第242話 ノエル退院


 テオのズボンの血液染みはソヨンの機転で、過酸化水素水でシミ抜きする事が出来た。


「凄いですね、ソヨンさん」

「以前、トラブルに聞いた事があって。これって、消毒薬なんですよ」

「トラブルからもらって来たのですか?」

「はい。あ、トラブル、マスクをして顔に怪我でもしているみたいでしたよ」

「そうですか……」


 ゼノはソヨンに返事をしながらテオを見る。


 テオはいつも通りとはいかないまでも、元気を取り戻して監督の要望に応えながら順調に収録を進めていた。


「ゼノさん?」

「は、はい。何ですか?」


 ゼノはソヨンに呼ばれ、慌ててソヨンに視線を戻す。


「あの、ノエルさんは今日退院しますよね?」

「はい、代表が迎えに行っていますよ」

「あの、ノエルさんに会う予定とか……ありますか?」

「ノエルは実家に帰らないんですよ。だから、宿舎で会いますよ」

「じゃあ、あ、あのー……これをノエルさんに渡して頂けませんか?」


 ソヨンはポケットから、黄緑色の封筒を取り出した。


「手紙? ですか?」

「はい」

「あー、それは直接ソヨンさんから渡した方が、ノエルは喜びますよ」

「違います! そういう手紙ではなくて、ただ、頑張って下さいと…… セスさんは、面倒だろうし、テオさんは何だか元気がないし、ジョンさんは忘れそうだし…… だから、ゼノさん、お願いします!」


 頭を下げて差し出される可愛らしいその封筒を受け取った。


「分かりました。今日、渡しておきますね」

「ありがとうございます!」


 ソヨンは嬉しそうにピョンッと跳ねて、スタジオを出て行った。


 ゼノは封筒を見て思う。


(ノエル、どうするつもりですかねー)


 無事に収録を終わらせ、メンバー達は早る気持ちを抑えながらゼノの車に乗り込んだ。


「ノエル、帰って来てるかな」

「宿舎で待っているはずですよ」

「元気だったかなー?」

「昨日、会っただろ」


「皆んな、今夜、トラブルが話をしに来るから」


 テオが唐突に言う。


「何の話ですか? ノエルの注意事項とか?」

「ううん、いろいろ。いろいろだよ」

「そういえば、ソヨンさんがトラブルが怪我をしているみたいだと言っていましたよ。テオのズボンの血はトラブルのですか?」

「うん……」

「何でまた、怪我なんて?」

「それも、話してくれると思う」

「そうですか」


 宿舎の玄関を開けると、見慣れた靴が置かれていた。


「ノエルー!」


 ジョンが駆け込む。


「ジョンー!」


 ゼノ達がリビングに入ると、右手を上げたノエルとジョンがハグをしていた。


「こら、ジョン、危ないですよ。ノエルから離れて下さい」

「あはっ! 皆んな、ご心配お掛けしました」

「ツアーに参加するって、大丈夫なのですか?」

「うん、トラブルが付いて来てくれるって代表が言ってた。良かったね、テオ」

「え、あ、うん」

「何?どうしたの?」


 ゼノは病院にファンが侵入したとスマホを見せる。


「あれ。トラブル、見つかっちゃったんだ」

「やっぱり、会っていたか」

「うん。皆んなも知ってるの? 共犯になるから黙ってろって言っておいたのに……え? まさか、逮捕されたの?」


 ノエルは皆を見回した。


「いえ、そんな事には、なっていませんが……いろいろ、複雑で」

「それも、トラブルが説明に来てくれるよ」


 その時、テオのスマホがラインの着信を伝えた。


「トラブルからだ」


『代表に殴られた奥歯が動くので歯科受診します。話は後日』


「トラブルは何て?」

「今日、来られないって…… 代表に殴られた奥歯がぐらつくから、歯医者に行くって」

「代表に殴られた⁈ あの血は殴られた時のものですか⁈」

「あの血って? 殴られたって? セスも口が切れているね、どうしたの?」

「トラブルがセスを殴ったんだよ」

「ええ! 一体何があったのさ!」


 セスの眉毛がピクリと動く。


「テオ。お前、それ、あいつから聞いたのか?」

「うん、代表が殴った傷とセスの傷が同じ感じだったから、僕が聞いて。で、認めた。でも、ゼノのせいにした理由は分からないって」


 もう1人、眉をピクリと動かす者がいた。


「私の足が蹴ったのではない⁈ あんなに謝ったのに⁈」

「すまん、ゼノ。濡れ衣を着せた」

「なぜ、そんな真似まねを……」


 言葉を失うゼノに、空腹のあまり空気が読めないジョンが口を開く。


「ねぇねぇ、ご飯食べながら話そうよー」


 ジョンが出前のチラシをテーブルに広げた。


「ノエル、すみません。退院祝いは盛大にと言いましたが、本当にいろいろあって」

「そんな事いいよー。片手で食べられる物にして欲しいなぁ」

「じゃ、寿司だな」

「えー、お肉も食べたい」

「では、焼肉も頼みましょう」

「やったー!」


 ゼノが電話をする間、ノエルは落ち込むテオを慰めた。


「テオ、話してみてよ。いつも僕達に話すと解決するでしょう?」

「う、うん。でも、頭の中がぐるぐるしていて、まとまらないよ」

「いつも、ぐるぐるしてんじゃん。じゃあ、1番ぐるぐるしている事を話してみてよ」


 テオは目をくるりと回す。


「それはー、セスが殴られた理由と隠した理由」

「トラブルに殴られた事を?」

「うん、夜中に2人で何をしていたの?」

「あー……」


 セスは、トラブルの家の1階での出来事を話した。

(第2章第230話参照)


「トラブルの勘違いで殴られたの?」

「そういう事だ。で、朝、俺の傷をお前らが騒ぐから、咄嗟とっさに隠した。商品に傷を付けるのは御法度ごはっとだからな」

「で、私のせいにしたと?」

「ゼノなら、マネージャーも代表もペナルティーを与えないだろ」

「なるほど」


 テオはうなずきながらも、今ひとつに落ちないでいた。


(僕をかばって、殴られてくれたトラブルが、セスを殴るだろうか……?)


「あとは? 何か質問は?」


 セスはテオに聞きながら、顔色をうかがう。


(納得していないな。ノエルの時のキスは言えない……(第2章第220話参照)殴った動機が、今ひとつ弱いか……)


「あと、隠した理由はー……」


 セスは話を続ける。






【あとがき】

過酸化水素水とはオキシドールのことです。

皆様も一度はお世話になった事ありますよね?


長々とお付き合い頂き本当にありがとうございます。

まだまだ、続きます!

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