見る。


 心配と不安と疑念で、今にも泣き出しそうなテオの顔を見て、トラブルは小さくうなずいた。


「そんな、どうして……」

「セスを殴ったって、一体、何の話だ?」


 代表を無視して、トラブルはテオに手話をする。


 セスがチェ・ジオンにとらわれていると勘違いし、こちらに戻そうと殴った事。


 セスがなぜ、テオ達に隠そうとしたのか分かない事。


 忍び込んだのは事実だが、捕まるようなドジは踏んでいない事。


 そして、今は代表と話をしなくてはならないので、仕事に戻って欲しいと言う。


「トラブル、何がなんだか分からないよ。1度に、たくさんの事が……僕と話してよ」


……今夜、宿舎に行きます。その時に、話しましょう。今は……


「分かった。困らせてごめんね」


 テオは代表に向き直り、何か言おうと思うが言葉が見つからない。


 代表が先に口を開いた。


「テオ、すまなかった。本気で殴ろうとしたわけではないんだ。こいつが、間合いに入って来るから……2度と暴力は振るわないと約束する」

「約束ですよ」


 トラブルは「じゃあね」と、手を上げるテオに笑顔で応える。


 テオは後ろ髪を引かれながらも医務室を出て行った。


「さてと……」


 代表はトラブルを見て、指をボキボキと鳴らす。


尋問じんもんを開始しますか……」


 トラブルは、うんざりとして天をあおいだ。

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