第241話 尋問


 代表が指を鳴らす動作を見ても、トラブルは動じない。


私に脅しは効きませんよ。


「だろうな。身に染みて分かっているさ」


 代表はソファーに座る。


 トラブルは鏡に向かい、唇の軟膏を塗り直して絆創膏を貼った。


「出血は止まったか? 冷やさないとれ上がるぞ」


 トラブルは、冷凍庫から保冷剤を2つ取り出し、1つを代表に投げる。


「なんだ?」


 こぶしを指す。


「ああ、俺は大丈夫だ」


 そう言いながらも代表は素直に保冷剤を拳に当てた。


「で? 防犯カメラに映らないようにして? 指紋は?」


医療用の手袋グローブを着けていました。


「手袋にマスクに白衣か。病院内なら不審者ではないって事か……それがなぜ、バレたんだ?」


コードブルーに巻き込まれました。


「あ? コード何?」


コードブルーです。院内の医師を緊急徴収する放送がかかり、医師に注目が集まってしまいました。それで、逃げ出そうとした所を……


「見つかったのか」


はい。


「裏口にも警備はいただろ? 何処どこから出たんだ?」


……遺体処置室から。


「はぁ? お前、死体と出て来たのか?」


いえ、1人です。出口を探して……あ、扉を閉め忘れたかもしれません。


「お前! 逃走経路の隠蔽いんぺいは基本中の基本だろう!」


そんな事、知りませんよ。


(何の基本なんだか……)


「まったく。もし、足がついたら差し出すからな」


分かっています。


「殴って悪かったな。痛むか?」


テオがいなければ殴り返していました。命拾いしましたね。


「ハッ! 笑えるねー」


 代表はニコリともせずに言う。


「お前、テオとノエルのフォローを頼むぞ。ツアースケジュールの確認をしておけ。たしか東京公演の後に一時帰国して受診だったような……さてと、ノエルを迎えに行きますか」


 代表は、よいしょっと立ち上がり、医務室を後にした。


 トラブルは代表に代わり、ソファーに沈み込む。


(昨日から、長い1日だな……あー、チョコレートケーキが食べたい……)






 テオが控え室に戻ると、マネージャーがツノを出して怒っていた。


「遅い!どこに行ってたのですか!まったく、監督も皆も待たせてー!」


 ゼノが首をすくめながら「はい、はい」と、テオの肩を抱き、メンバー達を引き連れスタジオに向かう。


 収録スタジオで、ソヨンが悲鳴をあげた。


「テオさん! 衣装に血が付いています!」


 見るとテオのズボンが点々と赤く染まっていた。


「テオ、怪我をしているのですか⁈」

「ううん……」


(これ、トラブルの血だ……)


「着替えたらシーンが繋がらないので……」


 監督とスタッフが話し合っている間、テオは下を向いたまま、項垂うなだれていた。


「テオ、何があった?」

「セス……ここでは、話せないよ」

「しっかりして下さい。今日はノエルが帰って来ます。収録が長引いては心配させてしまいますよ」

「うん、ゼノ、ごめん。でも、僕、しっかり出来ないよ。昨日から、いろんな事が次から次に……」

「テオ……」


 ゼノはセスに、視線で助けを求める。


 セスは、頭を抱えて座り込むテオを見下ろした。


「……テオ、昨日のケーキ美味うまかったな。ケーキが美味いなんて久しぶりに感じたぞ」


 テオは顔を上げてセスを見た。


 セスは見下ろしたまま続ける。


「あいつの酔っ払い、面白かったよな」

「何それ? 僕、知らない!」

「ジョンは、早々にトラブルのベッドで寝てましたからね」

「トラブルが、お酒を飲んだの?」

「ああ、で、真っ赤になって、服を脱ぎ出して」

「それは、私も知りませんよ!」

「ゼノが寝た後だったよな、テオ?」

「う、うん」

「セス、見たのー?」

「しっかり、見ました」

「ずる〜い!」


 ジョンがセスをポカポカと叩こうとする。


 セスは笑いながら逃げ回った。


 テオも思わず笑顔になる。


「あいつが脱いだ服がゼノの顔にかかって、な? テオ」

「うん。トラブル、ズボンもゼノの顔に投げたんだよ」

「本当ですか⁈」

「テオが俺からあいつを隠そうとしても、あいつ、すごい暴れて、な」

「うん、大変だった」

「セス、トラブルのパンツ見たのー?」

「見た、見た」

「ずる〜い!」

「ずるいって何だよ。テオなんか、もっと凄いもの……あ、まだ、だったな」

「そういう事、言わないで下さい!」


 顔を真っ赤にして怒るテオを囲み、3人は笑い合う。


 次第しだいにテオも笑顔になり、ジョンとじゃれ合いながら声を上げて笑う。


 ゼノとセスは笑いながら目を合わせた。


(セス、感謝しますよ)


(どういたしまして。あー、疲れた……)

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