第151話 テオの中に

 セスは声を高くするテオに眉をあげる。


「俺だったら、自分の女が元彼を『彼』って呼んでいたら気分が悪くなるけどな」

「さっきもノエルに言ったんだけど、チェ・ジオンさんはトラブルを守って亡くなったんだから感謝しかないよ」

「そうでなくて、俺の前で『彼』と言う相手にムカつかないか? なんで、あいつを彼って呼ぶんだって」

「……僕、トラブルに腹を立てていたの?」

「腹が立っていたのか? ちょっと、ノエルに話した事を、もう一度話してみろ」


 セスはペロリと酒を舐める。


 テオはトラブルの家での出来事をノエルに話したようにセスに聞かせた。


 セスは特にトラブルが抱き付いて来た件を詳しく聞き返す。


「フラッシュバックが来てたと思うんだけど、トラブルは違うって。怖い事を思い出したんじゃないって」

「あいつの写真を褒めて、振り向いたら抱き付いて来たんだな?」

「うん」

「抱き付いて来る前、あいつは何を見ていた?」

「えーと、僕を横から見ていたよ」

「お前の目を見ていた?」

「うん。あ、ううん。えーと、遠くを見るように僕を見ていたよ」

「テオを見ているのに見ていない?」

「うん、そうだ。僕、その時から不愉快な気分になったんだ……」


 セスは酒を舐める舌を止める。その声は低く変わった。


「……テオ、お前はあいつと話をして帰って来たのか? 謝られただけか?」

「ううん、自分の問題だからトラブルは悪くないって言って来た。ノエルと話したくなったから、ごめん帰るって、ちゃんと言ったよ」

「バカかっ!」

「な、なんでだよー!」

「バカだと思ってたけど、ここまで大バカだとは思ってなかったぞ。本当に救いようのない、バカ野郎だな!」


 テオの目が驚いたままうるんで来る。


「セス、ちゃんとテオに説明してあげてよ」


 ノエルがテオをかばいながら言う。


「お前は、ここに帰って来れば友達がいるよな? 話を聞いて慰めてくれる友達が。あいつには? 今、誰かに相談していると思うか? お前は、2人の問題を2人で解決しようとしないで惚れた女を1人で置いて来たんだよ!」

「だ、だって、トラブルが帰った方がいいって……」

「バカっ、真に受ける奴がいるか! お前、本当にヤバいぞ。もし、カン・ジフンに連絡していたら、あいつを取られちまうぞ」

「何でカン・ジフンさんが出てくるのさ」

「他に誰がいる? ユミちゃんには秘密だし、イ・ヘギョンさんにテオの相談をするとは思えないだろ」


 テオは反論する事が出来ない。


「彼と上手くいかないって悩みを男友達に相談したら? その男友達が好意を持っていたら? 想像できるだろ」

「トラブルはそんな簡単に流されたりしないよ……」

「今はヤバいんだよ! あー、もう! 何で2人で話し合って来なかったんだよ!」

「セス、何がヤバいの?」


 ノエルが口を挟んだ。


 ゼノもセスのイラつきが理解出来ない。


「そうですよ。セス、何かを知っているような口ぶりですね」

 

 セスは、ひと呼吸置いた。


「本当は、2人で気が付いて解決しないといけない事だが……まず、あいつがチェ・ジオンを『彼』と呼んだのは、テオとチェ・ジオンの話が出来ると思い、昔の呼び方が出てしまったんだ」

「出来ると思ったって、どうして?」

「テオはチェ・ジオンの家と知っている。それでも、今日が楽しみだとあいつに伝えていただろ? だから、当然、あいつはテオが平気だと思った」

「あ、それ……トラブルに謝られました」

「バカ。あいつはチェ・ジオンの死を乗り越えたから家に住む事もテオを招待する事も出来た。で、『彼』の話をしたくなった。でも、話せる相手がいない。だからテオに……」

「あー! 違う! 僕です!」


 テオは頭を抱えて立ち上がる。


「僕が、話したくなったら話してって、前にトラブルに言った! その時、トラブルは嬉しいって泣いてしまって……」(第2章第93話参照)

「バカっ。そんな大事な事、忘れていたのか?」

「うん、バカです。僕が話してって言ったのに、話し過ぎたと謝らせちゃった……」

「バカ」

「で、でも、腹が立ったのは違う何かにだよ」

「あいつがテオを見ていなかったからだ」

「え?」

「あいつはテオの中にチェ・ジオンを見たんだ」


 テオはもちろん、ゼノもノエルも言葉を失った。


 ジョンがそっと手を伸ばし、ゼノの日本酒をゴクリと飲む。

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