第267話 隠された病気


「ゼノ、どういう意味?」


 テオは真意が分からないと聞き返す。


「いえ、素人考えですが、立ち上がった時の眩暈めまいは理解出来ますが、足を頭より下げただけで、そんなに気を失うものですかね? 血圧計はありますか?」

「あ、確かここに……」


 テオはベッド下の引き出しから血圧計を取り出した。


「ちょっと失礼」と、ゼノが血圧を測る。


 血圧計は再び80台を示した。


「足を上げて80台では、起きればさらに低くなるという事ですよね? 貧血だけで、ここまで低血圧になりますか? どこか、出血しているとか他の病気はありませんか?」


 トラブルは手話で返事をした。


もうすぐ生理なので、子宮内膜に充血していると思われます。食事をれていないので、脱水の可能性もあります。イム・ユンジュから……


「待って、待って。トラブル」


 テオがトラブルの手話を止めた。


「生理の後が、何て言ったのか分からないよ」

「生理中なのですか?」


 ゼノの質問にテオは顔を赤くして答えた。


「ううん、もうすぐって。何とかの可能性があるって言うんだけど、僕、分からなくて……」


 トラブルはテオにリュックを持ってくるように頼む。


 受け取り、リュックの中から点滴を取り出した。


 スマホのメモで、ゼノの質問に答える。


「子宮内膜の充血、脱水ですか…… で、これを点滴するのですね?」


 トラブルはテオにハンガーを持ってくるように頼み、寝たままで点滴の準備をする。


 ハンガーを曲げてフックを作り、テオに準備の出来た点滴と共にベッド上の窓枠にぶら下げてもらう。


 針を固定するテープを腕に貼り、左腕を駆血くけつし、血管の位置を確認してアルコール綿で消毒をする。


 右手で針を持ち、口で針のキャップを外す。


「ちょっと、トラブル! 自分で打つの⁈」


 テオの頓狂とんきょうな声で、ノエルとジョンも集まって来た。


 トラブルは、もちろんと、うなずき、躊躇ちゅうちょなく自分の右手に針を刺した。


 駆血帯くけつたいを外しテープで針を固定する。


 点滴の滴下てきか速度を最大にして、よしと、テオに合図を送った。


「よしって……」

「点滴って自分で出来るんだね」

「驚いたー」


 ノエルとジョンは驚きを隠せない。


 15歳までアメリカで育ったゼノは、ホームドクターの往診に慣れており、自宅で点滴などでは動じない。


「これは500ml? 何分くらい行うものですか?」


 ゼノの質問に左腕を動かせないトラブルは、口を動かす。が、テオは読み取る事が出来なかった。


「セス、ちょっといいですか? トラブルの通訳をして下さい」

「あ? テオがいるだろ」


 セスはキッチンからベッドをのぞき込み、点滴を見て「ああ……言ってみろ」と、トラブルをうながした。


 セスはトラブルの唇を読み、ゼノに伝える。


「通常、1時間。10分で終わらせる」

「10分で終わらせてはダメですよ!」

「大丈夫だと。ただの生理食塩水だから、だと」

「無茶しないでよー。看護師なのにー」


 トラブルは、大丈夫と、口パクをする。


「大丈夫って言ったの? 本当に? 本当に、そんなに早く点滴して大丈夫なの?」


 テオが心配をしている間に、トラブルは滴下てきかクランプを止め、自分で自分から針を抜いた。


「嘘でしょー!」

「痛〜い!」


 ノエルとジョンは、恐ろしいものを見たとリビングでひっくり返る。


「お前ら、手伝えよ」


 キッチンからセスが不機嫌な声を掛けた。


 テオはベッドに腰を掛け、トラブルの頬を撫でた。


「そんな、水みたいな点滴で良くなるの?」


脱水は改善されます。気分が良くなって来ました。


「本当? 良かったー」


なかが空きました。


「僕も。セスを手伝ってくるね」


 テオは手を振って、キッチンに向かう。


 トラブルの耳にメンバー達のにぎやかな声が届く。


 肉を焼く、いい匂いがして来た。


 トイレに行きたくなったトラブルは、ふと、今日始めての尿意だと気が付いた。


(脱水症状を見逃すなんて……看護師失格だ)


 トラブルは体を起こし、ゆっくりと足をベッドの下に降ろす。


 血圧計を巻き、測定をする。


 今度は90台を示した。


(悪くない……)


 ベッドの上の点滴を片付け、座ったまま背伸びをして首を振る。


(うん、よし……)


 トラブルは立ち上がった。


 少し、ふらつくが眩暈めまいがするほどではない。壁に手を当てながら、バスルームに行く。


 バスルームのドアが閉まる音で、テオはトラブルがベッドにいないと気が付いた。


「トラブル? トイレ? トイレにいるの? 大丈夫⁈ ゼノ、どうしよう!」

「落ち着いて下さいテオ。今、入ったのなら少し待ちましょう」

「でも、倒れているかも!」


 テオは、ドアをドンドンと叩く。


「しょんべんぐらい、ゆっくりさせてやれよ」

「セス、またそんな言い方を」

「テオ、あいつが倒れた音でもしたのか? お前が騒いでいたら、音が聞こえないだろ」

「そうか……」


 テオは真剣な顔でバスルームのドアに耳をすます。横に並んでセスもドアに耳を当てた。


「女性のバスルームの音を聞くなんて……」


 ゼノはあきれて、2人を見る。






 一方、ドアの内側のトラブルは、戦々恐々せんせんきょうきょうとしていた。

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