第655話 5人のパパ


「代表、それはあまりにも……」


 ゼノは絶句する。


 しかし、トラブルには想定内の言葉だった。


「言われると思っていました。しかし、すでにろせる時期ではありません」

「お前なら死産も偽装出来るだろう」

「人殺しはしません」

「では、その子は俺がもらう」

「それで捨てるつもりですか」

「お前の親みたいな事はやらん。養子に出す」

「同じ事です」

「いいや、見張りを付けて見守っておいてやる」

「あなたの方が先に死ぬでしょう」

「誰が育てても親は先に死ぬものだ」

「……手離すつもりはありません」

「では、なぜ、知らせた? ジョンの隠し子など許されるわけがないだろ」

「知る権利があります」

「知らない方が良い事もある」

「それは、あなたの世界でだけです。私とこの子には無用です」

「子供に父親を隠し通せるのか? 会いたいと泣かれたら死んだとでも言うつもりか?」

「ジョンが望めば」

「ジョンの意思は関係ない。ジョンにあるのは明るい未来だけだ。隠し子など存在しない。ジョン、いいな」


 子供の存在を完全に消そうとする代表の気持ちも分かる。しかし、ゼノは、あまりにも人の道に反していると感じた。


 それほどまでにして守らねばならないモノが自分達にあるのだろうかと、考えるが答えが出ない。


 他の3人も、ただ黙り込むしかなかった。


 ジョンは代表に返事をした。だが、それは甘えん坊の末っ子の発言とは思えないモノだった。


「僕の息子だよ。僕がお父さんなの。でも、トラブルは僕と結婚する気はないでしょ? そうだよね、僕もあんまり “夫”って感じじゃないし。カンボジアでその子を育ててよ。すごく良い国だし、トラブルなら平気でしょ? 大変だったらベビーシッターとか利用してさ。僕が会いに行くから、皆んなも協力してよ」


 ゼノは深呼吸をする。


「ジョン、気持ちは分かりました。しかし、ジョンの親御さんには秘密にするのですか? 孫ができた事を隠すのですか?」

「あ、そうか。んー、でも、分かってくれると思う。結婚するわけじゃないし」

「簡単に言いますねー。結婚しない相手との子供を隠し子と言うのですよ?」

「隠し子って悪い事なの?」

「まあ、世間的にはそうですね」

「ふ〜ん……ところで、何が問題なの?」


 ノエルは髪をかき上げて笑う。


「代表、ジョンには何の問題もないみたいだけどー?」

「分かっていないだけだ。マスコミが嗅ぎつけたら……」

「じゃあ、アイドル辞めるー」


 ジョンが鼻の穴を大きくして言った。


「普通に働くよ。あとは何が問題?」

「簡単に言うな。突然の引退の理由はどうするつもりだ?」

「えっとー。“子供ができました” 」

「ファンはお前に裏切られたと思うぞ。子供とその母親を探し出して火あぶりにする。自殺するまで誹謗中傷を繰り返すだろうな」

「カンボジアに行ってもかなぁ」

「ああ、追いかけてくる」

「そっかー。じゃあ、やっぱり僕はここでアイドルして、トラブルはカンボジアにいた方がいいね。会いに行くから」

「認知はするって事か?」

「へ? なにそれ?」


 代表とゼノは、深いため息をく。


 打開策が見つからない中、黙ってやり取りを聞いていたセスは、ほんの少しだけ、ジョンを助ける事にした。


 トラブルの腹を見て、代表の肩越しにボソッとつぶやく。


「男の子か。ジョンとあいつの子なら、さぞかし整った顔の子が……」


 代表の目がキラリと光る。


「よし、隠し子の存在を認めてやる。その代わり、10歳になったらオーディションに連れて来い。それまではどんなスカウトも受けるな」


 ノエルが腰を曲げて大笑いし、ゼノは呆れて天を仰ぐ。


 テオは微妙な顔をしたままだが、反対はしなかった。


「良かったでちゅね〜。認めてもらえまちたよ〜」


 ジョンはトラブルの腹をさする。


 腹の子がボコっと蹴り上げた。

 

「うわ! 動いた! 元気〜。早く、会いたいなぁ」

「もうすぐ、会えますよ」

「本当⁈ 楽しみだなぁ」


 いろいろな思惑おもわくが交差するが、それでも父と母に祝福されて生まれてくるこの子は、きっと幸せになれる。


 そう確信してトラブルは立ち上がった。


「もう行くの?」

「はい。帰って出産準備をしなくては」

「生まれる時、連絡してくれる? 行くから」

「仕事を終わらせてから来て下さい」

「えー、ゼノ、協力してくれるでしょ?」

「協力とは?」

「風邪を引いたとかさー。僕の抜けた大きな穴を皆んなで埋めておいてよー」

「あー……仕方がありませんね。ノエル、テオ、セス。お願いしますよ」

「お前が抜けた小さな穴なんか問題にならないから、安心しろ」

「うがー! パパになんて事をー!」

、うっかり喋るなよ」

「あ、ごめんなさい」


 ノエルが髪をかき上げる。


「なんか不安だけど、今まで以上にフォローするから安心して。ね、テオ?」

「うん、協力する」


 幼馴染は肩を組み微笑んだ。


「ありがとー! ほら、5人のパパでちゅよ〜」

「僕達もパパなの⁈ 」

「うん。だって子育てに協力してくれるんでしょ? だから、パパなのだ」

「いや、仕事には協力するけど……ま、いいか」


 トラブルは大きなおなかを支えながら笑った。


「ねえ、トラブル。今日はどこに泊まるの? もし良かったら……」

「テオー、このおよんで誘ってるの⁈」

「違うよ! 心配してるの!」

「パパだもんねー」

「ノエルもでしょ!」


 セスがスタジオの入り口を顎で指す。


「迎えが来てるぞ」


 そこにはユミちゃんが腕を組んで立っていた。


「ジョン、殺されるな」

「嫌っ。助けて」


 ジョンはトラブルの背中に隠れるが、ユミちゃんは腕を組んだままコツコツと足音を立てて近付いて来る。


 その、恐ろしい殺気はセスでなくてもハッキリと感じ取れた。


 代表は立ち塞がった。


「あー、ユミ、落ち着け。商品に手を出すな。そっちは妊婦だ。落ち着けって……え、俺⁈ 」


 パンッ。


 まったく油断していた代表の頬に乾いた音が響く。


 ユミちゃんはポカポカと代表を殴り付けた。


「あんたが、1番悪い!」

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