第144話 約束の朝


 翌朝6時。


 トラブルはスッキリと目覚めた。


 悪夢を見なかった。


(何年ぶりだろう、目覚めてシャワーを浴びたいと思わないなんて)


 ブラインドを開ける。


 快晴だ。


 歯磨き済ませ、着替えてランニングに出かけた。


 川沿いのルートを懐かしい記憶に辿たどって走る。


(気持ちいいー……)


 会社に置いてあるバイクを、このまま走って取りに行こうと思い立った。


 一旦、家に戻り、リュックを背負い出発した。


 幹線道路沿いのコンビニで水とチョコレートを買う。


(さて、と……)


 トラブルは本気のスピードで走り出した。





 1時間後。


 会社駐車場に到着した。時計を見て思っていたより時間がかかったと体力の衰えを感じる。


 バイクに寄り掛かり、水とチョコレートで一休みして雲ひとつない空を見上げる。


 全身から汗が吹き出して気持ちいい。


 体がベタつく前にバイクのエンジンをかけて発進させた。


 途中でスーパーマーケットに寄り食材を買う。


 誰かを思い出しながら、誰かの為に買い物をするのは、こんなにも楽しかったかと懐かしむ。


 リュックに買い物袋を詰めて帰路に着いた。


 幹線道路沿いの家の近くに真新しいケーキ屋を発見した。


(後で買いに来よう)


 食材を冷蔵庫に入れ、シャワーを浴びる。


 汗まみれのスウェットを洗濯機に放り投げた。


 そろそろ急がないとテオを迎えに行く時間になる。


 ベッドを整え、窓をすべて開けて掃除機をかける。


 1階の窓も開け、家に深呼吸をさせた。


 天気が良いので本当は外に洗濯物を干したいがテオが来るのでそのまま乾燥に移行させる。


 部屋を見回し、よしとうなずいて出発した。





 テオは朝8時にノエルを起こしていた。


「来て行く服、一緒に考えてよ」

「まだ、3時間もあるじゃん。自分で決めなよー」

「決めれないから助けてよー」

「もう、いつも僕の意見なんか聞かないくせに」

「ありがとー」


 テオの部屋でファッションショーが始まる。


「トラブルの家に行った後、どこか行くの?」

「分かんない」

「そっか。バイクに乗って家でくつろぐとしたら、上着で調節出来る方がいいね」

「今日はいい天気だよね」

「うん、暑いくらいだってさ」

「トラブルの黒に合わせようかなー」

「真っ黒な二人? 変だよ。バイクだからデニムかアーミーカラーが絵になるね」

「そうか。始めてノエルの意見が参考になった」

「ぶつよ」


 拳を見せるノエルにテオは鏡から振り向いた。


「こんな感じ?」

「んー、上着はもっと大きめのスカジャンっぽいのがー……これこれ、こんな感じ」

「変じゃない? これなら中に色を入れないと」

「やっぱり僕の意見なんか聞かない」

「ジャーン! どう?」


 ノエルはテオを納得させる方法を熟知していた。


「うん、バイクに乗る時は前を閉めておいて、家で上着を脱ぐとまた違う感じで。良いと思われます!」

「はい!ありがとうこざいます!」


 敬礼し合い、ホッとするノエルにテオは新たな敵を差し出した。


「でね、ヘルメットはどれがいいと思う? これと、これと、これ」

「3個もあるの〜⁈」


 ノエルが頭を抱えてひっくり返っていると、ゼノが顔を出した。


「おはようございます。お、テオ、今日もキマってますね。朝ご飯出来ましたよ」

「はーい」


 リビングではジョンがパンをかじっていた。


「ジョン、休みの日の午前中に起きるなんて、どうしたの?」

「ノエル君、失礼ですよ。僕が起きないのは用事がないからであって、きちんと起きられるんですー」

「どこか行くの?」

「最新のVRゲーム機が揃ったイベントに行くのです!」

「1人で⁈ 大丈夫?」

「1人で行かす訳がないでしょう。私が付いて行きますよ。はい、コーヒー」


「保護者同伴だな」


 キッチンでセスが卵焼きを皿に盛りながら言う。


「ゼノもゲーム好きだもんねー」


 ジョンは甘えた声を出す。


「好きですよ。おかわりしたい人は?」


「セスはどこか行くの?」


 テオが聞く。


「楽器屋をのぞいて、そのあと会社で作業だな」

「ノエルは?」

「僕は、ゆっくりする予定だったんだけどさー。誰かさんに叩き起こされたから、洋服でも買いに行こうかなぁ」


 ノエルは欠伸あくびをする。


「帽子とマスクを忘れないように。テオも顔を隠せる物を常に持ち歩くようにした方がいいですよ」

「そうか。分かった」


 テオは素直にうなずく。


「同じ顔してんだから、あいつの顔も隠した方がいいんじゃないか?」


 セスは皮肉を込めて言う。


「背の高い2人のうち、1人が顔を隠していても、もう1人もテオの顔なんだから、そっちも顔を隠してないと意味がないもんね」


 ノエルは笑いながら髪をかき上げる。


「そうか。分かった!」


 テオは部屋で帽子を2つ選び、ズボンのベルトに通してマスクを2枚ポケットに入れた。


 準備を終わらせ、テレビを見て時間を潰す。


 なぜか、他のメンバー達も出かけない。


 ピンポーン


 ドアチァイムが鳴る。


「トラブルだぁ」


 ジョンが真っ先に玄関に飛び出して行った。


 メンバー全員の出迎えにトラブルは驚きを隠せない。


お、おはようございます。


「おはよー」


 ジョンが手話を読み挨拶を返す。


「テオ、カバンは?」

「財布はこっちで、スマホはこっちのポケット」

「落とさないで下さいよ。迎えが必要になったら車出せますからね」

「忘れ物ない?」

「もう!子供じゃないんだから大丈夫です! 行って来まーす」


 テオを先に出し、トラブルはペコっと頭を下げてドアを閉めた。

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