第188話 4人のやり方


 控え室に入ったメンバー達は、誰も口を開く事が出来なかった。


「セス、1つ聞いてもいいですか?」


 沈黙を破りゼノがまだ放心状態のセスに言う。


「いつも、あのやり方で楽曲を作っているのですか?」


 セスは顔をあげて、聞き返した。


「あのやり方?」

「踏まれる花になって実際に痛みを感じるような……やり方です」

「ああ、感情移入しやすいからな……」

「完成するまで、何度も踏まれているのですか?」

「……作業をしている間は。それが何だ?」

「精神的に苦しくなりませんか?」

「……なる時も、ある」

「楽曲を作っていない普段も、人と同調シンクロしている?」

「ゼノ、何が言いたい」


 セスは、本当はゼノの言わんとする事が分かっていた。


「泣いている子供を見ると、その子の悲しみが手に取るように分かりますか?」

「……ああ。不安や不満、悔しさ、それを上手く伝えられない、もどかしさとか。でも、すべて俺の想像だ」

「だとしても、確信がある?」

「だから、何が言いたいんだ」

「セスは災害や事故のニュースを見ると、ふさぎ込みますよね? 私はセスの感受性が強いからだと思っていましたが、あれは被害者になり、同じ痛みに耐えていたのですね?」


 セスは答えない。


「人が亡くなったニュースでは、どうですか? 人でなくても、例えば車にかれてペシャンコになったカエルでは? セスも死の瞬間を共有してしまう?」


 答えないセスを見て、ゼノはYESと取った。


「何度も死を体感しているのですね」


 セスは唇を震わせる。


「骨が折れていく音や血が流れ出る感覚は、何度経験しても慣れない……子供の頃は、アニメのヒーローや動物園の動物の視点でこちら側を見て楽しかった。成長するにつけ、親から自分を見たり、教師や友達から見る様になって……それを止めようと雲や風や星から自分を見るようにしたら、音楽が湧いてきて幸せだった。でも、その内、自分でコントロール出来なくなって来て、俺の曲を盗んだ奴ら(第1章第12話参照)の、会ったこともない家族にまで思いが波及して……」


「セス、もう、やめて……」


 ノエルは泣きながら声を絞り出す。


 セスは慌てて取り繕った。


「でも、悪い事ばかりじゃない。俺がメシを作っていてジョンとノエルが笑いながらゲームをしていると、俺はいつの間にかジョンの中からノエルを見ていて、一緒に楽しんでいる。だから、悪い事ばかりじゃないんだ」


 セスのすがる様な表情を見て、ゼノは微笑む。


「否定しているのではありませんよ。天才の気持ちが知りたかっただけです。普通なら精神が崩壊しているでしょうね。でも、セスは乗り越えている。すごいですよ。そして、テオにも乗り越えてもらいたい」


 リーダーのゼノはノエルとジョンを見る。


「協力して下さい。セスが言う様に悪い事ばかりをテオに見せない為に、いつもの様に楽しく、思い合って、幸せな気分でいましょう。良い感情を見せればテオも良い気持ちになる。ですよね? セス」

「ああ。俺は精神的にキツくなっても、お前らのバカを見るといやされる」


 ジョンが赤い目をして、唇をとがらせた。


「バカって言うなー」

「本当の事だろ?」

「バカって言うなー!」


 ジョンが低い体勢でセスに迫る。


「何だよ」と、セスは後退あとずさりをした。


 ジョンは肩でセスに体当たりをして一気にかつぎ上げた。 


「わっ! バカっ! 下ろせ!」

「また、バカって言ったー!」


 ジョンはセスを、わっしょい!と、かついだまま歩き出す。


「危ないよ! ジョン!」


 ノエルはセスを支えながら、笑顔になって行く。


「下ろせ、筋肉バカっ!」

「バカって言っちゃいけないんだよー! わっしょーい!」


 セスが暴れて、ジョンはバランスを崩す。


「あー! 危ない!」


 ゼノとノエルが落ちて来るセスに手を伸ばす。が、そのまま下敷きになった。


 4人は、床に大の字で重なり合う。


「痛ーい! セス、早くどいてー!」

「この筋肉バカ豚が、どかないと無理だ!」

「ジョン! 早く、立ち上がって下さい!」

「バカ豚って言ったー!」

「右手がホントやばい! 早くどいて!」


 ジョンは慌てて飛び起き、ゼノ、セス、ノエルを助け起す。


ー……」


 ノエルは右手を押さえ、痛みに顔を歪ませた。


「大丈夫ですか⁈」

「あー…… うん、もう痛くなくなった」

「トラブルの所に行きますか?」

「ううん。触らなければ痛まないから大丈夫」

「ごめんね、ノエル」

「大丈夫だよ」


 マネージャーが出発を知らせに来た。


「まだ、着替ていない⁈ 急いで下さい!」


 はーいと、ジョンが右手の使えないノエルの着替えを手伝う。


「あれ、ノエル、後ろ前になっちゃった。ま、いいか」

「良くない! セス、助けてよ〜」

「何、やってんだよ」


 ワイワイといつもの調子を取り戻す3人を見て、ゼノは自然と笑顔になる。


 4人は着替えを済ませ、移動車に向かった。


 駐車場でセスは2階の医務室の窓の明かりを見上げた。


 それに気が付いたノエルとジョンも見上げる。ゼノがセスの肩に手をやり、優しく押して車にうながす。




 4人を乗せた移動車は夜のソウルに溶け込んで行った。

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