第143話 マネージャー公認


 唖然あぜんとしたゼノがまばたきをしてなんとか言葉を絞り出した。


「ち、違うのですか?」

「違くないと思うけど……あれ?」

「しっかりしてよー!」


 ノエルがさらにユッサユッサとテオをらす。


「トラブルは彼女ー!」


 ジョンが叫ぶ。


 テオはノエルに揺すられながら、まだ目を丸くしていた。


「僕、彼女が出来たの?」

「いまさら、なに言ってんだよー! しっかりしてよー!」


 温度差の激しい2人に、セスは「トラブルも同じ反応をしそうだな」と、苦笑いをして見せた。


「トラブルに気持ちは伝えてあるんでしょう?」


 ノエルが当然というように聞く。


「ある……と、思う。でも、トラブルから返事を聞いてないような?」

「嘘⁈」

「『付き合う』とか『彼氏・彼女』って単語を使ってないだけだろ」


 セスはテオを代弁する。


「うん、そんな話、1度もした事ない」


「明日、気持ちを伝えてキチンとお付き合いを始めなくてはいけませんね」


 真面目なリーダーのアドバイスにテオは大きくうなずいた。


 ラジオ収録中、テオは終始うわの空だったが、いつもの “不思議ちゃん” と、イジられて終わらせる事が出来た。





 メンバー達の乗る移動車のドライバーは、5人を宿舎に送り届けた後、マネージャーに電話でその旨を報告する。


 ついでに車内での会話も。


 マネージャーはドライバーに口外しないよう口止めをして電話を切った。





 マネージャーは考える。


 代表にはメンバー達の恋愛にあまり干渉しないように言われている。


 テオとトラブルの件は代表も承知の上なので問題はないと思うが、どうも、あの2人が上手くいくとは思えない。


 テオは幼すぎる。


 トラブルは、セスかゼノを選べば良かったのに。上の2人なら露見しても堂々としていられるだろうし、ファン離れも起きないだろう。


 テオは2度目のスキャンダルになってしまう。(第1章第48話参照)


 マスコミに騒がれればテオの精神が耐えられないだろう。


 今度こそファン離れが起きて解散に繋がってしまうかもしれない。


 ゼノに車内での会話をドライバーが自分に報告した事と、今日のドライバーは外部委託の人間であると伝えておこう。


 テオに限らないが注意しておいてもらわなくては。


 マネージャーはゼノにメールをして、今日の仕事を終わらせた。





 マネージャーからメールを受け取ったゼノは、皆に声をかけた。


 それぞれ寝る支度をしていたメンバー達は何事かと集まって来る。


 ゼノはマネージャーからのメールを読んで聞かせた。


「まさか、ドライバーさんが聞いてたなんて……」


 テオは言葉を失う。


らしてないよね?」


 ノエルの不安にセスは答えるが解決策ではなかった。


「仕事で見聞きした事を安易に喋らないと思うが、マネージャーの口止めがどこまで効くか分からないな」


「皆んな、ごめん……」


 テオは項垂うなだれて謝る。


「完全に自分達だけと確認出来る場所でしか、きわどい話はしないように、お互い注意し合うようにしましょう」


 ゼノの言葉に全員が強くうなずいた。


「テオ、良かったな」


 突然、セスが言う。


「え、なんで?」

「マネージャー公認だろ」


 ノエルはその意味をすぐに察した。


「本当だ! テオ、マネージャーはバレないように気をつけろって。交際をやめろじゃなくて!」


 ノエルが興奮気味に言うが、テオに今ひとつ伝わらない。


「え? そうなの?」

「もうー! そういう意味なの!」

「本当に⁈」

「まだ、付き合いが始まってないからピンと来ないみたいですね」


 ゼノは仕方がないと微笑んだ。


「公認婚前交渉!」


 ジョンがバンザイしながら叫ぶ。


「ジョン! そんな言葉ありませんからね!」


 リーダーを無視して「勝負パンツゥー」とお尻を振って見せる。


「あなたは、本当にもー! 部屋に散らかる変な本はすべて捨ててしまいなさい! 今どんな動画を観ているのかチェックします!」


 ジョンはゼノに耳をつかまれたまま部屋へ引っ張られていった。


 リビングに残された3人は笑いながら見送る。


「テオ、乾杯しよう」


 ノエルは冷蔵庫から缶ビールをテオとセス分も取り出し渡す。


 ノエルは缶ビールを高く掲げた。


「えー、“テオに彼女が出来ましたー” を祝して……」

「まだ、出来たとは限らないぞ」

「じゃあ、“マネージャー公認” を祝して……」

「なんのだよ」

「えーと、では、“テオの前途を祝して”」

「ザックリしてんな」

「“テオとトラブル頑張って” を祝して……」

「意味不明」

「なんだよ! セスが良かったな公認って言い出したんでしょー!」


 セスは珍しく破顔した。


「悪い、悪い。テオよりもノエルの方が嬉しそうだから、つい、からかいたくなった」


 ノエルははたと、幼馴染を見る。


「そうだよ、テオ! 何でもっと、はしゃいでないの? 明日を待ち遠しくしてたじゃん!」

「う、うん。でも、何だかトラブルと僕の……僕達の関係が変わってしまいそうで……」

「不安って事?」

「うん……」


 セスは吐き出す様に言う。


「チェリーボーイは面倒くせーな」


 乾杯を待たず、ビールをクビっと飲んだ。


 テオは汗をかき始めた缶ビールに目を落とす。


「だって、もし、トラブルに断られたら? 僕を彼氏にして下さいって言って『え、嫌だ』とか言いそうじゃん」


 ブブーっと、セスはビールを吹き出す。


「お前、彼氏にして下さいって言うつもりなのか⁈」

「勘弁してよ、テオー」


 ノエルは髪をかき上げて、ティッシュをセスに渡す。


「なんで? なにが?」


 2人の顔を交互に見るテオを置いて、セスは立ち上がる。


「ノエル、後は任せた」


 ノエルの肩をポンっと叩き、ビールを持って部屋に入ってしまった。


「セス、ずるいよー」

「ノエル、何が勘弁なの?」

「ええー…… とりあえず部屋に行こうか」


 兄弟の様に育った2人は、テオの部屋の床に座って向かい合う。


「えーと、まずは、明日は久しぶりの休みだね。今日までお疲れ様でした」


 2人は缶ビールをコツンと当てる。


 ノエルはビールを一気飲みした。


「トラブルが女性一般に当てはまるか、分かりませんがー……」


 ノエルは前置きをして、デートの注意点や女性の取り扱い方法を伝授していく。


「で、トラブルは違うかも知れないけどー……」


 ノエルの講義とテオの質問は日付が変わるまで続き、翌朝、ノエルは冷蔵庫のビールをすべて飲んだヤツが買い足しておけとセスににらまれる事になる。

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