第176話 パン・ムヒョンとセス


 代表は苦虫を潰した様な顔で首を振る。


「3日後に現れて、開口一番に『パン・ムヒョンに会わせろ。会わせないと帰る』なんて言いましてね。なんちゅうクソガキだと思いましたけど根性がある事は伝わりましたよ」


 パン・ムヒョンは、そうだったと笑う。


「代表は昔から、生意気な子が好みでしたねー」

「好みというか、当時、親父が集めていた練習生達は親が金持ちのボンボンばかりでしてね。何でも金で解決出来ると思っている、ある意味クソガキばかりでしたよ。夢を一生懸命に追いかけて自分のやりたい事をハッキリと主張する生意気なガキを応援したくなるわけですよ。ところで、このショパン消しません?」


 パン・ムヒョンは肩をすくめながらCDを止める。


「本当に、あなたといいセスといい、なぜ違う音楽を聴きながら片方だけに集中出来るのか不思議でなりませんよ」


 代表は新曲を何度か聴き返し、OKを出す。


「セスは、やっとスランプから抜け出たようですが、先生はどう思いますか?」

「彼は最近、恋をしているね」


 パン・ムヒョンは確信を持って言う。


 代表は首を振った。


「それはテオの影響ですよ。テオはトラブルと付き合い出したそうなので」

「あの、トラブルとかね? テオがねー。いや、しかし、セス自身が恋をしていると思うよ」


 パン・ムヒョンは以前のセスなら、この音からこの音へは行けなかったが、去年の冬にテオにソロ曲を作った時から変化が表れたと楽譜を指差しながら説明をした。


 ソロ曲をテオに歌わせたのは、自身の体験を冷静に歌う事が出来なかったからだと。


 代表は、にわかには信じられないと返事をしたが、パン・ムヒョンは確かにセスは恋をして、そして成長していると、譲らなかった。


「セスはね、自分の内面を音楽を通して表現したいだけで、それを見聞きした人がどう感じるかなんて考えていなかったのだよ。それが、去年の冬から誰かに聴いてもらいたい、そして、こんな風に思ってもらいたいと明確なビジョンを持って作詞作曲をするようになった。これはね、聴いて欲しい人がいて自分の事を理解してもらいたいという願望の表れなんだよ」

「単にファンを意識する様になっただけでは?」


 代表はセス恋愛説にピンと来ない。 


「いやいや、偉大な作曲家達がそうであったように、セスもまた恋が作品の質を上げている」


 代表は、そんなものですかねーと、パン・ムヒョンに気のない返事をして、その場で今回のMV製作プロデューサーに連絡を取り、会議の段取りを付けた。


 マネージャーに電話をして新曲の完成を知らせ、セスにメンバー達に聞かせておく様に伝えろと指示を出す。


「さあ、また稼ぎますよー。忙しくなるぞー」


 代表は意気揚々に去って行った。






 パン・ムヒョンはセスと始めて会った日の事を思い出す。


 知らされていた日に現れず、次の日、代表に連れられた端正な顔立ちをした若者は部屋に入るなり「ショパン・革命のエチュード」と言った。


 10代の若者にショパンが分かるなど驚いたが、なるほど賢そうな顔をしている。 


 代表は、ここに来れば、私と仕事が出来ると彼を口説いていた。


 代表の言葉で彼が迷っていると察した。


 私は「君とショパンの話が出来ると嬉しい」と伝え、握手をした。


 彼は今では考えられないほどの初々ういういしさで「はい!」と、顔を赤くして答えた。


 作曲家志望と言ったが、私は君はすでに作曲家であり、あとは見聞けんぶんを広げるだけだと話した。


 私の言葉が背中を押したかは分からないが、練習生になったと彼自身が報告に来た。


 彼は3日に1度は顔を出して、私と様々な話をした。


 10代の若者の悩みや喜びを直接聞いて、私の創作意欲は刺激された。


 彼は私から、私が何年もかけてつちかった知識と技術を瞬く間に吸収していった。


 彼がゼノとデビューすると聞いた時、心から祝福し最高のデビュー曲を送った。


 代表にすら懐かない彼は、息子のいない私にとって、もったいないほどの出来のいい息子になった。

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