第187話 救急搬送


 セスは言い訳と思われてもいいと、ジョンに読まれない様に小さく手話をした。


俺は、お前を理解したいテオの気持ちが分かる……。


……もう、私の心をのぞく様な真似はしないで下さい。あなたに……あなた達に耐えられるものじゃない。


分かってる。テオはどうなる?


以前、私がこうなった時は、丸一日戻って来られなかった。その後もずっと引きずっていました。


 はぁーと、セスの深いため息を見てノエルは震える声で聞く。


「テオは、大丈夫なの?」

「ああ、いつかは目覚めるだろうが、いつになるか……」

「そんな」


 ノエルはテオにひざまずく。すると、代表が駆け込んで来た。


 診察台に横たわるテオを見て、有無を言わさずトラブルにつかみかかる。


「お前、何をしたんだ!」

「誤解です! 代表! 手を離して下さい!」


 ゼノが代表を振りほどく。


「誤解? おい、救急車は呼んだか?」


 代表はマネージャーに聞く。


「いえ、まだです」

「何やってんだ! 早く救急車を呼べ!」

「は、はい!」


 代表はテオの額に手をやり「冷たいな」と、つぶきながら、落ち着いている様子のトラブルを見る。


「テオは大丈夫なんだな?」


 トラブルは、はいと、うなずいた。


「ゼノ、この後のスケジュールは?」

「ラジオです。生放送」

「よし、テオは風邪を引いた事にしておけ。明日もテオなしで乗り切るしかないな。で、何があった?」


 代表はまず指示を出してから報告を求めた。ゼノが詳細を説明する。


 代表はいまだ目覚めないテオを見下ろす。


「気を失うなんて、こいつは何を見たんだ……」


「代表、救急車が来ました」


 マネージャーの声に我に返った代表は、青ざめたままのノエルの肩を叩きながら4人に言う。


「いいか、これは怪我や病気ではない。だから、死ぬ事はない。ただの風邪が治ったら元のテオに戻る。テオが目覚めた時に何でもなかった様に戻れる場所を用意しておかなくてはならない。それは、お前達にしか出来ない。今からラジオの生出演だ。いつもの様にしっかりやれ。いいな」


「はい……」


 ノエルが、か細い声で答える。


 代表はメンバーを見回して大きな声で言い直した。


「いいな!」

「はい!」


 セス以外は代表の声に驚き、そして、背筋を伸ばして返事をした。


 代表は、まだ放心状態のセスの背中を叩く。そして、リーダーに託した。


「ゼノ、頼んだぞ。俺はテオに付き添う。トラブル、お前は待機していろ」


私も行きます。


「ダメだ、お前は連絡を待て。宿舎の鍵だ、持ってろ。入院にならなかったら今夜はお前が付き添え」


 エレベーターホールが騒がしくなり、スタッフの声とストレッチャーの金属音が近づいて来た。


「救急隊が来たな。お前らは階段で上がれ。早く行け」


 メンバーとマネージャーはテオを残し、医務室を出た。


 ノエルは後ろを振り向きながらゼノに促されて階段を上る。


 ジョンとセスも、背中で救急隊と代表のやり取りの声を聞きながら鎮痛な面持ちで上った。





 意識の戻らないテオを乗せ、救急車はサイレンを鳴らして遠ざかって行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る