第482話 トラブルの登り方


「テオ、ちょっとイイ?」


 ノエルはテオの部屋をのぞく。


 テオは床に座り、膝を抱えていた。ノエルは隣に座りテオの肩をさする。


「テオー、原因はなんなの?」

「……分かんない」

「分からないって事はないでしょー」

「なんか、ずっとモヤモヤ、イライラしてて……」

「トラブルに?」

「うん、たぶん……」

「たぶんかー。ねぇ、セスはトラブルの感情を感じたみたいだけど、僕はテオを感じたよ? テオのどうしようもない気持ちはさ……」

「セスはトラブルを感じたの⁈ それ本当⁈」

「え、うん。今、話して来たから本当だけど?」

「僕、セスと話して来る!」


 テオは自分の肩に手を回すノエルを振り払い、セスの部屋に走った。


「テオ、僕の話を……聞こえてないねー。セス、ごめーん。面倒な子が行きまーす」







 (嘘だろ、やめてくれよー)


 セスは思わず部屋の鍵を掛けようとする。しかし、テオの到着が一足早かった。


「ねぇ、セス!……ドアの前で何をしているの?」

「いや……」


(あー、作業が止まるー……)


 セスは諦めてパソコンの前に座った。


「なんだ」

「トラブルの事、分かる?」

「あ? どこにいるかなんて……」

「違うよ。トラブルの気持ち。今の」

「今? お前に腹を立てている」

「え! 怒っているの⁈ そうか……そうだよね。でも、僕、何が悪かったのか分からないんだよ。トラブルをフォローしたつもりだったのに……」

「んー……」


 セスは、今のテオに、どう説明すれば理解させる事が出来るか考えた。しかし、答えは出ない。


 考えれば考えるほど、テオとトラブルの終息を見た気がする。セスはため息をいて、そして、一つ一つ言葉を選んで話した。


「人は、不幸に見舞われた時、少しでも自分を納得させる為に理由を作るだろ? 例えば、突然亡くなれば『苦しまなくて済んだ』とか、長患ながわずらいしたすえなら『もう、苦しまなくて済む』とか……分かるか?」

「うん。『こうならなくて良かった』『こうなるよりはマシだった』とかでしょ?」

「そうだ。それらの言葉は、どこか他人事に感じている麻痺まひした部分が言わせる言葉だとは思わないか?」

麻痺まひした部分?」

「客観的な……一歩引いた自分、又は他人から出る言葉だ」

「自分や、その人を慰める為に言うんでしょ?悪い事が起きたけど、最悪じゃないよって」

「最悪じゃないと言えるのは、最悪ではないからだろ?」

「そうだけど……でも、最悪でも、少し心が軽くする為に言うよね? 不幸じゃなくても、嫌な事があった時は『次、気を付ければいい』とか『虫の居処が悪かったんだろうな』とか」

「ああ、心の折り合いを付ける為に言うな」

「そうだよ。『こう考える様にして乗り越えよう』っていう意味だよ。だから、僕はチェ・ジオンさんに『トラブルを守ってくれて、ありがとう』って思ってるってトラブルに言ったら、怒り出してさ。トラブルを責めたわけじゃないのに」


 セスは天をあおいだ。


「お前、そんな事を言ったのか……」

「僕、悪い事、言ってないよね⁈ 普通に感謝しただけだよ⁈」

「ああ、お前は『普通』だ」

「だよね⁈ でも、トラブルは怒ってさ。わけが分からないよ」

「だろうな。お前には分からないな……」


(永遠にな……)


「教えてよ、セス。どうして僕は怒られたの?トラブルはどうして……」


 セスは腕を組み直した。


「大きな山があるとするだろ?」

「へ?山?」

「『困難』という、大きくて切り立った山だ」

「う、うん」

「人々は、その山を見ると避ける為に『迂回』か『少しでも低い山』を探し、そちらに進む」

「うん、そうだよね」

「で、お前は? テオも1度は他の道がないか探すよな?」

「うん」

「でも、やはり、その切り立つ山を登らなくてはならないと判断したら、どうする?」

「えっと……どうやって登ろうか考えて……」

「少しでも足場の良い所を探しながら少しづつ登るだろ?」

「うん」

「疲れたら?」

「座って休むよ」

「で、また、頑張って登り出す。でも、また疲れたら? 先は見えないし、頂上がどこにあるかも分からない」

「んー、諦めて違う山を探すかも」

「そこでも、また、疲れたら?」

「で、でも、違う道くらいはあるでしょ?」

「そうだな」

「行けそうな道を探して、休みながら登るよ」

「もし、ノエルもその山にいたら?ノエルはどこにいる?」

「ノエルは……僕のずっと先を歩いているよ。時々、僕を振り返って引っ張ってくれる」


 テオは想像の中のノエルに笑顔を見せる。


「あいつは、どこにいる?」

「トラブル? トラブルは……ずっともっと先だよ」

「あいつの山は、お前やノエルが登る山よりもけわしいと思わないか?」

「そうだね……誰よりもけわしいよ」

「しかも、大人達に放り投げられて、その山を登る事になった。自分で選んだのではない」

「うん……」

「あいつは、どうやって登っている? お前みたいに、足場の良い所を探して休みながら登っているか?」


 テオは真っ直ぐにセスの目を見る。そして、首を横に振った。

 

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