第150話 寿司と日本酒


 テオはポツリポツリと話し出す。 


 ノエルはテオの話し方に慣れてはいるが、幼馴染の言葉を一言一句、聞き逃すまいと話にテオの口元に集中した。


 青い家と絵。スミレの花。トラブルの写真。

トラブルが抱き付いて来た事。その辺りから自分が嫌な気持ちになって来た事。美味しいかったハンバーガーとケーキ。トラブルと話しているのが苦痛になり、お酒が飲みたくなった事。それをトラブルにさとられ、帰れと言われた事。


「トラブルに帰れって言われたの⁈」

「うん、帰った方がいいって……」

「テオ『帰れ』と『帰った方がいい』は全然意味が違うよ。『帰った方がいい』は相手の為を思った言葉だよ。トラブルは何でテオが帰った方がいいと思ったの?」

「チェ・ジオンさんの事を話し過ぎたって。僕を嫌な気分にさせてしまったって謝られた」

「テオがやきもちを妬いたから?」

「僕、やきもちを妬いたのかなぁ」

「カン・ジフンさんの事も嫉妬して嫌な気持ちになった事あったじゃん」

「そうか、だから前にも感じたと思ったのか」

「嫉妬して、不貞腐ふてくされたの?」

「そんなつもりは、なかったけど……でも、それだけじゃない気がするんだけど、何か説明出来ないんだよ」

「困ったねー」

「うん、困ってます」


 リビングからゼノの電話の声が聞こえる。


 寿司を頼んでいるようだ。


「ノエル、僕、やっぱりチェ・ジオンさんに嫉妬はしないよ。トラブルを守って亡くなった方だし感謝しかないよ。僕、何かに腹が立ったんだよ。それが、分からなくてトラブルに謝らせちゃったんだ。本当、情けないよ」

「テオ、元気出して。ゼノにも聞いてもらおう。話していると気づく事もあるでしょう?」

「はぁー……」


 落ち込むテオの背中を、ノエルはさすり続ける。




「あー!ゼノ 危ない!」


 ジョンが叫び、ゼノのアバターは死亡した。


「ここまで来たのに〜」


 ゲームオーバーとなり、ジョンはひっくり返る。


 ピンポーン


「お寿司だっ」


 ジョンが玄関を開けるとセスが寿司桶を受け取っていた。


「支払いするから、持っていけ」


 セスはジョンに寿司桶を渡す。ゼノも玄関に出て手伝った。


「セス、払ってくれたのですか? すみませんね」

「でかいサイズだな。何人前だ?」

「僕、3人前食べる!」

「そんなにありませんよ。テオもいるのですから」

「テオ? 帰って来てるのか?」

「それが、トラブルと何かあったらしくて」

「はぁ?」

「今、ノエルが話しています」

「また、面倒くさい事になってるのか?」

「かなり落ち込んでますよ」

「はぁー」


 食いしん坊のジョンは寿司桶に手を合わせていた。


「いただきまーす!」

「その前にジョン、テオとノエルに声を掛けてきて下さい」

「はーい」


 ご馳走の前から離れるわけにはいかない。なので、その場で叫ぶ方法を選ぶ。


「ノエルー! テオー! ご飯だよー!」

「うるせっ」

  

 セスのにらみは、ご飯の前のジョンには通じない。


 テオの部屋にジョンの声が届いた。 


「お寿司、来たみたいだね。食べようよ」

「うん……」


 2人はリビングのテーブルにつく。


「セス、帰ってたんだ」


 セスの顔を見てもテオは何も言わなかった。


 セスは買ってきた日本酒を開け、皆のコップに注ぐ。


「日本酒ですか? 寿司だから?」

「そう。これは辛口。こっちは甘口」

「食べていい?」


 ジョンがしびれを切らす。


「はい、いただきましょう」


「日本酒は始めてですよ」


 ゼノはそう言って、注がれたコップをひと舐めする。


「ん? 水みたい。辛くはないですね」

「原材料が米とこうじだけなんだ。へー」


 ノエルは瓶のラベルを読みながら、テオに勧めた。


「うん、飲みやすいね……」


 テオはポツリと言うだけで、寿司に手を伸ばさない。


 ゼノがセスに目配せをする。セスは、えー?と面倒くささを顔に出す。ノエルもセスに目配せをしてゼノに加勢した。


 セスは、はぁーと、ため息をく。


「テオ、トラブルの家はどんなだったんだ?」

「うん、山小屋みたいでいい所だったよ。手作りって感じで……彼と壁の色を塗ったんだって」

「手作り? チェ・ジオンさんが作ったのか?」

「ううん、彼の叔父さんの持ち物だったんだって。彼と叔父さんは仲良しで父親みたいに思ってたんだって」


セスは眉を上げる。


「『彼』って、チェ・ジオンさんの事か? 何でテオが『彼』って呼ぶんだ?」

「え、あ、トラブルが彼って言っていたから……」

「トラブルはお前にチェ・ジオンさんの事を『彼』って言ったのか?」

「うん『彼がー』とか、『彼とー』とか」

「それで嫉妬に狂って帰って来て、落ち込んでるのか?」

「違うよ!」

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