第653話 社葬


 宣告された余命よりも早く、パン・ムヒョンは鬼籍きせきに入った。


 マスコミは長年第一線で活躍した作曲家の追悼番組を放送し、彼の過去のヒット作が街中に流される。


 芸能界とは縁のない家族は、慎ましやかな葬儀を選んだが、交流のあった歌手や音楽関係者らは仲間内で追悼コンサートやイベントを企画して韓国を代表する偉大な作曲家の死をいたんだ。

 

 家族葬に参列した代表は、会社を支えただけでなく後輩の育成にも尽力してくれたと、遺族の前で深々と頭を下げる。


 パン・ムヒョンのすぐ上の兄は、弟から素晴らしいプロデューサーに出会ったと聞いていた。


 そのプロデューサーが保証してくれたモノは『自由』で、そのおかげで過去の自分の作品イメージにとらわれない、新しい挑戦が出来ると喜んでいたと、代表の手を握る。


 代表は、音源の一部を相続させてもらったセスという若者を下棺げかんに立ち合わせて欲しいと頼んだ。


 父の様に慕っていた彼に最期の別れをさせてやって欲しい。マスコミが嗅ぎつけたら、すぐに立ち去るからと頼み込む。


 5人の兄達は、そのアイドルを知らなかったが、賢くて自慢の末っ子が曲をのこしたからには、自分達の家族と同じだと快諾かいだくする。


「ありがとうございます。彼が代表で立ち会えれば、会社の皆も納得します」

「納得とは?」

「実は社葬にするべきだとの声がありまして……先生は、とても慕われていましたから」

「そうでしたか……」


 80代であろう長兄が、今は末っ子になった弟を呼ぶ。ボソボソとつぶく様に耳元でささやき、そして、弟は大きくうなずいた。


「あの、うちの兄が是非、社葬をして頂きたいと申しております。遺体は埋葬しなくてはなりませんので、下棺げかんにはセスさんに立ち会って頂き、遺影をお貸ししますので。厳密には社葬ではありませんが、皆さんにお線香をそなえて頂いて下さい」

「ありがとうございます!」


 代表は少し大袈裟に頭を下げた。






 次の日、爽やかに晴れ渡った空の下でセスは腹を立てていた。


(俺の気分に合う空色をしろよ……)


 理不尽な文句だと分かっているが、それほどセスは落ち込んでいた。


 病気に気付けず、パク・ユンホとの関係にも気付けず、自分は、火葬されて小さな骨壺に入った作曲家の何を見ていたのだろうと自己嫌悪に陥る。


 無事に納骨を終わらせた遺族に混じり、墓石に酒を掛け線香を上げる。


 忙しいセスに配慮して、すでに弁護士が駆け付けていた。


 遺族の前で遺産贈与の書類にサインをし、彼がのこしたすべての音源を素晴らしい楽曲に仕上げてみせると心の中で誓う。


 そんな熱い決心を顔に出さず、終始、無愛想なセスに遺族達は不安を覚えるが、世間では天才と呼ばれていた末っ子も家族の中では所帯も持たない変わり者で通っていたので、彼もまた、天才の部類に入るのだろうと思う。


 自分を立ち合わせてくれた家族に深々と頭を下げ、セスは墓場を後にした。


 タクシーを呼ぶ気になれず、喪服のジャケットを腕に掛けてネクタイを緩め、晴れ渡る空をひとにらみして2時間の道のりを歩いて帰った。






「さて、ひと稼ぎするぞー!」


 会社の執務室で、事務局長は嬉々とする代表に呆れていた。


「この為に、ご遺族に社葬の許可を得たのですか?」

「遺作を存分に宣伝に使えと言われたんだよっ。メンバー達のデビュー曲も再注目されているし……招待するマスコミを増やすか?」


 代表は社葬をマスコミに公開して取材させ、ついでに新人の宣伝もする算段でいた。


「本当、タダでは起きませんね」

「当たり前だ。俺を起こすのは金だ!」

「自慢げに言わないで下さい」


 お父様そっくりになって来ましたねとは、思っても言わない方が賢明だと充分に分かっている。


「カンボジアとは連絡が取れたのか?」

「いいえ。トラブルはジョンにしか返事をしない様です。ジョンに頼んでありますが参列するか不明です」

「そうか……パク・ユンホの葬儀には出られなかったからと思ったが。まあ、あいつが決める事だ」






 翌週、1番広いスタジオを使って作曲家の追悼式が行われた。


 大勢のマスコミ関係者を招き、メンバー達や弟分としてデビューするグループの前で、いつものスタジオの中が葬儀場になっている違和感を感じながらゼノが挨拶を行う。


 セスが音源を譲り受けたと発表されてから、一部の曲は自分とパン・ムヒョンの共同作品だと主張する自称友人なる人物が多数出没したが、代表がことごとく叩き潰していた。


 セスはそれに気付いていたが、代表がセスの耳には入らない様にしていたので、その気持ちに応え、素知らぬフリを通した。


「ジョン、トラブルは来なかったね」


 ノエルがささやく。


「うん、既読が付かなくなっちゃったから電話もしてないんだー」

「そっか……残念だけど仕方がないね」


 追悼式が終わり、マスコミが退散してメンバー達が控え室で着替えをしていると、マネージャーが息を切らして走って来た。


「トラブルが現れました!」

「現れたって何なのー? 悪いヤツみたいじゃん」


 ノエルが笑う。


「終わりを見計らって来たんだな。俺達に会うつもりもないのか……」

「あの、ゼノ、僕達も戻ろうよ。先生とゆっくりお別れしたいし」

「そうですね。戻りますか」


 テオの提案でゼノが腰を上げ、皆はリーダーに付いて行く。






 トラブルは祭壇を見上げていた。


 遺体も遺骨もない祭壇は代表の金儲けの為にソン・シム達が突貫とっかんで作らされたのだろうと同情する。


 しかし、死者をいたむ気持ちを表現出来る場所がある事は、会社の皆の癒しになるだろう。


(抜かりないヤツ……まさか、すぐに取り壊したりしないよね⁈ )


 ブルっと身震いすると、後ろから馴染みの声がした。


「トラブル、いつ来たのですか?」

「喪服、着てないなんてトラブルらしいなー」

「すごく太ったね……」


 トラブルが振り向くと、メンバー達の顔が固まった。







【あとがき】

 韓国は基本的に土葬です。しかし、近年は土地と衛生面の問題で火葬へシフトしています。

 どの程度、火葬率が増えたのかは不明ですが……。


 もうすぐ完結です! 今しばらくお付き合いくださいませ〜。

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