第481話 死んでくれて ありがとう


「こんな……こんな事、言っちゃいけないって思うんだけど。でも、なんか、トラブルが彼って呼ぶと、モヤモヤと言うか、イライラと言うか……」


嫉妬しっと……ですか?


「そ、そうだよね。ヤキモチなんか焼いたって仕方がないし、トラブルを守って死んでくれた人に、そんな言い方はないよね……ごめん、忘れて……」


 項垂うなだれるテオの言葉にトラブルは目を見開いた。


テオ。彼は死んでわけではありません。


「あ、なんか、イイ言い方が見つからなくて……」


彼の死に、良い言い方なんてありません。彼は『死んだ』それだけです。『死んであげた』わけでも『死んでくれた』わけでもない。


 普段ならテオが謝って終わりになるやり取りのはずだった。


 理解出来ないけれど、それでも愛していると伝えれば良かった。しかし、今のテオには、その心の余裕はない。


 “彼” と、言い続ける恋人に思わず語尾が荒くなる。


「じゃ、じゃあさ。なんでトラブルはチェ・ジオンさんを今でも大事にしているの⁈ それって『ありがとう』とか『ごめんなさい』の気持ちじゃないの⁈ トラブルだって、ただ『死んだ』なんて思ってないじゃん! 僕はチェ・ジオンさんにトラブルを守ってくれて、ありがとうって思っているよ!」


違う! 私は彼が死んで、感謝や謝罪なんて感じていない! 私は、あの時、一緒に死んだの! 死んだはずだったの! 私が目覚めてんじゃない! 私は彼が『死んでくれた』から生きているんじゃない! 彼はただ、死んで、私はただ、生き残っただけ。彼が死んだから私は生きているんじゃない!


「彼が守ったから生きてるんじゃん! 命懸けで守られたんだよ! だから……」


私が守りたかった! 私が死んで彼を生かしたかった!でも、そんなの不可能でしょ⁈ なぜ、彼だけが逝ってしまったのか、何度も何度も自問自答を繰り返して……でも、理由なんてないの! 同じ様に刺されて、彼はただ、死んだだけ! 私のせいじゃない! ……私だって……私だって、守ろうとしたの……。


「トラブルを責めてるんじゃないよ! あの、なんて言うか……待って! 待って、トラブル!」


 トラブルはテオの部屋を飛び出し、リビングを走り抜けて宿舎の玄関を出てしまった。


「あれー? テオ、どうしたの?」


 リビングでゲームをしていたジョンが驚いて振り向く。


「あ、いや……ジョン! 空港には何時に行くんだっけ?」

「へ? 3時だけど?」

「まだ、時間はあるね。僕、トラブルを追い掛けてくるから!」

「え! ダメだよ! さっきコンビニに行こうとしたら、下にファンの子達がいっぱいいるからダメだってゼノが……」

「え、あ。ああ、そうか……」

「トラブルと喧嘩しちゃったの?」

「ううん、喧嘩じゃない……また傷付けちゃった……」


(トラブル、ごめん……でも、トラブルだって悪いんだよ……『守られた』のどこが、いけないのさ……)


 テオは、肩を落として部屋に戻って行った。


 入れ違いに、ノエルが胸をさすりながらリビングに出て来た。


「ジョン、テオの部屋から何か聞こえて来なかった?」

「えー? 今、ちょっと……ほっ! あっ! あれ? どこ行った?」

「ねぇ、ジョン。ゲームは後にしてさー」

「うん……ほれっ、これっ、あー! また死んだ〜」

「ジョン、そのゲームと相性悪いみたいだね」

「うん。テオとトラブルも悪いみたいだよ。トラブルが走って出て行っちゃった」

「え! テオは⁈」

「部屋」

「……何か言っていた?」

「んー、責めてるんじゃないって言ってた」

「テオが? トラブルは?」

「トラブルの声は聞こえなかった。あ、当たり前か。手話は見てないよ。テオが傷付けちゃったって言ってた」

「そうか……」


 ノエルは胸に当てた手を見る。


(この痛みはテオ? それともトラブル?)






 セスもまた、部屋のパソコンの前で胸を抱えていた。


(クソッ。あいつは何をやっているんだ……いてーな……)


 ドアがノックされ、ノエルが入って来た。


 セスは胸を押さえたまま「入れと言ってないぞ」と、振り向きもせずに言う。


「セス、大丈夫……じゃなさそうだね」

「なんだ」

「あの2人、何があったの?」

「お前にも分かっただろ」

「うん。でも、アンテナ張ってないから詳細は分からない」

「詳細なんて俺にも分からないさ。……アンテナ張って、テオの感情をキャッチしてみろよ」

「ううん。それをすると、シンイーを探しに飛んで行っちゃうんだよ。自動的にね」


 セスは振り向き、鼻で笑ってみせる。


「面倒だな」

「シンイーの事になると、まだコントロールが付かないんだ」

「ふんっ……お前はどちらの感情を感じた?」

「え、たぶん、テオだと思う。セスは?」

「俺は、あいつのだ」

「トラブル?」

「そう……強い怒りを感じた」

「怒り? 悲しみでなくて?」


 セスは自分の胸をさすりながら辛そうに眉間にシワを寄せる。


「ああ……テオは……物事の良い面だけを見る事が出来る。どんな悲劇の中でも……暗闇の中にでも一筋の光を見る事が出来る。それがテオの長所だが、その光が見えないまま現実を受け入れるしかなかったヤツには、ありのままを見ないテオが理解出来ないし、テオも相手が傷付く理由が理解出来ない」


 ノエルは目を見開いて声を荒げた。


「そ! そんな! 2人は終わりだって言うの⁈ このまま⁈ 」

「そうかもな……」

「そうかもって……」


 ノエルは下を向き、そして、何かを決心した様に顔をあげた。


「セス、ヒントをちょうだい。僕はテオが悲しむのを見たくない。僕がなんとかしてみせるよ」

「お前がどうにかしても、それは一時しのぎだ。そこに横たわっている問題が消えるわけじゃない」

「男女の問題が消えるなんて思ってないよ。ましてやトラブルの問題なんか誰にも理解出来っこない。だけど、僕なら2人をなんとか出来るかもしれない。この痛みを、また感じたくない。やるだけやってみるよ」


 セスは顎に手を置いて考える。


「そこにある問題……両側にいる2人……決して理解出来ず、平行線……交わる事のない生き方……それでも愛していると言えるのか? 理解し合えないのに惹かれ合う……そんなことが可能か……?」


 セスは視線をゆっくりと上げた。


「可能だと思うか?」

「テオなら……テオだったら可能だよ。きっと、理解出来ないトラブルが好きだって言うよ。そうだ! テオに平行線でも手が届いているのだからって、言ってみるよ。うん、トラブルに謝って……そして、2人は相手に依存しない関係を築けばイイんだよ! テオに言って来る!」


 ノエルはいさんでテオの元に走って行った。


 セスはノエルが出て行ったドアを見つめて考える。


(少しの依存もない相手と恋愛して癒されるのか? それは、刺激がなくなったら終わる、ただの体の関係だろ……)

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