第190話 主治医登場


 テオを乗せたまま、ストレッチャーが運び出される。


 院内の救急外来の前で停止した。


「僕、歩けます」


 テオの言葉に救急隊員は答えず、迎え出た医師に書類のサインをもらっている。


 医師はテオをのぞき込み「本物だ」と、言いながらストレッチャーのベルトを外す。


 テオは起き上がり、医師の質問に答えて行った。


「念の為、検査をします」


 医師は車イスを用意するように指示を出し、テオに乗るように言う。


 テオは車イスを持って来た看護師に「僕、歩けます」と言うが、看護師は小さく「キャー 」と言っただけで「どうぞ」と、手で車イスに乗れと言う。


「テオ、言う事を聞いておけ」


 代表に言われ、テオはしぶしぶ車イスに座った。


 夜間の救急外来は静かだった。


人気ひとけが無くて助かった……)


 代表はテオの検査が終わるのを待合室で待つ。




 一通り検査が終了したテオが看護師に車イスを押されながら、待合室の代表の元に戻って来た。


「ありがとうございました」


 テオが頭を下げると、看護師は、また小さく「キャー 」と、去って行った。


「具合はどうだ?」

「何ともないです。ラジオ、すみませんでした」

「それは、あいつらに言え。お前、何があったんだ?」

「セスの真似をして、トラブルの中に入って……」

「中?」

「いえ、トラブルの気持ちになったら、僕はひどい事を言ってしまったんだと……そうだ、トラブルに謝らなくちゃ! トラブルは今どこですか?」

「医務室で待機させている。今夜、入院にならなかったら、宿舎でお前に付き添う」

「入院なんて必要ないです」

「それは医者が決める事だ」


 診察室のドアが開き、医師がテオと代表を呼んだ。


 代表がテオの車イスを押し、テオは恐縮しながら診察室に入る。


「イム・ユンジュ先生とお知り合いですか?」


 開口一番、救急外来の医師が聞いた。


「イム・ユンジュ?」


 代表は誰の事か、ピンと来ない。


「あ、はい。ほら、健診の時にヤン先生を紹介してくれた、トラブルの主治医の……」

「あー、イム・ユンジュ! はい、はい、知り合いです」


 代表はテオの説明で思い出したとうなずく。


「イム・ユンジュ先生から連絡がありまして、こちらに向かっているので待つようにと伝言です」


 医師の言葉に、代表もテオも意味が分からない。


「なぜ、イム・ユンジュが?」

「主治医だ、とおっしゃっていましたが。検査結果が出るまで、もう少し、こちらでお待ち下さい」

「はぁ」


 代表とテオは顔を見合わせ、首をひねる。


 医師が出て行くと、テオは代表に小声で聞いた。


「代表が連絡したのですか?」

「するわけないだろ」

「じゃあ、なんで?」

「さっぱり、分からん」

「なんで、主治医なんて言ったんだろう。どうして、僕がここにいる事を……あ!」

「なんだ⁈」

「トラブルだ! トラブルが連絡したんですよ!」

「連絡したとしても、搬送先は救急車の中で決まったんだぞ? あいつは、どこの病院に運ばれたか知らないはずだ」

「そうか……」

「ま、直接、本人に聞けばいいさ」


 代表は不安顔のテオとは対照的にのんびりと待つ事にしたようだった。


 30分程待たされ、やっと検査結果が出たと医師が戻って来た。


 CTの画像と脳波の結果をカルテの画面に出し、説明を始める。


「異常はありませんね。一過性の……」


 その時、診察室の奥のカーテンが開き、私服のイム・ユンジュ医師が入って来た。


「お待たせして申し訳ありません」


 イム・ユンジュは代表とテオに挨拶をする。


「先生、お久しぶりです。今、検査結果をお知らせする所です」


 救急外来の医師がイム・ユンジュにお辞儀をする。


「どうぞ、続けて下さい」

「先生が、ご説明されますか?」

「いえ、今は部外者ですから。お願いします」

「では。結果は異常ありませんでした。一過性の脳虚血のうきょけつだと思われます。念の為、今夜、入院をしましょうか」


「え、あ、いえ、僕は……」


 テオが返事に詰まっていると、カルテ画面を見ていたイム・ユンジュが「その必要はありませんよ。専属看護師が付き添いますので心配は要りません」と、テオに言う。


「あ、はい。帰ります」


 テオは車イスから立ち上がり、救急外来の医師に頭を下げた。


 診察室を出る代表とテオにイム・ユンジュは、待合室で待つように言う。


 2人は待合室の長椅子に並んで座り、言われた通りにイム・ユンジュを待つ。


「トラブルが付き添う事を知っていましたよ」

「ああ。やっぱり本人から聞くしかないな」


 代表は眉をひそめた。

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