第337話 ノエルを消してやる


 廊下に残されたゼノら4人は、顔を見合わす。


「テオ、続きって……」

「やっぱり、マズいとこだったんじゃないですかー」


 マネージャーは苦虫を潰した様な顔をゼノに向けた。ゼノはいつもの様にセスを頼る。


「セス、どう思います?」

「知らん。興味ない」


 想定内のそっけない返事に肩をすくめると、ノエルが思わぬ事を言い出した。


「トラブルって、あんなにヤる気満々のテオをどうやってかわしてんだろう? ソヨンさんも見習って欲しいなぁ」

「ソヨンさんですか? まさか……ノエル!」

「ゼノ、勘違いしないでよ。手は出していません。でもさ、どうしようって思いながら期待されるのもねー……ゼノ、試しにソヨンさんを口説いて見てよ。僕以外にもそうなのか」

「バカな事、言わないで下さい!」

「じゃあ、セス」

「バカかっ」

「ジョンじゃ、無理だしなー」

「ノエル、人の気持ちをもてあそんでは、いけないと言いましたよね?」


 ゼノの強めの口調に、マネージャーは不穏な空気を読み取り「お疲れ様でしたー」と、階段で降りて行った。


 ノエルは髪をかき上げる。


「だってさ、彼女の率直な所は好きだけど、僕の外見ばかり見ているからさー。それってファンと一緒だよね」

「ノエルを見れば、ほとんどの女子は期待をすると思いますよ」

「だからさー、それが僕にだけ向けた感情なのか知りたいんだよね」

「ノエルでも、分からないのですか?」

「分かんないよー」

「よし。俺がソヨンに聞いてやる」


 セスが口を挟んだ。


「聞くだけじゃなくて、口説いてみてよ。真っ赤になってセスを意識し始めたら、僕とは終わり」

「で? 俺はソヨンと1発やって捨てればいいのか? ノエルに頼まれたって」

「それじゃあ、可哀想過ぎるでしょ」

「俺に惚れさせればいいんだろ? 簡単だ」

「う、うん、そうだけど……何か嫌だな」

「ノエルが望んだ事だろ。試して失敗すればソヨンを失う」

「セス……僕をあやつってる?」

「いや。人を試すってのは、そういう事だろ」

「2人とも! バカなマネはやめて下さいね!」


 セスは、ふんっと鼻で笑う。


「ゼノ、バカなマネをしようとしているのは俺じゃない。ノエル、試してやるから結果を受け入れろよ」


 セスは自分の部屋に戻ろうとする。


「ちょっと待って! セス、どうするつもり⁈」

「あ? 明後日、お前が戻って来るまでにソヨンをモノにしてやるよ。楽しみにしてろ」

「待ってよ! 乱暴な事は……」

「乱暴なんかするわけないだろ。1日で、ソヨンの中から完全にお前を消してやる。消せなければソヨンの気持ちは本物で、俺と相性が良ければ……そのまま俺と付き合うかもな」

「セス、人の気持ちは、消しゴムで消す様にはいきませんよ。ソヨンさんの恋心を完全に消すなんて出来っこないですよ」

「そうか? 俺にはノエルにはない武器があるけどな」

「武器⁈」

「ああ、俺は手話が出来る。ソヨンの弟の話しから攻めてみるか……家族を支援するってのもアリだな」

「そ、それは卑怯だよ! 彼女の家庭環境は関係ない!」

「気持ちを確かめたいんだろ? 手段は問わないだろ」

「いや! 手段は問うよ! それはダメだよ!」

「早く知りたいんじゃないのか? 俺に任せておけ」

「待って! 早く知りたくない! やっぱり、やめる」

「やめる⁈ 勝手な事言うなよ。せっかく協力する気になったのに」

「うん、でも、やめる。自分でやるよ」

「自分で? お前は人の中に入れないだろ。ソヨンは、今……」

「セス! やめて!ソヨンさんをのぞかないで!」


 ノエルは目をつぶるセスのえりつかむ。しかし、セスは目を開けない。


「ソヨンはパジャマのボタンをめている。何の柄だ? これはー……ん? 花じゃないな……小さくて、部屋が暗くて、よく見えない……」

「セス! やめてってば! やめろー!」


 ノエルはセスを突き飛ばした。


 壁に背中を打ち付け、セスの意識はノエルの前に戻る。


いてーな……」


 セスはノエルをにらみつけた。


「何のマネだ。お前の望みだろ。ソヨンの気持ちを確かめたいんだろ」

「違う。ソヨンさんの気持ちは分かっているんだ……確かめたいのは……」

「ふんっ。勝手にしろ」


 セスはノエルを押し退け、部屋に戻って行った。


「ノエル、大丈夫ですか?」


 肩で息をするノエルの背中に、ゼノは手を当てる。


「うん。ゼノ、ごめんね。僕……もう、寝るね」


 ゼノは、立ち去るノエルの後ろから声を掛けた。


「ノエル、セスは本気ではなかったと思いますよ」

「そうかな……僕には本気に感じたけど……」

「それは、ソヨンさんをだます事ではなく、ノエルの望みを叶える事に本気になったのではないですか?」

「僕の望み……僕の望みは何だろう……」

「え? ソヨンさんの気持ちを知る事では?」

「ううん、ゼノ。僕の望みは、僕の気持ちを知る事だよ……」

「ノエル……」

「おやすみ」


 ノエルは部屋に戻って行った。


 肩を落とす背中を見送り、ゼノも部屋に戻る。


 セスは、廊下の声を聞くために開けていたドアを、そっと閉めた。


(まったく、世話を焼かせやがって……)


 不意に、脳裏にソヨンの頭が向かって来る映像が流れた。


(いかん、ソヨンの枕に入ったままだ……手を洗ってスイッチを切ろう)


 セスはバスルームに向かう。

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