第177話 優先順位


 5人は音楽番組に出演するため移動車の中にいた。


 セスがスマホで新曲を聴かせる。


「悪くないだろ?」

「カッコいいですね」


 ゼノがリズムに合わせて体を揺らす。年下のメンバー達もノリノリで狭い車内で踊り出した。


背筋はいきんダンスゥ〜」


 ジョンが腰を振る。


「それ、腰振りダンスじゃん!」


 ノエルがジョンの尻をペシッと叩く。


卑猥ひわいだな」

「背中を見せて踊るって事かなー」

「ファンの前で肩甲骨開いたら、ドン引きされますよね」

「僕、今は肩甲骨開かないよ」


 テオが背中に手をやりながら皆に見せる。


「テオ、背中にお肉がついたねー」

「ノエル〜、お肉って言わないでよ〜」

「お前も相当ヤバイぞ」

「セスも急に背筋ダンスする事になったらヤバイでしょ」

「断固拒否するな」

「ずるーい! セスの背筋見せてー!」

「バカっ! 止めろ!」


 ジョンがセスを脱がせに掛かる。車はセスの怒号とノエル達の笑い声で大騒ぎになりながらテレビ局に到着した。


 出迎えたスタッフがドアを開ける。


 絡まったまま転がり出るセスとジョン。


 出待ちのファンが歓声を上げるなか、ノエルとテオが腰を曲げて大笑いしながら2人を助け起こし、ゼノがファンに一礼した。




 いつもの様に仕事をこなし、宿舎に戻った時には日付が変わっていた。


「長い1日でしたね」


 ゼノがソファーにドサッと座る。


 セスは無言のまま早々に部屋に下がって行った。


 ノエルはシャワーへ。


 ジョンがゲームのスイッチを入れようとして、ゼノが「寝なさい」と止め、ジョンは不貞腐ふてくされながら部屋でスマホのゲームを始める。


 ゼノは部屋に行こうとするテオを引き止めた。


「テオ、少しいいですか?」

「何? ゼノ」

「トラブルのツアー同行の件なのですが、自分はトレーナーは必要だと思います。トラブルなら過不足はありません。セスは精神的に落ち込んだとしても舞台上では、いつもの塩対応だと思われるだけだと思います。でも、テオは? テオは舞台の上からトラブルのフラッシュバックを見つけても、やり通す自信がありますか? ファンに気付かれないように笑顔を崩さず、トラブルよりもファンを優先させる事は出来ますか?」

 

 テオは息を飲む。


「トラブルよりもファンを優先……」

「そうです。スタッフの前でトラブルを無視しなくてはならない瞬間があるかもしれない。2人は公然の秘密ではなく完全な秘密ですからね。2週間、寝食を共にする間、我々のスタッフは勿論、日本側スタッフにも疑いすら持たれてはいけない」


「僕、僕は……」


 テオは返事を返す事が出来ない。


「テオはトラブルと日本に行きたいですよね? トラブルが決める前にテオの心を決めて下さい。もし、自信がないのならトラブルを引き止めた方がいい。守れない時もあると」


 テオはゼノの目を見たまま身動きが出来なかった。


「僕は、トラブルの事しか考えてなかった……もし、トラブルが泣いていたら周りを気にする余裕は……ないよ」 


 ゼノはテオの肩をポンっと叩き部屋に戻って行った。


 テオはベッドに倒れ込みスマホを見る。


 トラブルから、おやすみなさいと、ラインが入っていた。


 返事を返す気にならず、スマホを投げ捨てる。


(トラブルよりファンを優先させる……)


 今までもファンは大事に思って来たし、大事にして来たつもりだ。


 でも、2つを比べた事がなかった。


 自分には両方とも大事だけれども、メンバーにはファンが第一優先なのは当たり前だ。


(僕が迷惑をかけるわけにはいかない。トラブルと話さないと……)


 テオは、そのまま眠りについた。

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