第191話 運命の病院


 イム・ユンジュが手にCD-ROMを持って出て来た。


 救急外来の医師が見送りに出る。しかし、テオではなくイム・ユンジュの見送りに来た様だ。


「先生方はお知り合いなのですか?」


 代表が聞く。救急外来の医師はイム・ユンジュが以前この病院で外科副部長をしていたと説明した。


「外科副部長……」


 テオはその言葉に聞き覚えがあるが、思い出せない。


 医師2人は、握手をして別れた。


「送って行きますよ」


 イム・ユンジュが代表とテオに微笑みかける。


 代表が会計を済ませ、3人でイム・ユンジュの車に乗り込んだ。


「あの、ラジオをつけてもらえませんか?」


 テオに言われ、運転席のイム・ユンジュはラジオをつけ、車を走らせる。


 生放送はすでに終わっていた。


 テオは後部座席に沈み込み、目を閉じる。


(トラブルに謝らなくちゃ……)


 代表はイムに話し掛ける。


「いったい、どうして?」

「ミン・ジウから連絡が来ましてね。テオが意識不明で救急搬送されたから、病院に行って欲しいと」

「なんでまた」

「救急外来の医師の診断が正しいか見極めろと言うんですよ。しかも、検査結果をもらって来いまで。まったく、相変わらず失礼な看護師ですよ。夜中に人をたたき起こして」


 イム・ユンジュは言葉とは裏腹に、笑顔で言った。


「あ、申し訳ありません」

「いえ、いえ。テオさんが心配だったので良いのですが…… お久しぶりですね」

 

 代表をバックミラー越しに見ながら改めて挨拶をした。


「パク先生の所でお会いしてましたね。あと、健診の時、お世話になりました。タルクを……ベビーパウダーをかぶった皆さんは、お変わりありませんか?」

(第2章107・108話参照)


 イム・ユンジュはバックミラー越しにテオに聞く。


「あ、はい。ジョンも皆んなも元気です」

「それは、何よりです」


 代表は疑問をすべて投げ掛ける。


「搬送先をどうやって知ったのですか」

「ああ、ミン・ジウが脳神経内科と脳神経外科がある三次救急を受ける病院は、ここに違いないと言いましてね。電話をしてみたら当たりでした」

「医師とはいえ、外部の者に教えますか?」

「以前、ここで働いていましたからね。まだ、知り合いがいるのですよ。これでも、次期外科部長と言われていたのですよ」


 イム・ユンジュは軽やかに笑う。


 テオは思い出した。


 トラブルとイム・ユンジュが出会った病院。(第1章第62話・第2章第118話参照)


 トラブルはこの病院で一命を取り留め、声を失った。そして、背中の傷を縫い直し人生を狂わせた医師。


 テオは複雑な思いで、イム・ユンジュをミラー越しに見つめた。


 代表が道案内をしながら宿舎に到着すると、駐車場にはトラブルのバイクが止まっていた。


「ミン・ジウに検査結果を説明したいので、私も部屋にあがらせて頂いてよろしいですか?」


 イム・ユンジュの言葉に、代表は、もちろんと答え、来客用の駐車スペースを教える。


 3人でエレベーターに乗り込んだ。


 代表は浮かない顔のテオにゼノからのメールを見せた。


 そこには、ラジオは問題なく終了しメンバー達で食事をして帰るとあった。


「良かった……」


 テオはホッと胸を撫で下ろす。


 エレベーターを降り、代表がドアチャイムを鳴らす。


「あ、あの、代表、言っておきますが、部屋は散らかっています……」

「だろうな」


 玄関ドアが開き、トラブルが出迎えた。


「よ、お疲れ」


 手を挙げる代表を無視して、トラブルはテオに抱きついた。


「ちょっと、トラブル!」


 テオは驚きながら代表を見る。


 代表は、はいはいと、肩をすくめ、リビングに入った。


「お、なんだよ、片付いてるな」


 リビングだけではなく、キッチンもピカピカになっていた。


 代表は各メンバーの部屋を遠慮なくのぞいて行く。


 トラブルはテオに抱きついたまま肩越しに、玄関から入れないでいるイム・ユンジュに目をやった。 


 トラブルが無言で手を伸ばす。


「あー、はい。どうぞ」


 イム・ユンジュはその意味が分かり、口角を下げてCD-ROMを渡した。


 トラブルは、どうもと受け取り、テオの手を引いてリビングのソファーに座らせる。


「あ、先生も……」


 テオが言う前に、イム・ユンジュはトラブルと、すでに起動しているパソコンにCD-ROMを入れて見始めた。


 CTの画像を見ながら、トラブルは医師に質問をする。


 テオはトラブルの医学用語の手話を読み取る事は出来なかった。


 イム・ユンジュも専門用語で答え、テオは耳で聞いても、さっぱり分からなかったが、問題ない事だけは理解出来た。


「いい匂いがするな」


 部屋を見回っていた代表は、キッチンで鍋を開ける。


 野菜が煮込まれており、あとはラーメンを投入するだけになっていた。


「お前、料理出来るんだな」


 代表は意外そうにトラブルを見る。


 トラブルはにらむだけで答えない。


「さて、と」


 イム・ユンジュは立ち上がる。 


 代表に送って行きますと声を掛けるが代表はタクシーを拾うと返事をした。


「じゃあな、テオ。明日は休みでいいからな」

「いえ、僕は大丈夫です。やれます」

「そうか、まあ、無理はするな」


 代表はイム・ユンジュに挨拶をして帰って行った。


 医師は看護師に指示を出す。


「何もないとは思いますが判断に迷ったら連絡を下さい。いいですね」


 トラブルは、ペコリと頭を下げて返事をする。


 イム・ユンジュは、テオとトラブルを見比べながら「本当にそっくりだな……」と、つぶやいて出て行った。




 トラブルとテオは向き合う。

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