第197話 触らないで


 トラブルは、キッチンに立つセスを手伝う。


「ジョン、あと1時間でマネージャーが来るからな。シャワーを浴びて来い」

「はーい」


 セスに言われ、ジョンはシャワーを浴びに行く。


 セスは、ベーコンと玉子のサンドイッチを作った。トラブルはフルーツを切り、コーヒーを入れる。


 ノエルがセスからサンドイッチを受け取り、テーブルに運んだ。


「こんなに冷蔵庫に食材あったっけ?」

「あいつが昨日、買って来たんだろ」

「トラブルは本当に抜かりがないですね」


 トラブルはゼノにコーヒーを渡しながら、どうもと、目を伏せる。


「掃除もしてくれてあったよ。ねー」


 テオが笑いかけるが、トラブルはムッとした表情で手話をする。


散らかっているだけでは無く、きたなすぎです。掃除されていたのは、セスの部屋だけでした。ハウスキーパーを雇えば良いのでは?


「あー、昔、週1で掃除に入ってもらってたんだけど、室内の写真をSNSにあげられちゃったんだよね。それ以来、頼んでないんだよ」


 ノエルが肩をすくめて言う。


家族に頼んでは?


「代表にそう言ったのですが、ケチと思われるから、ダメだそうですよ。自分達でやれと」


 ゼノが顔をしかめて言う。


5人で当番制で掃除をしては?


「あ? 義務化されると面倒くさい」


 セスがサンドイッチをくわえたまま言う。


 トラブルは、お手上げですねと、両手を上げて諦めた。


「僕の分はー?」


 ジョンがシャワーから上がり、髪から雫を垂らしたままでテーブルに着く。


「いただきまーす! んー! セスのサンドイッチ久しぶりー!」

「お前は、何でも美味うまそうに食うな」

「美味しいんだもん。空腹に勝る……なんだっけ?」

「教えてやらん。褒め言葉じゃないから」

「セスのいじわるー」


 ジョンは濡れた髪を、わざとセスに向けて振る。


「わっ、バカっ! やめろよ」

「ジョン、サンドイッチが濡れます!」

「汚いよー」

「僕が全部、食べるからいいのだー!」

「トラブルも食べていないんだよ!」


 テオの声で、ジョンは動きを止める。


「ごめん、トラブル」


私はオレンジだけでいいです。ただ、全部ジョンが食べては多過ぎます。


「全部、食ったら豚に戻るってよ」

「トラブルはそんな事、言ってないもん!」

「チッ、完全に読めるようになって来やがった」


 2人がイーッとにらみ合っていると、セスが濡れたサンドイッチは食べたくないと困った顔をする。


 トラブルは、サンドイッチの皿をキッチンに持って行き、トースターで軽く焼いた。


 表面がカリカリになったサンドイッチに、ケチャップとソースを添えてテーブルに戻す。


「あー、いい匂い」


 すでに食べ終えていたテオもノエルも手を伸ばして来る。


「テオ、体調は良さそうですか?」

「うん、大丈夫。今日はやれるよ」

「良かったです。テオは昨日、熱が出て熱性痙攣ねっせいけいれんで運ばれた事になっていますからね」

「ねっせい……何?」


 トラブルが症状を説明する。


「あー、分かった。たぶん。大丈夫」


念のため救急車を呼んだだけで、痙攣はすでにおさまっていたと言えば、つじつまが合います。


「そこまで、突っ込まれないと思いますが、頭に入れておいて下さいね」

「はい……」


 テオは返事をしながら、不安そうにノエルを見る。


「大丈夫だよ、テオ。フォローするから」

「ありがとー」




 皆が着替える間に、トラブルは洗い物をして、冷蔵庫のドアに張り紙をする。


「なんだ、それ?」


 セスが張り紙を読む。


『キュウリ1本、トマト1個、オレンジ2個、牛乳賞味期限6日、卵3個賞味期限5日』


「在庫管理か」


 セスが鼻で、フンっと笑う。


無駄にしないように、お願いしますよ。


「それはマネージャーか、代表に言ってくれ」


 セスが料理担当でしょ。


「そんな担当あるかっ。元々はゼノ担当だ」


 ノエルでなく?


「ああ、ゼノが家事を1人でやっていた。お前、テオに家事を仕込めよ。あいつ、自分が気になった所だけ掃除しやがって」


あなたもですよね? 自分の部屋だけ掃除して。


「俺は一晩中、作業していて煮詰まったら掃除しながら考えているんだよ。ゲームばっかしてる、お前のバカ彼氏と一緒にすんな」


 トラブルは、鼻にシワを寄せて猫の様にセスをにらみ、中指を立てた。


「下品な事すんな!」


 セスはトラブルの中指をつかみ、反対側に折ろうとする。トラブルは身をひるがえしてセスの手首をつかみ、外側にひねった。


「痛っ、このやろっ」


 セスが反撃に出る。


 トラブルの腕を背中にじり上げ、背中を押し、冷蔵庫に押し付けた。


「ちょっと、セス! 何してるの!」


 トラブルを冷蔵庫に押し付けているセスと、冷蔵庫に押し付けられているトラブルが振り向くと、テオが目を丸くして立っていた。


「トラブルに何するんだよ!」


 テオがセスを突き飛ばし、トラブルを助ける。


「僕の彼女に触らないで!」

「いや、これは……テオ、誤解だ」

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