第189話 救急車の中で


 移動車の中でリーダーが3人に言う。


「今夜、テオの声が聞けなくて残念な思いをするファンがいると思います。そして、今夜、初めて私達を知る人もいるはずです。どちらの方達も自分達のとりこにしてしまいましょう」


 ジョンはノリノリでそれに答えた。


「テオのファンを僕のモノにしてやる〜!」

「うわ、ジョンの悪い顔、初めて見たよ」

「僕は本当は悪い男なのだ〜! ガオー!」

「可愛い犬だな」

「ぷっ! セスが可愛いだって!」


 ノエルが笑う。


「また、バカにしているんでしよ〜、ガオー」

「褒めてんだろ」

「セスは『可愛い』という単語が、本当に似合いませんね」

「何⁈」

「僕もそこに笑ったんだよ」

「ガオ」

「ジョン、ガオって何なのー」

「ガオ、ガオ」

「お前が俺をバカにしてるだろ」

「ガオーン」

「ざけんなっ!」


 セスがジョンの首を絞めて笑う。首を絞められながらジョンも笑う。


 ノエルとゼノも涙を流しながら大爆笑をした。





 ラジオブースの前室ぜんしつで、ゼノが口裏を合わせておきましょうと話す。


「テオは新曲のダンス練習中に風邪を引き、熱が出て救急車で運ばれたが、今は元気である」

「分かった」

「了解!」


 ゼノの提案にノエルとジョンは素直にうなずくが、セスは目で笑いながら「バカか」と言う。


「風邪を引いて、すぐに熱が出るわけないだろ。熱で救急車を呼ぶわけがないし」

「あ、そうですね。セス決めて下さい。一応、公式発表になるので」

「あー、テオは数日前から風邪気味で連日の練習で疲労が溜まり高熱が出て、えー、熱性痙攣ねっせいけいれんを起こしたので救急搬送された。でー……今は元気」


「最後はゼノと同じなんだね」


 ノエルが皮肉を込めて言う。


「うるさい」

「ねっせい……って何?」

「簡単に言うと、高熱が出て体が震える事だ」

「簡単に言わないと?」

「あー……あいつに聞け」

「セスも分からないんだー!」

「うるさいっ」


 ゼノはすっかり皆がいつもの調子を取り戻して来たと安堵あんどする。


「では、そんな感じで行きましょう」

「OK!」


 ジョンが頭の上で丸を作る。


「任せといて」


 ノエルが髪をかき上げて腕を組む。


 セスは黙ってうなずいた。


『ON AIR』のランプが点灯し、ラジオDJに呼ばれる。スタッフの拍手に送られてブース内に入った。


 1時間の生放送が開始された。






 テオは救急車の中で意識を取り戻していた。


 声を出そうとするが、喉がカラカラでかすれた声すら出ない。


 体が揺さぶられる。


(ここは……車の中?)


 テオは起き上がろうと腕を曲げ、自分の左腕に点滴がつながれているのに気が付いた。


(これは⁈)


「テオ! 気が付いたか!」 


 代表がテオを見下ろす。


 救急隊員が時計を見て時間を記録しながら、血圧を測る。


「ここは……」

「お前、練習室で倒れたんだよ。覚えているか?」


(練習室? 倒れた?)


 テオはまだ状況が把握出来ない。


「ここ……」

「ここか? ここは救急車の中だ。今、病院に向かっている」

「病院?」

「トラブルが、頭の何とかっていう検査が出来る病院に行けとさ」


「頭部CTと脳波検査の出来る、脳神経内科のある大学病院へ運びます。VIP専用の病室もありますよ」


 救急隊員がテオと代表に説明をした。


「入院? 今夜、ラジオが……」


 テオの頭にはスケジュールが入っていた。


「もう、始まっているな。お前は風邪をひいた事になっている」


(行かないと……)


 テオは起き上がろうとするが、ストレッチャーに体が固定されていて動けない。


「大丈夫だ。ゼノが上手くやっているさ。それよりも、お前は何を見たんだ?」

「何を? そうだ、トラブル。トラブル!」




 救急車が停止し、後部のドアが開く。

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