第654話 おめでた


 太ったなどのレベルではない。


「どうしたの、それ!」


 テオが指差す先は、ポッコリと飛び出した腹があった。


「トラブル、赤ちゃんがいるの⁈ 」

「はい。ちょっと座っていいですか」


 トラブルは大きなおなかを片手で支えながら椅子に座ろうとした。ゼノが慌ててその椅子を引き寄せる。


「トラブル、結婚されたのですか⁈ 」

「いいえ」

「では、それは……」


 トラブルはメンバー達を見回して手を挙げてみせた。


「身に覚えのある人ー」


 ノエルは「何を言い出すの?」と言い、テオは「そんな人はいないよ」と、眉間にシワを寄せた。


「我々の中に父親がいると言うのですか? そんなバカな……」


 ゼノの言葉を遮って、ジョンがそろりと手を挙げた。


「へへ……身に覚えがある〜」

「ジョン! 本当ですか⁈ 」

「嘘でしょー!」

「信じられない……」

「テオ、トンビに油揚げをさらわれたな」

「セス、どういう意味⁈ 」

「はい、テオちゃん。考えない考えない」


 カンボジアの月明かりは思わぬ贈り物を与えていた。


「僕、パパになっちゃった!」


 わーいと、喜ぶジョンはトラブルのおなかをさする。


「もうすぐ生まれるの? 動くって本当? おーい、動いてみてー」


 手放しで喜ぶジョンを見て、トラブルは悩む必要はなかったと微笑む。


 ノエルがふと、指を折って計算した。


「ねえ、前に帰国した時には妊娠してたって事?」

「はい。まだハッキリとはしていませんでしたが」

「それで、ポッチャリしてたんだー。ピルエットなんかして大丈夫だったの?」


 トラブルは肩をすくめて、ほらと、大きな腹を指す。


「ああ、大丈夫だったって事だね……でも、信じられない! ジョンが父親って想像出来ない!」


 髪をかき上げるノエルを横目に、ゼノは現実的な心配をしていた。


「トラブル、ジョンは責任を取らなくてはなりません。しかし、これは……2人は恋愛関係なのですか?」


 早すぎる結婚、ましてや、デキ婚などファンにしてみれば裏切られたと感じるだろう。マスコミはジョンだけでなく、所属アイドルの管理不足だと会社そのものを叩いてくるはずだ。


 弟分のデビューで盛り上がっている今、スキャンダルを避けるのは当たり前の事で、ゼノは心底、困ってしまった。


 ノエルはゼノの考えている事が充分理解出来た。


 ジョンが授かり婚だと主張しても、他のアイドルも同じ穴のムジナ扱いされるだろう。


 万が一、シンシーの存在がバレれば自分達はどうなるのか。ドッと不安が押し寄せる。


 太陽の様にいつも話題の中心にいたテオは、疎外感を感じていた。


 チャンスは何度もあったのに自分とは妊娠しなかった。考えた事もなかったクセに、大きなお腹を見せられて、なぜか悔しいと思う。


 セスは、あの時感じたのはこの事かと、に落ちた。

(第3章第652話参照)


 子供を諦める選択肢などトラブルにはないと理解しているが、不用意な妊娠ではないのか体調が気にかかる。


「経過は順調なのか? 貧血は?」


 セスが何を聞きたいのかトラブルには分かっていた。


「確かに思わぬ妊娠です。私も知った時は動揺しましたが、カンボジアの生活が落ち着いてからは体調は良かったですし、貧血症状も出ていませんでした。イム・ユンジュと相談して出産を決めました」

「そうか、主治医に相談したんだな……」

「はい。多少、貧血にはなっていますが許容範囲で経過は順調です」

「母子共にか?」

「はい。男の子です」


 トラブルは愛おしいと腹をさする。


「男の子⁈ ヤッター! 一緒にサッカーしようね〜」

「ジョン、なんでサッカーなのさ」

「え、息子とサッカーするのが父親の夢でしょ」

「何なの、その先入観」

「お父さんが言ってたんだもん。だから無理矢理やらされた」

「無理矢理やらされたのを息子に勧めないの!」

「えー。じゃあ、ゲームにする?」


 ジョンとノエルが気の抜けた会話をしている時、ゼノは真剣に考えていた。


 まず、確認しなくてはならないのはトラブルがどうしたいのか。そして、ジョンがどうするつもりか。


 そこを確かめない事には、おめでとうとは言えず、話は進まないと口を開いた。しかし、それを遮る声がスタジオに響く。


「そんな子供、産んでいいわけがないだろう」


 代表がけわしい顔で立っていた。


 その恐ろしい内容にゼノの背筋がゾクッとする。

 

「聞こえたか。ジョンを父親にする事は許さん。産むな」

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