第293話 ゼノは心配症


 リハーサルは順調に進んで行く。


 メンバー達はステージに座り、楽曲の合間に水を飲んでいた。


「ノエル。手、大丈夫?」


 テオがノエルを気遣っていると、腰に工具を巻き付けたトラブルがステージに上がって来た。


 日本人スタイリストと、たくさん衣装をぶら下げたハンガーラックを運んでいる。


 右手でハンガーラックを押し、左手でハンガーに掛かったジャケットを2着、肩に掛けていた。


『その2着は、上手かみてに運んで下さい』


 日本人スタイリストに日本語で指示をされ、トラブルはうなずいて、上手かみてにジャケットを持って行った。


「トラブル、もう適応しているね」


 ノエルが笑う。


「あいつ、仕事して大丈夫なのか?」

「うん、そうだよね…… 顔色はいいみたいだけど」


 テオは不安な顔でセスに答える。


「あ! そのジャケット! トラブル、待って下さい!」


 ゼノは何かを思い出した様に、トラブルを追いかけて走って行った。


「ゼノ、どうしたんだろう」

「きっと、上手かみてにハケる俺達の分か、確認に行ったんだ。心配性だな」

「あー、変更があった箇所の……本当、心配症だよね」

(第2章第256話参照)


「へ? 何? 変更があったの⁈」


 ジョンが素っ頓狂すっとんきょうな声を出す。


「お前は、お前だけは、ない」


 セスはビシッと末っ子を指差す。


「セス! 何! その言い方!」

「次、間違えたらファンの前で頭をカチ割るからな」

「ひどーい! ノエル、なんとか言ってよー!」

「うん、ジョン、そろそろ集中して」

「ぐっ! はい。スミマセン……」






「トラブル、待って下さい。確認させて下さい」


 ステージ裏で、ゼノはトラブルを呼び止めた。


「そのジャケットは、2着だけですか?」


 トラブルは、はいと、うなずく。


「これと同じジャケットが、3着、さっきのラックに掛かっていましたか?」


 トラブルは、分からないと首を振った。


「本当は5着、揃って上手かみてに置いておいて欲しいのですよ。誰か分かりそうな……」


 トラブルとハンガーラックを運んでいた日本人スタイリストが現れた。


『手伝ってくれて、ありがとう。そう、そこでいいわ』


「あの、このジャケットは5人分、ここに置いておいて欲しいのですが」


 ゼノは話し掛けるが、このスタイリストには韓国語が通じなかった。


『ごめんなさい。何か探しているのかしら?』


 トラブルはスマホを取り出し、メモに日本語を打ち込んで、ゼノの言葉を伝えた。


『5着とも? おかしいわね。この前の曲で上手かみてにハケて、ジャケットを受け取るのは、セスとテオになっているわ』


 日本人スタイリストは、公演の台本を見ながらトラブルに言った。


 トラブルは、今度は韓国語でメモを打ち、ゼノに伝える。


 ゼノは変更があった事をトラブルに言い、トラブルは日本語で伝えた。


 トラブルを挟み、何度かやり取りをしている内に、日本側のプロデューサーも加わってゼノが正しいと証明された。


『ゼノさん、伝達不足で申し訳ありませんでした』


「いえ。こちらこそ、急な変更を重ねてご迷惑をお掛けします」


 問題が解決して、ゼノはホッと胸を撫で下ろす。


 トラブルは、スマホをしまいながら、右手を疲れたと振った。


「たくさん筆談をさせてスミマセン。疲れましたよね。ア・ユミさんを呼べば良かったのですが……」


 トラブルは、いいえと、首を振る。


 もう一度、スマホを取り出し、ゼノに向けて見せた。


『こんな細かい所まで、自分でチェックするのですね』


「いえ、普通はやらないのですが、今回は元々の新曲のダンス変更と、さらにノエルの骨折で曲順が変わった事にジョンが対応出来なくて……緊急措置が多くて、確認を自分でやらないと落ち着かないのですよ」


 トラブルは、なるほどと、うなずきながらスマホをしまう。


「トラブルは貧血の方は大丈夫ですか? 無理をすると長引きますよ」


 大丈夫ですと口パクで言い、トラブルは頭を下げて仕事に戻って行った。





 その様子を、ゼノに謝りに来たダテ・ジンが見ていた。


(ゼノさんとトラブルさんが恋人同士? そんな風には、見えないけどなー……先輩の勘違いじゃ? うーん、とにかく、謝らなくては)


 ゼノを追いかけ、ダテ・ジンはステージ袖に向かう。

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